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秘密 3
リュカの言う通り、運ばれてきた食事はどれも美味しかった。リュカと向かい合ってこんなに美味しい料理を食べられて幸せだ。どう考えても幸せ。……の筈なのに、さっきの出来事のせいでどうにもモヤモヤしたままなのが嫌だった。
それに、ふと目を離した隙に僕以外の何かの事について考え込むリュカを僕の元に引き留めておきたかった。僕だけを、見ていて欲しかった。
「リュカ、これ。受け取って欲しい」
こんな短絡的な気の引き方をしたのは、漠然としていたリュカの秘密が、僕の知らない部分が、リュカと僕の間に横たわる溝が───それら全部が目に見える形になった気がして、焦っていたからだろう。
首に掛けたチェーンを頭から抜いて蒼い宝石が見えるようにリュカに差し出すと、ビールの入ったジョッキを持ち上げたままリュカは固まった。
頭の中で何度も何度も繰り返したシュミレーションでは、これを渡すのはこんなタイミングじゃなかった。景色のいい場所───そう、例えば海を見下ろす坂の上とか、満天の星空の下とか。そういう場所で、恭しく差し出すつもりだった。
「何だよ、いきなり。それはお前の宝だろ」
ようやく持ち上げたジョッキをテーブルに戻したリュカがやれやれと首を振る。
前にリュカと行ったクロエの店と違ってこの店は酒が安いらしく、大衆向けというのかともかくザワザワうるさい。僕の理想としていた場所とここは、正に正反対の立ち位置だ。そのせいで、リュカには僕の真剣さがいまいち伝わってないようだ。
僕はリュカの声がちゃんと聞こえるように、自分の声もちゃんと届くようにテーブルに身を乗り出して、リュカの目を真っ直ぐ見て言った。
「そうだよ。これは僕の宝物だ。だからこそ、リュカに受け取って欲しいんだ」
「そういうのは、もっとちゃんとした相手に贈れ」
「リュカが、僕のちゃんとした相手だよ」
「いや、俺男だぞ」
「そんなの関係ない。僕はリュカがすきだから」
リュカが好き。いつも抱き合う度にそう言っているのに、リュカは今更驚いた顔で僕を見た。そして僕と目が合うや否や、気まずそうに視線を落としてしまう。
「……言ったろ。俺はお前とそんな関係築けないって」
「リュカが僕以外と寝てるのはやむを得ない事情があるからでしょ。僕、そんな事でリュカを誠実じゃないなんて思わないし、全然気にしないよ」
本当は物凄く嫌だけど。気になるけど。今すぐやめさせたいけど。それを言ってしまったらいつまで経っても僕とリュカの関係は進展しないから。
真剣な眼差しでリュカを見つめた。けど、リュカは相変わらず僕の目を見てはくれない。
「誤解されるような言い方した俺が悪かった……けど、そういう事じゃねえんだ」
「じゃあどういう事?どうしてリュカは、僕の気持ちに真剣に向き合ってくれないの?」
「…………ともかく、俺はだめだ」
「そんなんじゃ、わからないよ」
「悪いな」
「そう思うなら、僕の気持ちを受け取って。リュカ以外にこれを贈りたい人なんていないから」
このペンダントは、僕が本当の顔も声も知らない母親の形見だ。母にプロポーズする時に父が渡した、王家に代々伝わる宝石。「いつか大切な人が現れたら渡しなさい」そう言って父に貰ったこれを、僕は譲り受けたその日から肌身離さず身に付けてきた。そう、アンリの言った事は殆ど当たっていた。これは、僕にとって一世一代のプロポーズなのだ。
そうとは知らないリュカは、視線を落としたままぞんざいに言った。
「今はそうでも、いつか現れるって。そん時の為にとっておけよ」
「いやだ。そんな人現れないよ。僕はリュカがいいんだ。僕にはリュカしかいないんだ」
リュカがどういう考えで僕に抱かれてくれているのか、正直な所分からない。僕と同じ気持ちだって思い込もうとしてはいるけれど、もしかしたらただ気持ちいいからってだけの理由かもしれない。そうだとしても、僕の気持ちが真剣で本気だって事は分かっていて欲しい。僕はただ快楽の為にリュカを抱いてるんじゃなくて、リュカを宝物の様に思っているんだって事を。
リュカはひとつ大きなため息を吐くと、ようやく顔を上げた。
「お前さ、俺との契約覚えてるか?」
「契約……?」
「その宝物貰ったら、俺はお前に期待外れの烙印を押して追い出すことになっちまう」
「あ……」
「俺はさ、お前を追い出したいなんてこれっぽっちも思ってねえから。だからそれはお前が大事に持ってろよ」
驚いて目を瞠る僕に、リュカが優しく微笑んだ。その笑みがどことなく弱々しく寂しそうに見えた気がしたけど、それよりもリュカの言った内容の方に気をとられ、満たされた気持ちになった僕はリュカに言われた通り胸元に宝物をしまいこんだ。
思った。僕は僕の秘密を全て葬って、生涯ここで暮らせばいいんだ。そうすればこの宝物ごと僕自身をリュカに捧げることになる。この立場も、身分も、責任も、使命も、全てを捨てて、ここで永遠にリュカと二人で───。
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