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$5.虎穴に入らずんば虎子を得ず

 「それでは今日はトラブルもありましたが何とか時間内に終わせられました。今日お疲れ様でした」  今日一日を振り返るように沙紀は締めの言葉を口にする。初人にとって終業時間通りに終えて安心したのはいつもの業務の方ではなくあっちの方。  帰ろうとする沙紀に声をかけた。今夜、ここを出る初人にとっては最後の仕事になる。目的はどうであれ、ここにいる間よくしてくれた人に対して何も言わずに立ち去るのは気が引けるからだ。  『あのっ。松永さんありがとうございました』  「ん?何が?」  『そのー…色々と仕事教えてくださって』  「ちょっと何よ改まって。新人に教えるのは私の仕事だから当たり前でしょ」  『そうなんですけど。ちゃんとお礼したくて』  「なんか変ね、お別れみたいに」  『いやっ!そうじゃないんですけど、、じゃお疲れ様でした』  変な情に流されるのは何のプラスにもならない。ペコっと頭を下げて中庭を後にして部屋に戻ろうと歩き出すと後ろから呼ばれる声が聞こえた。  「新見!いいところにいた!こっち手伝ってくれないか」  『えっ、はい』  声をかけたのは江口だった。一刻も早く部屋に戻りたい初人にとっては避けたいところだが、これもまあ最後の手伝いだと思って渋々ついて行った。  『どうしました?』  「届いた荷物を警備室まで運びたいんだよ」  『まあいいですけど』  見るとダンボールが10箱ほど重ねられてとりあえず2箱ずつ何度か往復して警備室まで運ぶことにした。  『重っ、、』  「だろう!機器だからな、おっと丁寧に扱ってくれよ。壊したら給料から引くぞ、って冗談だよ」  確かに警備室に行った時、難しいよくわからない機械が多数あった。きっとそれの何かだろうけどであろうけどめんどくさいのに捕まったなぁと顔歪めながら運び込む。  朝から一日張り詰めた気持ちで疲労困憊の状態に最後の試練を与えてくる。それでも何とか江口の指示に従い荷物を運びきった。座って疲れた腕を揉んでいる初人にペットボトルを差し出す江口。  「助かったよ、ありがとな。飲むか?」  『ありがとうございます、、そういえば関係ない話ですけど江口さんて元ボクサーなんですね』  「よく知ってるな、誰かに聞いたのか?」  『はい。やっぱり腕っ節いいですもんね、この段ボールだって軽々持ってるし』  「年取って衰えを感じるけどな。それより新見はもう少し太って筋肉つけろ!ガリガリじゃないか、俺とトレーニングするか。新見は根性だけはありそうだから」  『それって出会った時のことを言ってます?』  「ここの使用人とあんな出会い方は初めてだったよ。めんどくさい奴だと思ったけど面白い奴だったし」  『褒めてるのか貶してるのかどっちですか』  「そうゆう新見はなんでここで働いてんだ?お金貯めて目標でもあんのか?」  「目標はー…」  "父親と普通の生活に戻る事"と喉まで出かかった言葉を止めた。任務完了まであともう少し、気は抜かないしこの家を出るまではまだ新見慧で居続ける。  『目標とかないですよ。ただお金が欲しいだけです、みんなそんなもんでしょう働く理由なんて』  「そんなこと言うなよ。夢ある若者だろ」  どこかで聞いたことのある台詞。そういえば空港でのエロ上司にもそんなふうに言われたなと思い返した。子供の頃から夢なんて見る余裕なんてなく生きてきた初人にとってはそんな言葉もいまひとつピンとこない。  それより早く部屋に戻ってここを出る準備がある、こんな話するのも意味のない無駄な時間。  『それじゃあ俺部屋戻ります』  「おぉゆっくり休んでくれ!お疲れ様」  そして初人は自分の部屋に戻るとバタンとベットに倒れ込んだ。汗が染み込んだ制服が気持ち悪かったか身体と精神どちらも疲弊して今はこの後のために少し体を休めたかった。  ベッドに沈む体を横に向けるとあることに気づく。少し前まで右ポケットにあった感触がなく何も感じない。すぐに身体を起こしてポケットの中に手を入れる。  「えっ、嘘だろ!!ない!」  

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