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$3.ここは天国か?地獄か?

 「本日のスケジュールですが、まずは新しくホテルに導入するスパ施設の企業との打ち合わせが10時から。それからー…」  田ノ上の口から過密スケジュールが読み上げられる。まだまだホテルは騒動の中だか仕事は山積みで次々と舞い込んでくる仕事は容赦無かった。はなから事件の事でダメージ食らったのは世間のイメージや売り上げだけで、鋼のメンタルの郁にはさほど響いてなかった。  「わかった」  「それから余談ですが使用人を新たに一人雇いました」  「使用人?」  「はい。ここ1ヶ月の間に5人が辞めてしまったので穴が空いたところに補充を」  神崎邸の使用人の入れ替わりは日常茶飯事だ。父親の正吾と息子の郁が暮らしていたこの家。正吾はEVOが海外にホテル建設を始めてから海外にいる事が多く一年に数回戻ってくるだけ。そのため神崎邸は現状、郁が一人いるだけだ。  「そうか。多分辞めた奴の名前を聞いても知らないだろうし興味もない」  "仕事出来ないやつは即クビ"の郁のビジネススタイルは家の中でも同じ。クビにならずとも郁のワガママについていけずに辞める者から逃げ出す者までいる。  ただし給料はそれなりに高いし住み込み使用人に関しては家賃や雑費は完全免除。その上三食の食事付きだ。当然働きたいと言う声は多いが、1ヶ月持てば賞賛されるほどに続く者は少ない。  身支度を済ませ玄関を出ると目の前に止めてある黒い高級車。運転手が後部座席のドアを開けて立っていた。神崎邸歴20年のベテラン運転手、服部(はっとり)は郁がまだ幼かった頃から成長を見守ってきた。  仕事はもちろんの事、父親と母親そして郁の三人で遊園地へ行ったり動物園へ行く時だって服部は運転席にいて幸せな家庭を見ていた。  「郁さんおはようございます」  「おはよう。今日はスケジュールぎっしりだから大変だが頼んだ」  「かしこまりました」  車は玄関から広い庭を通って道路に出ると坂道下って降りていく。ピカピカに磨かれたボディーに合わせるように車内もホコリ一つない。 神崎家が信頼する完璧な仕事をこなす服部の運転は自分の部屋やホテル以外で眠らない郁が唯一眠れる場所。それだけ安心して気を許せる事を表している。  坂道を下りながら車ギリギリをすれ違った帽子を被って上下ジャージ姿のラフな格好の男。涼しい車内から服部がチラッと窓の外を見て言った。  「いやぁこんな暑い中部活ですかね?若いっていいですねー。あっ、そういえば郁さんはもうバスケはやられてないんですか?」  「今は忙しくて全く。NBA観るくらいかな」  大学までスポーツはバスケ一筋でそこそこの成績も残している郁は卒業後も気晴らし程度にたまに仲間とバスケコートを走っていた。 しかしホテルの本格的に経営に携わってからは丸っ切り遊ぶ時間もなく仕事ばかりの日々だ。  そんな軽い世間話をしながら車はEVOの会社ビルの方へ走っていった。そして郁達を乗せた車が来た方向へ坂道を登っていく部活少年こと忽那初人はペースが上がらず苦戦していた。  「ハァ、ハァ、、坂道きっつ!!」  大きなボストンバッグを肩にかけて坂道を息を切らして一歩一歩進む。一度来たから余裕ぶって駅からバス代をケチって徒歩で、しかもこの大荷物を抱えて来たのは間違いだった。  5月中旬にも関わらず気温は25℃を超えてアスファルトの照り返しをもろにうけている。ひたすら歩いてふらふらの足を何とか前に進めた。  「あー着いた!疲れたー!ってか、、金持ちって住む所まで人より上にいたいとか性格悪すぎ、、ハァ……」  今回は正面入口から堂々と逃げも隠れもしない。初人は柵に近づいて背伸びをして中を見ていると、左右にあるカメラが一斉に初人に向く。どうやら人間の動きを察知してカメラは自動に動きピコピコと赤のランプがついて録画され始めた。

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