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ピュア・ホワイト・ナイチンゲール④

「宗教なら、やらないぞ。帰れ!」  俺は大げさにも見えるほどの動作で、体を離した。  こいつの、怪しさエクスプロージョンな提案は、こいつがセールスマンとは全く別のもの、いわゆる「勧誘員」である可能性を示唆している。  しかし俺がこいつから体を離したのは、それが原因ではない。それ以上の何か『危険な香り』を感じ取ったからだった。 「やれやれ、ボクを呼び出したのは本当に偶然なんだね。まあ、そういうことは稀によくあることだから仕方ないか」 「稀、と、よくある、が矛盾してるんだが」 「キミにとっては『稀』、ボクにとっては『よくある』だから、矛盾してないよ」  わかるようでわからない理論を振り回しながら、青年は涼しい顔でダイニングチェアに戻ると、ティーポットをカップに傾けた。ポットもカップも、俺のものではない。  こいつは茶道具を持ち歩いているのだろうか。  淡い紅色の液体が、ティーカップへと注がれていく。 「じゃあボクを追い出すかな? 出て行けという願いも、叶えてあげるよ。ボクを呼び出した人間は、みんなそうしたからね」  んじゃそうしてくれと言いかけたが、その言葉が口から出てこない。  俺の視線が俺の意志とは無関係に、ダイニングチェアに座る青年ルースへと注がれた。  真っ白でつややかな髪は透き通るようで、白いうなじにかかるくらいで切りっぱなしのボブに整えられている。  眉毛は細く横へと流れていて、その下では同じく切れ長の目が涼し気にティーカップの中を覗き見ていた。  紅い眼は、カラコンなのだろうか。おどろいたことに、まつ毛まで白い。  とそこで、ルースと視線が合ってしまった。 「いや、別にそういうわけじゃ」  慌てて視線を外したが、その自分の反応に自分自身で驚いてしまった。なぜか、心臓の拍動が速くなっている。  眼の色と唇以外、すべて真っ白な青年。その顔立ちは確かに、少し人間離れしていて、美しい……いやいやいやいや、こいつ、男だから。 「変……かな? ボクの顔」 「いやいや、あー、美人、だと思う、かなり」  そう口走ってから、俺は頭を抱えた。  ふられたからか? ふられてすぐだからか?  多分そのうち、いやいつか絶対『女』で失敗するだろうとは思っていたが、まさか、それが今じゃないだろうな?  想定していたのはそういう失敗じゃないはずだ。落ち着け、俺。 「それはうれしい、かな。こっちにきて、お茶を飲まないかい」  ルースはカップにお茶を注ぐと、ソーサーに載せ、それを自分の向かいに静かに置いた。もはやどちらが部屋の主なのかわからない状況だ。  ソファから立ち上がり、ルースの向かいに座る。そして、カップの中の液体をじっと見てみた。色は紅茶のようであったが香りは茶葉のものではなく、ほのかに木と土の香りがする。  そこでまた、トンと心臓が鳴った。さっき、ルースから香ってきた匂いだ。 「毒は入っていないよ」  冗談なのか本気なのかわからない風に、ルースが微笑む。  怪し、としか言いようがないのだが、彼の何故か嬉しそうな振る舞いに、疑う気分がどんどん抜けていくようだ。  ルースはその白い手を俺のほうに伸ばすと、ティーカップを手に取り、自分の口へと運んだ。一口飲み、再びそれを俺の前に置く。 「ほらね」 「いや、ほらねというか、これじゃあ、このまま飲むと、なんというか、その、間接ってやつ?」 「……嫌なのかな?」  からかっているのかと思いきや、ルースは瞳に不安の色を浮かべ、形の良い白い眉を少しひそめながら、俺をじっと見つめている。  これは酷い仕打ちだ。こいつは、俺を食おうとしているに違いない。 「嫌とかじゃなくて、その、いや、なんでもない」  こいつの距離感が全く分からない。まあ、人んちに知らない間に居座り、お茶をすすめてくる奴の距離感なんか、分かるわけがないのだが。  ルースは、意味にもならない言葉をごにょごにょとつぶやいている俺を、何も言わずにじっと見つめ続けていた。  抗いがたい衝動を感じ、おそるおそるティーカップを手に取る。そして、少しだけためらった後、お茶のような何かにゆっくりと口をつけた。  香り通りの味がしたが、意外なことに不味くはない。ルイボスティに近いだろうか。 「美味しいかな?」 「結構、美味しい。何が入ってるんだ、これ」  それを聞いて、ルースの顔に浮かんでいた不安げな表情が、うれしそうな微笑みへと変わった。  それを見ていると、どうにも調子が狂ってくる。ルースが何を考えているのか、全く分からなかった。  まあ、男性の気持ちすら分からないのだ。女性の心などなおさらだろう。俺が女にふられたのもの、当然なのだ。  いっそ、この異常な状況を楽しんでみようか。  そんな気になり、ルースの顔を見続けながら、俺はティーカップの中の液体をゆっくりと口の中へと入れる。  それを見ていたルースの顔が、なぜか少し赤くなった。 「えっと、えっとね、ボクのね、おしっこ、だよ」  次の瞬間、俺の口の中にあった液体が、霧状になって、口の外へと出て行った。

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