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微笑みの理由 1
いつもより早く起きた日は、港へ行くことにしている。
胸元を強調した派手なドレスは、寂れた港ではかなり浮いてるし、どんなにセクシーな格好をしてもリュカはあたしのことをそういう目で見てはくれない。これでも店に来る貴族達には結構口説かれるのだけど、肝心のリュカからは相手にされない。今日のドレスは、昨日一夜を共にした貴族からプレゼントされたものだ。リュカ、何か言ってくれるかしら……。
汽笛を鳴らしながら一隻の船が港へと近づいてくる。商人を迎えに来る船だ。ああよかった。無駄足でなかった。リュカは今日ここに来る。もう少しで会える───。
「また海を見てたのか?」
仕事を終えたリュカが、港から続くスロープの途中で足を止めた。あたしがここへ来る目的は海じゃなくリュカだっていうのに、リュカは意地悪だ。いつもそれに気付かないふりをする。
「ええそうよ。あたし海が大好きなの」
「そうか」
嫌味っぽく言っても知らんぷり。酷い男。
「ねえ、どうかしら」
「どうって?」
視線でドレスを示しているというのに、リュカは首を傾げる。
「このドレス。新調したの」
「あ、ああそうか。綺麗な色だな。よく似合ってるぜ」
やっぱり気付いてくれてなかったし、取って付けた様な感想。
リュカは悲しいくらいにあたしに興味を示してくれない。ううん、あたしだけじゃなく、誰にだってそう。相手を惚れさせるだけ惚れさせて、あとは放ったらかし。好意を持たれるのは、リュカが意図したことではないのだろうけど……。
あたしがリュカと出会ったのは、5年前のまだ成人する前の事だ。街で買い物をしている時、露店に誘われてうっかり普段は足を踏み入れない路地裏まで来てしまっていた。いけないと思った時はもう遅くて、あたしはニヤニヤ嫌な笑いを浮かべた小汚ない連中に囲まれていて、襲われる寸前だった。どうか命だけは奪われませんように。そんな風に諦めかけた時颯爽と現れてあたしを助けてくれた人。それがリュカだった。フードを目深に被ったリュカは、安全な場所まであたしの手を取って走ってくれた。
「あの、あなたの名前をおしえて」
フードを被っていても、その目鼻立ちがとても整っていることは明らかで、時々見え隠れする桃色の髪の毛が美しかった。例え容姿が飛びぬけていなくても、危ないところを華麗に救ってくれたその少年にあたしの心は奪われていたことだろう。
「もうあんなとこ一人で入るなよ」
リュカはあたしの質問には答えずそれだけ言ってあっという間に人ごみの中に消えて行ってしまった。
それからあたしは、リュカを───名前も知らないフードの少年を探し続けた。あれだけ特徴的な髪色をしているのだから、すぐに見つかるだろうと高を括っていたというのに、ようやくリュカを見つけたのはそれから二年も経った後の事だった。
『ピンク色の髪の色男がいる』
そう街で噂が立ったのがその頃で、その噂を聞いて間もなくあたしも街で彼を見かけた。桃色の髪。誰もが振り返ってしまうほど整った顔。あの時の少年で間違いなかった。
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