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13 Engage(※)
十二月。今年も誕生日とクリスマスがやってくる。昨年はクリスマスイブにデートしたけど、今年は誕生日に合わせてデートをした。ちょっと贅沢をしたい特別な日にはもってこいの、馴染みの洋食屋で夕ご飯を食べた。二十歳になった記念で試しにシャンパンを頼んでみたけど、一口飲んで美味しくなかったので、残りは先生に飲んでもらった。
寒空の下、帰り道は少し歩く。バス停からアパートまでの短い距離だけど、暗い夜道に先生と二人きり。お腹はいっぱいで幸せだし、心もぽかぽか温かいけど、冷たい北風には敵わない。身を縮め、先生と寄り添って歩く。
「うぅ~、寒い。手袋持ってくればよかったぁ」
「貸してみなさい」
先生がおれの手を握り、白い息で温めてくれた。凍える指先が、まるで湯たんぽに触れたみたいにじんわりと温まる。
「ありがと」
「俺の手袋を貸そうか」
「ううん。先生にあっためてもらう方がいい」
「じゃあ、せめてマフラーをちゃんと巻きなさい」
優しい手付きで、解けかけていたマフラーを結び直してくれる。先生の匂いが鼻腔を擽る。だから冬は好きだ。ちょっと大胆になれる。
「どうした。そんなに甘えて」
「だって、寒いんだもん。先生ももっとくっついてよ」
ふと顔を上げると、粉砂糖のような雪が舞っていた。暗い夜空にひらひらと輝いてとても綺麗。先生も空を見上げ、掌に雪を受け止める。黒地の手袋に繊細な模様の雪の結晶が煌めく。
「道理で冷えるわけだ。早く帰ろう」
「だめ、ゆっくり帰ろ。せっかくの雪なのに」
「しかし、傘は一本しかないぞ」
「大丈夫だよ。これ、濡れない雪だもん」
上を向いていると、降ってきた雪が目に入りそうになる。冷たくて目を閉じると、いきなり抱き寄せられてキスされた。もちろん唇に。びっくりして雪も溶ける。
「っ……な、なに、急に……ここ、外だけど……!」
「恋人同士のキスにいちいち理由が必要か?」
「あ、や……でも……」
「綺麗だったからだ。君の睫毛に雪が積もって溶けていく様が」
そっと睫毛に触れられ、くすぐったい。
「君のエメラルドのような瞳を縁取る深い緋色の長い睫毛を、白い粉雪がしっとりと濡らしていく様が綺麗だった」
顔が近い。このままもう一度キスされる! と思い、おれは慌てて先生の口を両手で押さえた。
「暁?」
「だ、だめだよ、こんなとこで……!」
「いいじゃないか。どうせ誰も見ていない」
「わ、分かんないじゃん! すぐそこの角から、急に誰か曲がってくるかもしれないし! そ、それに、何? さっきの……なんか、口説かれてるみたいで恥ずかしいんだけど……」
「一応口説いているつもりだったんだがな。今日は年に一度の特別な日だから、初心に帰るのも悪くないかと」
「そ、そんなことしなくたって、おれ、先生のことしか……」
恥ずかしくて口籠ると、先生は嬉しそうに頬を緩ませ、おれの顔を覗き込む。見つめられるとますます恥ずかしく、言葉が出てこない。
「ん? 今、何か言いかけただろう。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「なっ……な、なんでもないよ! もう、早く帰ろ! 家まで競走!」
「あっ、こら、はぐらかすな。走ると危ないぞ」
先生の腕を潜り抜け、駆け出す。先生も急いで追いかけてくる。いいもん。今は振り回されていても、今夜はおれのお願いをいっぱい聞いてもらうんだから。何てったって、誕生日だもんね。
「ね、どう? 懐かしいでしょ」
家に帰り、風呂も終えて、後は熱い夜を過ごすだけという時に、おれはとある衣装に着替えた。浮かれてくるくる回るおれを前に、先生はベッドの上で難しい顔をしている。
「ねーぇ、よく見てよ。出会ったあの頃を思い出すでしょ。えへへ、おれも大人になったなぁ。サイズは全然ぴったりだけど」
「まぁ、そうだな。懐かしくはあるが……」
着替えたのは詰襟の学生服。もちろん上下揃っている。この間、実家から送ってもらったのだ。
「しかしなぜ突然……?」
「実家片付けてたら出てきたらしくて、売るか寄付か処分するかって訊かれてさ。もったいないから送ってもらったの。だって、おれと先生にとっては大事なものでしょ。この制服着て過ごした時間って結構長いし」
「……それで、今夜はその恰好でしたいと」
「そう! 一応、けじめっていうか? おれももう大人なわけだし、あの頃とは違うってのを先生にも分かってもらいたくって。その後捨てる」
「捨てるのか!?」
「え? うん。だって要らないじゃん。あっても邪魔だし」
「何も捨てなくてもいいと思うが……もったいないだろう」
「じゃあフリマアプリで売る? 売れるか分かんないけど」
「それは駄目だ! もっと駄目だ。絶対に駄目だ」
「そ、そう? 先生、目がちょっと怖い……」
「すまない。しかし誰かに譲渡するのは見逃せない。そんなことするくらいなら庭で燃す」
「無理じゃない? 危ないよ……」
先生はおもむろに立ち上がると色気の欠片もなくスウェットを脱ぎ捨て、ハンガーに掛けてあったワイシャツに袖を通し、スラックスを履いて、ネクタイをきっちり締めた。今から仕事に行ってくる、というような、まさに朝の雰囲気だ。その姿のまま、再びベッドに腰掛ける。
「おいで」
優しい声で誘われても、どこに行けばいいのか迷う。というか、なぜ先生まで着替えているんだ。そんな必要ないのに。
「なぜって、その方が燃えるだろう」
「ジャケットは?」
「皺だらけになるのは困る」
おいで、ともう一度呼び、膝をぽんぽん叩く。つまり膝の上に乗れということだな、と理解して、先生を椅子にして座ろうとした。
「違う。こっちを向いてくれ」
くるっと向きを変えられ、向かい合わせにされた。先生の太腿を跨ぐようにして座り、膝はベッドにつく。腰を抱かれると、一気に距離が近くなる。スーツ姿の先生が視界を埋める。格好よすぎてどうにかなりそう。
「……や、やっぱやめよっかな……」
「怖気付いたのか? 君が誘ってきたんだろう」
「そ、そうだけど、先生も着替えるなんて予定外だし……」
「俺が着替えると、何か都合が悪いのか?」
先生は悪戯っぽく笑って、下からこちらを覗き込む。いつもと逆だ。この体勢だと、おれの方が目線が高くなる。
「……暁。キスの勉強をしてみようか」
「べんきょう?」
「そうだ。ほらここに」
とんとん、と唇を叩く。先生の妙なスイッチが入ってしまったらしい。おれは思い切って、ちゅ、と先生の唇にキスをした。
「よくできました。それじゃあ、次は舌を入れてみようか」
「……やだ」
「我が儘を言うな。先生の言うことが聞けないのか?」
「……だって、もう知ってることだもん。勉強なんか必要ない」
「だめだぞ、暁。復習が一番大切なんだ。前にも教えただろう」
ぐい、と腕を引き寄せられる。必然的に唇が近付く。
「ほら、舌を出して。先生にキスしてみなさい」
「……ぅ……」
恥ずかしいのに、先生に言われると逆らえない。舌先をちょっとだけ出して、薄く開いた先生の口に滑り込ませる。この後、どうすればいいんだっけ。いつも先生の舌を追いかけてばかりだったから、要領を掴めない。薄目でこちらを見つめる先生と目が合い、慌てて目を瞑った。見られている緊張でどきどきする。
おれがされて気持ちいいことをしてあげればいいのかな。上顎を撫でられると感じるから、同じことをしてあげる。それから、舌の付け根。ここも結構好きなので、普段先生がしてくれることを思い出しながら、そっと擽ってあげる。
「ん、んむ、ぅ……ふ、ぅ……」
先生の口の中、とっても熱くて柔らかくて、舌が痺れるほど気持ちいい。胃の中まで熱くなって、体が火照る。唾液がどんどん溢れてきちゃうけど、全部先生が飲んでくれる。
「……っ!?」
突然、乳首を擦られた。右も左も、白いワイシャツ越しに引っ掻くように刺激される。知らないうちに学ランのボタンが外され、前が開けていたのだった。強めに舌を吸われながら乳首を高速で弾かれると、自ずと腰が震えてしまう。
「ふぁ、……ぅ、やぅ……」
「暁……なぜ下着を着けていないんだ?」
先生が呆れた調子で言う。学校で生徒を叱る時のような。
「ゃ、あ、だって……」
「校則違反だぞ。こんなにいやらしい乳首を透けさせて、風紀が乱れるだろう」
「やっ、ぁ、ご、ごめん、なさっ……、ゃ、やっ、そんなにしちゃ、ぁ……っ」
先生は楽しそうにおれの乳首を苛める。服の上から触られるのは摩擦がなくて滑らかでその分すごく気持ちいいけど、代わりに少しもどかしい。もっと欲しくて胸を反らせる。シャツの下で擦れた乳首が己の弾力で跳ね返って、そこをまたくりくりかりかり擦られる。おれは先生の首に腕を回し、しがみついて悶えた。
「校則を破る悪い生徒にはお仕置きが必要だ。そうだな?」
「お、おしおき……?」
「まずは自分で服を脱ぎなさい。先生の言うこと、聞けるな?」
「……っ……うん、せんせぇ♡」
ぼんやりして頭が回らないけど、とにかく返事だけは元気よく。先生に指示された通り、カチャカチャと金属音を鳴らしながら腰のベルトを外しにかかる。その間も延々乳首を責められるので、指先が震えて器用に動かず、もたついた。ようやくズボンを下ろし、下着まで脱げた時、先生は頭を撫でて褒めてくれた。嬉しくなって頬が緩む。
「それじゃあ次は、自分で後ろを慣らしてみなさい」
ベッドサイドのローションを取るために先生が体を倒したので、おれも一緒に先生の上へ覆い被さるように倒れ込む。先生はローションの蓋を開けると、それをおれの尻にぶち撒け、塗りたくった。
「んっ……な、なに?」
「聞こえなかったのか? 自分で慣らしてみなさい。ほら、こんな風に」
先生はおれの手を取り、お尻に回させた。つぷん、と中指が吸い込まれていく。おれは四つん這いになって先生の胸に額を擦り付け、左手でシーツを握って身を捩る。
「んん……や、やだぁ……」
「前にもしていただろう。ここを使って、ひとりエッチを」
「な、なんで知って……?」
「それくらい分かるに決まってる。俺を思ってしてたのか」
先生がおれの手首を掴んだまま軽く前後に動かす。そんな単調な動きでは物足りなくて、指先を鉤状に丸めて引っ掻いた。前立腺には微妙に届かないけど、以前一人でした時よりもずっと気持ちいい。目の前に先生がいて、見てくれているから? ローションが体温で溶けて、とろとろの愛液と混ざり合う。
「中はどんな風になっている? 先生に教えてくれ」
「やだぁ……はずかしいよぉ……」
「これも勉強だ。自分の体を知るのは大事なことだぞ。ほら、先生に言ってみなさい。君の中は、どうなっている?」
優しく諭すような先生の声に、中が容易く反応する。きゅん、と疼いておれの指を食む。
「っ……す、すごく、せまくって……き、きつくて……あつくって……」
「そうか。君の中は、狭くてキツくて熱いのか」
「ぇ、えっちな穴が……ひくひく、きゅんきゅん、震えて……も、もっと、奥までほしい、って……」
いやらしく吸い付く柔らかな肉襞を掻き分けて、出来る限り奥を目指す。指が既に二本、根元までずっぽり埋まっている。おれの短い指で届く範囲で一番深いところを、くちゅくちゅと音が出るほど激しく掻き回す。
「腰がカクカク揺れてるぞ。そんなに気持ちいいか」
「きもちぃ、きもちいいっ……、けど……せんせぇの、ほしい……っ」
「……そんな風に先生を煽って……」
先生は、先生みたいに溜め息を吐く。けれど、その吐息は確かに湿っぽい熱を孕んでいて。学校での先生は、こんな溜め息はきっと吐かない。
「……本当にいけない子だ、暁は」
先生は前髪を掻き上げるなり、手早くベルトを外してスラックスを脱いだ。その仕草が大人っぽくて、男らしくて、何より、まるで学校の教室の片隅でそうしているみたいに錯覚した。瞬間に、体の底から背徳感が湧き上がる。先生とこんなこと、本当はダメなのに。いけないことなのに。なのにおれ、今から、先生と……
ぐるぐる目眩がし、身を焦がすような衝動に突き動かされ、先生がコンドームを着けるのも待てずに、おれは先生の下腹部へ勢いよく跨った。
「こら、まだ――」
「せんせ、はやくぅ……♡」
慌てたように制止する先生の声も振り払う。手で支えながら重力に任せて腰を落とし、いきり立つ怒張をゆっくりと呑み込んでいく。
「んんっ……♡」
待ち焦がれた甘美な刺激に目を瞑る。脳天まで甘く痺れる。硬くて太くて気持ちいいやつ、いつもよりもずっと熱い。まるで溶けた鉄の塊みたい。でもそれに負けないくらいおれの中も熱く煮え滾っている。敏感な場所同士が裸で密着し、濃厚に絡み合う。
「っ、暁……」
先生が低く唸り、おれの腰を掴んだ。先生の爪が食い込んで、そこからぞくぞくしたものが駆け上る。体を反らすとちょうど切っ先が前立腺に当たり、堪らず腰をくねらせた。
「んぁ、っ、あん……せんせぇ……♡」
「そんな声を出して……どうなるか分かってるんだろうな」
「わかっ……わかんないぃ……」
「全く、困った子だ」
おれは先生の胸に手をついて前屈みの姿勢になり、先生の太腿に尻を擦り付けるようにして腰を前後にくねらせ、時折腰を回すように動かして、己の気持ちいいところをちょうどいい力加減で擦る。前立腺を軽く潰して、でも気持ちよすぎないように腰の位置を微調整して。
先生の器用な指がおれのワイシャツのボタンを一個一個外していく。露わになった乳首を、きゅっ、と摘ままれた。人差し指と中指で乳首を挟んで、固くシコった尖端を親指でかりかり擦られる。思わず仰け反ると乳首が引っ張られて、ちょっと痛いのがまた気持ちいい。
最近、おれの乳首はどうもおかしい。勃起すると芯のある玉のように丸くぷっくりと膨らんで、表面積が大きいせいなのか知らないけれど、感度が異常に高まるのだ。こうなると、どこをどうされても気持ちいい。抓られるのも転がされるのも引っ掻かれるのも気持ちいい。胸の尖端に血液が集まっていく。
ねだっているみたいではしたない、恥ずかしいって分かっているけど、腰が勝手に揺れて止まらない。前立腺を狙って腰をカクつかせる。カリの段差を使って擦るのが気持ちいい。先走りのぬるつきが気持ちいい。蕩けちゃいそう。
「はぁっ……や、ぁあ、だめ、せんせぇ……っ」
「イクのか? 早いな」
「ぅん、うんっ、みてて……おれのいくとこ、みててぇ……」
くりくりこりこり乳首を愛撫されながら、狂ったように腰を振りたくる。このままならイける。イキそう。熱の塊がぐんぐん迫り上がってくる。
「も、でる、ぅ……でちゃうぅ……っ!」
と、思ったのに。絶頂の寸前で、根元を握りしめられた。これじゃあイけるものもイけない。爆発が不発に終わり、蠢く快感もそのまんま残される。期待に膨らんだあそこが切なく震える。
「ぁぅ、ぁ……なんで……?」
「一人でイこうとするなんて、ひどいじゃないか。俺はまだ、全然出せそうにないんだ」
腰を掴み直され、ガツン、と勢いよく突き上げられた。脳を直撃するような衝撃で視界がブレ、ノイズが走る。もう一度、最奥を叩くように貫かれる。さらにもう一度。何度も何度も下から激しく突き上げられ、びりびりとした痺れが全身に響く。ろくに息もできない。おれは髪を振り乱して夢中で喘ぐ。
「んん゛っ……! あ゛、ふ、ふかいっ、やだっ……!」
「これくらいしないと、先生は足りないんだ。一緒に覚えような、暁」
「あっ、ん゛っ、ぁん、あっ、おぼえるっ、おぼえる、からっ、もっとやさしく……っ」
「君ももっと腰を振れ。さっきみたいに」
先生、獣のような目をしている。美しく気高い獅子のようでもあり、けれど今にも襲い掛からんとする獰猛さもあって。おれはぶるりと身を震わせた。恐れたからではない。おれは望んでこの身を差し出す賢明な兎なのだ。背中を大きく仰け反らせて後ろに手をつき、接合部を見せつけるようにいやらしく腰をくねらす。先生と一緒に気持ちよくなるために。
「あ゛っ♡ んっ、んぁ、んん゛……♡ せんせっ、せんせぇっ、きもちいいっ?」
「っ、ああ、すごくいい……気持ちいいな、暁」
「おれもっ、きもちいっ……おく、ごりごりするの、すきぃっ……♡」
「これか?」
「ぁん゛っ、すきぃ゛っ……!」
行き止まりの壁を抉るように突かれると、うっかり達しそうになる。お互いが腰を上下させている反動で、普段よりも奥まで挿入るのかもしれない。
「んぅぅ゛、も、だめっ、だめかも、せんせぇ゛っ……」
「そうだな……俺も、そろそろ……っ」
先生のその切羽詰まったような言葉に、おれは浮き立つような気持ちになる。体は正直に反応する。
「っ、だしてっ、せんせ、なかに……なかにほしいっ……♡」
「なか……いいのか?」
「いいのっ、おれもう、子どもじゃないもん……っ、おれのおなか、せんせぇのでいっぱいにしてぇ……♡」
先生の喉が大きく上下した。かと思えばがっしと腰を掴まれて、直線的な動きで激しく胎を穿たれる。それと同時に、前のモノを強く擦られた。恐ろしいほどの快楽が高波のようにどっと押し寄せ、思考が彼方へ弾き飛ばされる。頭の中が真っ白になり、もう何も考えられない。
「や゛っ、あっ、ぁあ゛、だめ、だめぇっ、どっちもするのは、ぁ゛っ……ン゛んん――♡」
激しく反った腰を跳ねさせて、射精した。先生の手が白く濡れ、胎の中に熱い液体が放たれる。それを一滴残さず搾り取ろうと、蕩けた痴肉が収縮と痙攣を繰り返す。
「っ!? ……ん゛ッ――!?」
突如、灼け付くようなその熱に呼び覚まされるように、熱く迸るものが胎の底から湧き上がった。尿意に似ているが少し違う。正体の分からないそれは、正体の分からないままに、鯨の潮のごとく勢いよく噴き出した。
「ひッ、ン、ぁんん゛っっ♡ ……やッ、やだっ、ゃ、や゛っ、ぁあ゛ぁッッ――♡♡」
ぴゅっ、ぴゅっ、と断続的に噴き出して、先生のシャツとネクタイをしとどに濡らした。もしかすると、漏らしたのかもしれない。けど、今までに体験したことのない強烈な快感が全身を駆け巡っているから、これもある種の絶頂なのかもしれない。と、目一杯満たされた胎を摩りながらぼんやり考えたところで、意識が吹っ飛んだ。
淡い朝日を浴び、目が覚めた。カーテンから差し込む朝の光に、左手が明るく照らされている。その薬指の付け根のところに、見慣れぬ光が輝いた。起き抜けの視界はぼんやりと霞んで、おれは重い瞼を擦りながらもう一度左手を見た。
「……先生っ!」
おれはベッドから飛び起きた。先生は先に起きていて、リビングで優雅にコーヒーを飲んでいた。おれが息を切らして駆け寄ると、世界一幸福な微笑みを浮かべる。
「おはよう、暁」
「おはよう、先生……じゃなくって、これ! これ、なに!?」
左手の薬指に嵌められたそれを先生に見せる。興奮して、朝一のわりに声が大きい。先生はコーヒーを一口飲み、カップをテーブルに置いて言った。
「見ての通り、指輪だな」
そんなこと、おれだって見れば分かるのだ。鮮やかに煌めく小さなエメラルドを埋め込んだプラチナのリングが、左手の薬指に嵌まっている。その意味が分からないほど、おれも子供じゃない。
「俺の気持ちだ。二十歳の誕生日にふさわしいものをと思って選んだ。喜んでくれると嬉しいんだが」
「っ……うれしいに決まってるじゃん……っ!」
「ならなぜ泣いているんだ」
「な、泣いてなんかないよ、これは……武者震いだよっ」
潤んだ瞳を右手の甲で擦る。先生はおれの左手を取って、優しくキスしてくれた。
「受け取ってもらえて、俺も嬉しい。愛してるよ、暁」
「おれも……好き。愛してる。ありがと、先生」
なんて素晴らしいプレゼントなんだろう。人生における一つのけじめであり、また新しく尊い日々が始まるのだという素敵な予感もある。
もうあの頃の窮屈な制服に身を包んでいたおれじゃない。守られてばかりの子供じゃない。おれも先生も、もう何も我慢しなくていい。あの頃言いたくて言えずに呑み込んだ言葉達を、今は堂々と胸を張って言っていいんだ。
そう思うとこの上なく幸せな気持ちになって、幸せを噛みしめているとまた瞳が潤んでしまった。
「エメラルドにしたのには、何か理由があるの?」
そう尋ねると、先生はおれの頬を撫で、瞼と睫毛をそっとなぞった。
「君の目の色だよ」
「目?」
「ああ。綺麗な色をしているだろう。まるで宝石のような美しい翠だ。だから、同じ色の指輪がきっと似合うと思った。俺の予想は大当たりだったな」
「えへ……そう?」
「世界中の誰よりも、その指輪は君にふさわしいよ」
「そんなに褒められると照れくさいよ」
「実は、指輪ケースは君の髪の色をイメージしたものにしたんだ。枕元に置いてあったの、気付かなかったか」
先生はわざわざ寝室まで取りにいってくれた。それは確かにおれの髪の色そのもので。ワインレッドというか臙脂色というか、濃くて深みのある赤い色。嬉しくて無意味に開け閉めしてしまう。
「ありがと。こっちも大事にする」
「普段はケースに仕舞っておいて、必要な時に着けるだけでもいいからな」
「ううん。絶対、一生外さない。宝物にする」
「邪魔じゃないか? 汚したり、失くしたり」
「うーん、じゃあネックレスにしちゃうとか? そしたら汚れないよ。使ってないボールチェーンとか、あったかなぁ……」
引き出しを探そうとして立ち上がり、自分の恰好が昨晩着ていたワイシャツ一枚であることに気付く。このままの姿ではあまりにも恥ずかしいので、普段寝間着にしているジャージをまず手にした。先生は愉快そうに笑っていた。眩い朝日に透けて、指輪がきらりと光った。
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