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12 長い夜(※)

 今日から先生がいない。修学旅行の引率に行ってしまった。沖縄はまだ夏で、海にも入れて、きっと先生もそれなりに楽しんでいることだろう。おれもおれで、普段できないことを存分に楽しむことにする。    一夜目。友達とカラオケで朝まで。セルフサービスのソフトクリームを飽きるまで食べて、喉が嗄れるほど歌い騒いだ。朝の光が眩しくて目をしぱしぱさせながら帰ったおれを、明るく静かな部屋が出迎えた。適当にシャワーで済ませ、クイーンサイズのベッドを独り占めして眠る。両手両足を思い切り広げて眠るのは久しぶりで、開放感が気持ちよかった。    二夜目。部活帰りに誘われて、学生御用達の大衆食堂へ。普段付き合いが良い方ではないので、同級生にも先輩にも後輩にも珍しがられた。翌日が一限からだったので遅くなり過ぎないように帰り、昨日同様シャワーで済ませた。ベッドは、普段自分が使っている側半分だけを使って眠った。    三夜目。ふと思い立って、真夜中のラーメンを初体験した。大学の近所にある、学生の間で有名なラーメン屋。豚骨醤油のこってりしたスープに黄金色の油の玉が浮かぶ。麺は噛み応えのある太麺。厚切りチャーシューが二枚ものっていて、さらに味玉をトッピングした。すごく味が濃くて、量も多くて、腹に溜まった。    原付バイクを走らせてアパートに帰る。満腹で、既にちょっと眠い。誰も待っていない部屋はもちろん真っ暗で、しんと静まり返っていて、あんまり静かなのでテレビをつけるけど、余計に静けさが際立ったのでやめた。昨日寝たのとは反対側の、普段先生が使っている側に横になり、枕に染み込んだ先生の残り香を抱いて眠った。    明け方、夢を見た。修学旅行の夢だ。白い砂浜を先生が歩いているのを見つけ、嬉しくなって話しかけようとするのに、どこからか集まってきた他の生徒に邪魔される。大浴場で先生と鉢合わせ、隣に座っておしゃべりしようとするのに、どこからか集まってきた他の生徒に邪魔される。なぜか水着姿の女子生徒の姿もあって、多くの人に囲まれた先生はその中心で楽しげに笑っている。    おれがどんなに大声で叫んでも、大きく両手を振って呼んでも、先生はおれに気付かない。こちらを見てはくれない。いつしかおれは、自分が先生の生徒ではなく、高校生ですらなくなっていることに気付く。    翌日、二限からだったのに遅刻した。初めての失態だ。けれど、今夜やっと先生が帰ってくる。たったの三泊四日なのに、随分長く感じた。おれが先生を置いて帰省したり合宿に行くことは今までにもあったが、先生に置いていかれてこの部屋で一人待つというのは初めてで、こっち側はこんなにも寂しい思いをするのだということを改めて知った。    普段二人で暮らしている部屋はいやに広く、がらんとして見え、話しかけても誰も答えてくれず、その代わりに上階の部屋の生活音や道路を行き交う車の音がうるさく聞こえてきて、ますます孤独が募った。見慣れた家具も大きなベッドも、先生がいないというだけでまるで違って見え、自分は本当にここにいていいのかと不安になったりもした。    けれど、そんな日々ももう終わり。今夜、先生が帰ってくる。我慢していた分、目一杯甘えてやろう。お土産は何かな。お菓子がいいな。ああでもその前に、今日の夕ご飯のことを考えなくちゃ。疲れているだろうから、家庭的で美味しいものを食べさせてあげたいな。ちょっとばかり腕を振るって、煮込みハンバーグでも作ってみようかな。    なんて、そわそわと色めきながらスーパーへ向かったが、買い物の途中で先生から連絡が入った。曰く、引率の先生方とお疲れ会をやるので遅くなる、とのことだった。夕飯は独りで食べてくれ、と。    何だよ、それ。四日ぶりの再会を待ち望んでいたのは、おれだけだったってこと? わくわくと膨らんでいた気持ちはみるみるうちに萎んでいき、落胆はやがて怒りに変わる。早く帰っておれと食卓を囲むより、打ち上げの食事会の方が大事だってのか。むかむかしながら、籠に入れた食材を一つずつ棚に戻す。結局何も買わず、スーパーを後にした。    こうなりゃやけくそだ。Lサイズの宅配ピザを一人で平らげ、二リットルのオレンジジュースをラッパ飲みしてやった。飯の後は風呂だ。久々にお湯を張った。バレンタインデーに貰った薔薇の形の入浴剤、リビングに飾りつつ一輪一輪大切に使ってきたけど、今夜は残りを全部使い切ってやる。無駄遣いしてやる。しかも独り占めだ。    真紅の花びらをお湯に浮かべる。ふわりと華やかに香り立ち、実に煌びやかな気分だ。一国一城の主になった気分。花びらはやがて少しずつ溶け出して、お風呂を薔薇色に染め上げる。シャワーを掛けてお湯を掻き混ぜると、しっとり泡立ってますます艶やかだ。    今までなら――そうだ、薔薇風呂にする時はいつも先生と一緒に入っていた。どっちが多く泡を作れるか競ったり、そうして出来たたくさんの泡に埋もれたり頭に乗せたりして遊んでいた。別にエッチなことはしないけど、その後ベッドで盛り上がるのが約束のようになっていて。   「……先生……」    どうして今隣にいてくれないんだろう。おれはこんなに会いたいのに。ちゃんと留守番してたのに。ずっと待ってたのに。溜め息ばかりが漏れる。泡を吹いて大きなシャボン玉を飛ばしてみても、一緒に喜んでくれる人がいない。もう一回見せてくれと言って笑ってくれない。    先生のことを考えていると胸が苦しくなる。それだけならまだいいけど、肌がひりつくように敏感になって、体の芯がじくじくと熱を持つ。とろみのあるお湯のせいか、甘い芳香に包まれているせいか。あらぬところが切なくて堪らない。    思わず手が伸びていた。びんびんに反応している乳首を摘まんでみる。結構固くシコっている。自分で触るのは初めてだ。   「ん……」    先生はいつもどんな風に触ってくれるっけ。確か乳輪をカリカリして、つんと尖ってきたところを強めに捏ね回していたような。   「ん……ぁ……」    気持ちいい。けど、なんか違う。乳首は勃起しっぱなしで、触ればちゃんと気持ちいいのに、先生にされるのとは比較にならない。何が違うんだろう。一番敏感な尖端をすりすり撫でてみても、溜め息は漏れるけれどやっぱり何か足りない。   「ん……ふ……」    乳首を弄りながらお尻に手を這わせる。こんな場所をこんな風に触るのも初めて。案外柔らかい尻の肉が手首を包み込む感覚はちょっと癖になりそうだ。今まで自慰といえば普通に性器を扱いていたし、先生と暮らし始めてからはそれさえもやっていない。   「はぁ……ん……」    少し逆上せてきた。冷たい浴槽の縁に凭れ、乳首と後ろを同時に弄ってみる。すりすりと表面を優しく撫で、少し怖いけど思い切って指先を押し込む。   「んっ……!」    ぬる、とまるで呑み込まれるように入ってしまった。いつも先生にやってもらっていたから、今初めて実感する。まさか、こんなに容易いなんて。なんだか奇跡のように感じる。本当に入るんだ。    でも、先生は普段指を二本三本と入れるけれど、おれは怖くて一本しか入れられなかった。だって、そんなにいっぱい入りそうにないのだ。すごく狭くて窮屈で、指一本でもかなり締め付けられる。   「ん……せんせ……」    普段先生がしてくれることを思い出してみるけど、なかなか同じ手付きでは触れない。全然奥まで届かないし、体勢が悪いのか前立腺も触りにくい。ただ単純に指を前後に動かし、挿入時のピストン運動の拙い再現しかできない。   「やだ、ぁ、もっと……」    いつの間にか、指が二本埋まっていた。蜜壺のように蕩け、媚びるように吸い付く肉襞が途轍もなくいやらしい。おれの体って、こんなにエロかったの? しなやかな弾力のある襞の凹凸に沿って激しく擦ると、お湯も激しく波を打ち、ばしゃばしゃと飛沫が跳ねる。それでもまだ満たされない。身を焦がすような疼きが増すばかり。   「はぁ……は、ぁ……」    だんだん息が上がってきて、確実に性感は高まっている。後ろに合わせて、乳首への責めも激しくなる。胸を包むように持ち上げて、固く張った乳輪を指先でくりくり撫で、尖った乳頭をくるくる擦って苛めてやる。    気持ちいい。ちゃんと気持ちいい。だけどやっぱりなんか違う。決定的なものが欠けている。一番欲しいところに届かない。体の芯を、一番熱くて深いところを、貫いてほしいのに。イキそうではあるけど、でも絶対イけないって本能で分かる。きっと先生が帰ってくるまでずっとこのまま。もしも今すぐおれの元に来て、その太くて硬いので奥まで突いてくれたなら……    バタン、と扉の閉まる音が響いた。曇りガラスの向こうに人影が動く。先生だ。先生が帰ってきたんだ。今ドアを開けられたら、おれの卑しく浅ましい姿を見られてしまう。一人虚しく慰める姿を見られてしまう。そうしたら、どうなっちゃうんだろう。先生、どうするだろう。羞恥と期待で頭が茹だる。早鐘を打つ鼓動に合わせて水面が揺れる。   「暁?」    扉一枚隔てたところに先生がいる。早くそのドアを開けて、こっちへ来て。おれを見てよ。このいやらしい姿を見て。   「せんせ……」 「ただいま、暁。遅くなってすまなかったな」    しかし、次の行動はおれの期待にはそぐわないものだった。つまり、先生はただいまとだけ言って向こうへ行ってしまったのだ。脱衣所へは手を洗いに来ただけだったらしい。   「……っ!」    とっくに我慢の限界だった。先生が来てくれないならおれが行く。タオルも巻かず、浴室を飛び出した。水滴をぽたぽた滴らせ、足跡を湿らせながら寝室まで一直線。先生はジャケットを脱いでハンガーラックに掛けているところだった。びしょ濡れのまま全裸で駆けてきたおれを見て、ぎょっと目を丸くする。   「なっ……ど、どうしたんだ? 何かあったのか?」    喋るのも億劫。そんなことより先にやるべきことがある。おれは真っ先に先生の股間に飛び付いて、チノパンのジッパーを下ろし、下着諸共引き摺り下ろした。ぶるん、と飛び出した、まだ何の反応も示していないそれを、おれは臆面もなく頬張った。   「あ、暁っ!? こら、何して……っ」    先生は慌てふためき、吐き出させようとしておれの頭を掴む。けれど、その程度の力でおれを引き剥がせるはずがない。四日間待ったんだ。四日ぶりに嗅ぐ先生のにおい、堪らない。汗のにおいと雄のにおいが混じっていて、胎に響く。じんじん来る。どんな媚薬や惚れ薬よりもおれに効く。   「んっ、んむ、ぅ……ふぇんふぇ……」 「あ、あきら……っ」    先生の声に余裕がない。苦しげに眉を寄せ、片目を瞑ってこっちを見下ろしている。見つめられるだけで濡れてしまう。熱を孕んだその眼差しも、四日ぶりなんだもん。    もっと余裕を奪いたい。口でするのは初めてだけど、前に先生がしてくれたのを思い出して舌を使う。唾液をたっぷり纏わせて亀頭を包み、下品な音を立てて吸い上げる。裏筋やカリを舌先で擽るようになぞる。付け根の方は手で押さえて上下に擦る。先端から絶え間なく溢れ出すしょっぱくてぬるぬるした液体を、亀頭に塗り付けて舐めてあげる。    先生のがピクピク震え始めた。余裕がないんだ。初めは引き剥がそうとしておれの髪を掴んでいたのに、いまや力なく撫でるばかり。もしかしてイクのかな。このまま口に出してくれるのかな。そう思うと興奮してさらに濡れる。   「っ、暁……許せ……っ」    いきなり両手で頭を固定され、喉の奥まで入られた。喉が詰まって、オエッと嘔吐きそうになる。洟と涙が勝手に溢れてくる。先生は数回腰を振り、おれの喉を突いた。最後、おれが逃げないようしっかり押さえ込み、ぶるっと腰を震わせて果てた。    灼け付くような熱い粘液が大量に注ぎ込まれる。濃い雄の匂いが口いっぱいに広がり、鼻腔を満たし、恍惚となる。跪いて奉仕するという状況だけでも十分刺激的なのにさらにこんなことまでされて、被征服欲がびんびんに刺激される。喉に絡む精液を一所懸命飲み下しながら、軽くイッた。   「暁……」    先生はおれの唇を拭い、優しくキスしてくれた。待ち焦がれた先生の唇。先生の舌。だけど、今は精の味の方が強い。   「……風呂にしようか」    おれを軽々抱き上げて、お風呂場へ連れていってくれる。先生も服を脱ぎ、一緒に入るらしい。浴室は、咽返るような薔薇の香りで満ちていた。バスタブも艶やかな薔薇色に染まっている。先生は驚いたように目を瞬かせた。   「これは……?」 「……入浴剤、全部入れたから……」 「随分思い切ったな……」 「ん……せんせぇ……」    甘えたくて抱きつくけど、先生はおれを躱してシャワーの栓を捻った。椅子に座らされ、ぬるま湯を頭から浴びせられる。   「わっ?!」 「すまない。髪にかかってしまった」 「っ? なに?」 「……俺の精液が、君の綺麗な髪に……」    先生は申し訳なさそうに眉を下げ、おれの髪を丁寧に洗い流す。顔の脇の毛や前髪を一本一本解すようにしながら、顔にかかったのや口元に零れたものも優しく洗い流してくれる。さっき仁王立ちでおれの喉を突いていた時とは打って変わって、すごく優しい。甘やかされている、と感じて、心が蕩けていく。   「せんせぇ……」 「どうした。寂しかったのか?」 「うん……」 「だからって、いきなりああいうのはダメだぞ」 「どうして? おれ、下手だった?」 「いや、すごくよかった。良すぎて我慢できなかったんだ。あんな風に乱暴にするつもりはなかったんだが……」 「でも……いいよ。先生にされるなら、ちょっとくらい苦しくても気持ちいいし……」    キュ、と音を立てて栓が閉まり、シャワーが止む。   「滅多なことを言うんじゃない。自分を大切にしなさい」 「だって、ほんとのことだもん……」    今度こそ、ぎゅっと抱きついて甘える。厚い胸板に頬擦りして匂いを吸う。華やいだ薔薇の香りも混じっているけど、やっぱり先生の匂いだ。ほっと落ち着く、良い匂い。   「おかえり、先生」 「ただいま、暁」 「おれね、先生が帰ってくるの、ずうっと待ってたんだよ。一人だとベッドが広すぎて、寒くてさ。やっと今日帰ってくるってわくわくしてたのに、先生遅くなるなんて言うんだもん。ひどいよ」 「でも君、友達とカラオケ行ったりごはん食べに行ったり、結構自由にやってたみたいじゃないか。だから俺も安心してたんだが」 「最初のうちはそうだけど、でも寂しかったもん。ひどいひどい」 「分かったから、そうぷんぷんするな。寂しい思いをさせて、すまなかったな」    先生もおれを抱きしめて、優しく頭を撫でてくれる。髪にキスしてくれて、気持ちいい。嬉しい。   「ん……でも、もういいんだ。先生、ちゃんと帰ってきたし、そんなに遅くなかったし、一緒にお風呂なんて特別感あるし。……ねぇ、せっかくの泡風呂だよ、先生。おれが何したいか、分かるよね?」 「ああ、もちろんだ」    薔薇色のバスタブに飛び込み、二人で大いに遊んだ。思い描いていた通り、たくさんの泡を作ってシャボン玉を飛ばし、子供みたいにはしゃいだ。その後、もちろんベッドでも盛り上がった。四日ぶりに触れる先生の肌は想像していたよりもずっと熱く、身も心も満たされた。

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