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レーヴノーブル
あれから三年。どこかで誰かを助けているリュカを想いながら、僕も僕の夢の実現の為に一歩一歩邁進していた。
奴隷廃止法案については、一歩進んでは引き戻されるような一進一退の状況だけれど、見せしめ効果と定期的な役人による見回り、罰則の強化などによりデルフィア人の被害については確実に減少してきている。
リュカのいた港のスラムの漁業規制についても速やかに撤廃した。以前の町の名前を復活させて、薬物についても新たな乱用者が増えない様規制を強化した。
あの町のことはシダに任せてある。彼の事は好きではないけれど、義理人情に厚く、仕事を任せる上では信用できる人間ではあった。元々、あの薬物だって国から流通を指示されていただけで、彼自身心が痛まないことはなかったようだから。
今日は即位三年を記念したセレモニーが開催されていた。歓声をあげて僕に手を振ってくれる民衆からの評価は上々。けれど、やはり貴族からは嫌われ煙たがられていた。この三年で暗殺されかけたことだって何度かある。
僕の仕事ぶりと思想を王子であった頃から見知ってくれていた大臣のロレントを初め、同じ志を持ってくれる味方が傍にいてくれること。そして、遠いどこかで僕を見守ってくれているであろうリュカの存在が、僕の夢を実現させていく支えになっていた。
即位記念のこの日は、桜を見に行くのが恒例になっている。三年前の奇跡がどうしても忘れられないのだ。
あの並木は、今年は花をつけているだろうか。
王となると毎日の公務が忙しく、久しく城下町にも下りていない。セレモニーが一段落したところで近衛兵に護衛を依頼して、さっそく僕は街へ繰り出した。
リュカの言った通り、平和そのものの城下町を眺めながら歩いて、目的の桜並木に到着した。
まず目を奪われたのは、満開の薄桃色だ。
三年前の今日は花が散り始めていたけれど、今年はあの年よりも冬が長かったから、花をつけるのが遅れたのかもしれない。
それにしても三年ぶりとはいえ、この木がこんなに短いスパンで花をつけるなんて珍しい。
「きれい……」
誰にともなく呟くと、護衛の兵が隣で頷いてくれた。リュカにも、見せてあげたかったな……。
気づくのに遅れたのは、桜の花に目を奪われ、上ばかり見ていたからだろう。並木を歩こうと視線を前に戻すと、遠く向こうの桜の木の下で、すっぽりとフードを被った誰かが蹲っていた。
「あれは……」
まさか。こんな奇跡が都合よく起こるものか。
三年前にもしたように、期待するな、と自分に言い聞かせながらじりじりとその人物の元に足を進める。
ふいに風が吹いて、彼のフードが捲れた。その髪の色は、桜の花びらと同じ色で───。
「リュカ!!!!」
大声を出したって逃げ出す筈ないって思った。僕に会いに来てくれたんだって、確信していたから。
「ルーシュ」
顔を上げて立ち上がったリュカの手には、作りかけのシロツメクサの花冠。僕は駆け寄ってリュカを思い切り抱きしめた。
「リュカ、会いに来てくれたんだね!待ってたよ!ずっと待ってたよ……!」
リュカの額に自分の額を合わせて見つめ合う。微笑んでいたリュカは、少ししたらどうしてだか眉を下げて困り顔になった。
「まだ、途中だったのに」
それは、花冠の事だよね?そうじゃなきゃいやだよ。また待っててって言われたら、僕流石に王様特権でどうにかしちゃうからね。
僕はリュカの身体を離すと、一歩後ろに下がって跪いた。
「リュカ。これを受け取って欲しい」
僕はようやく、理想通りの場所でリュカに僕の宝物を差し出せた。
「きれいだな。お前の瞳の色と同じだ」
「一生、僕の傍にいてください。あいしています、リュカ」
リュカはまた眉を下げた。
「まだ、終わってねえんだけど……」
言いにくそうにこぼしたそれは、残念ながら花冠の事じゃなさそうだ。
痺れを切らした僕は立ち上がって、自分から僕の手を取れない臆病なリュカの首にペンダントを掛けた。
「もう僕の宝は君のもので、君は僕のものだ。ノーとは言わせない」
リュカが目を瞠った。ペンダントを強引に押し付けられた事よりも、どちらかと言うと僕の言動の方に驚いたみたいだった。そして、少ししてからぷっと噴き出した。あはは、と声を上げて笑い出す。
「流石、陛下ともなれば横暴さが桁違いだ」
「そうだよ、僕は横暴だ。たとえ君が拒んでも、僕は君と幸せになるって決めてるんだから」
尚もリュカは笑っている。
思った。リュカの贖罪に終わりなんて訪れないんじゃないかって。自分に厳しすぎるリュカは、結局いつまで経っても、何をしても自分の事を許してあげられないのかもしれない。
だったら僕が、多少強引にでもそこからリュカを助け出してあげなきゃ。どれだけ時間が掛かっても、僕はリュカと幸せになりたいから。
「イエスって言ってよ、リュカ」
「イエス」
「え……」
「なんだよ、お前が言えって言ったんだろ」
「あ、あのね、オウム返しして欲しいわけじゃなくて……」
「分かってるよそれぐらい」
あれ……?差し伸べるつもりだった手が宙ぶらりんだ。
「覚悟は決まった。待たせて悪かったな。幸せにしてくれよ、ルーシュ」
「リュカっ!」
リュカの胸に飛び込んだ僕の目からは、また涙がボロボロ溢れた。けど、一年前の辛くて悲しい涙じゃない。嬉しくて幸せな涙だ。
それにしても……僕が格好良く、幸せになる事に臆病なリュカを贖罪のループから引っ張り上げて救い出す展開だった筈なのに、何で僕はまたリュカに背中ポンポンされてるんだろう。
けど、まあいいか。このほうが僕たちらしい。僕はやっぱりリュカに甘えるほうが性に合っていて、リュカは僕を甘やかす方が得意なんだ。
肩を寄せ合って歩く僕たちを見て見ない振りの護衛達を引き連れて王宮に戻る途中。
「リュカ、僕のこと守ってね」
「ん……?」
「僕、反改革派の貴族達から命を狙われてるんだ。この三年で殺されそうになったのは一度や二度じゃない」
そう話した僕を、リュカは目を丸くして見つめた。
「そういうことは、もっと早く言えよ」
「早くって言ったって、リュカがどこにいるか知らなかったし」
「……そうだったな」
「リュカが傍にいてくれるなら、もう僕は何も怖くないよ」
「ああ。俺が守ってやる。お前には指一本触れさせない」
そういうのは男なら誰しも言いたいセリフで、プロポーズしたからには僕の方が言いたかった。けど、まあいいか。僕たちはこれでいいんだ。
「ありがとう、リュカ」
リュカがふ、と笑った。その表情はこれまで見た中で一番晴れやかで、満ち足りていた。
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リュカ。僕を助けてくれて。僕と出会ってくれて。僕を好きになってくれて。僕を守ってくれて。僕と幸せになる事を受け入れてくれて、ありがとう。
君がいなければ、僕の夢は成しえなかった。君は僕だけじゃなく、たくさんの人を救ったんだよ。
この国が変わったのは君がいたからだ。君はただのヴァレじゃない。僕の大切な伴侶だ。
君の姿を、君の強さを、君の潔さを、君の意思の強さを、君の優しさを、君の功績を。後世に残せないのはとても残念だ。
だから、僕がこうして残すよ。僕と君の物語である、この本を。
レーヴノーブル
─FIN─
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