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ピュア・ホワイト・ナイチンゲール⑤

 もし部屋の中に太陽の光が差し込んでいたならば、きっと、綺麗な虹ができていただろう。でも、室内灯ではできないらしい。 「な、何をっ」 ――飲ませやがるんだ!!  そう叫ぼうとして、言葉を飲み込む。  何が起こったのか分からないというような、キョトンとしたルースの顔。前髪も顔も、しとどに濡れている。それが妙に色っぽくて……  はっと我に返った。 「す、すまん!」  横にあったティッシュペーパーを何枚かとり、急いでルースの傍へ行く。そして、ルースの濡れた顔をティッシュペーパーで丁寧に拭いていった。  固まったままのルース。少し心配になって、その顔を覗き込んだ。 「だ、大丈夫か?」  そう声を掛ける。  と、突然、ルースが大声で笑い出した。 「な、何が」  可笑しい? 全くわからんぞ…… 「いや、失礼、失礼。ボクの方こそ、すまなかったね。変なことを言って」  そう言うとルースは、「もう大丈夫」といって、俺の手を握った。  少し冷たい手。紅い瞳が俺を見つめる。 「いや、その」  何を言うべきか、それが分からない。言葉が俺の記憶から全て失われてしまったようだった。 「ねえ、キミ」 「な、なんだ」  ルースの目に不安の色が、ふっと現れる。 「えっと、嫌がるとか、えずくとか……しないのかな?」 「何を」 「キミが飲んだものを」  言われてようやく、俺の飲まされたものが『アレ』だったことを思い出した。 「いや、ちょ、ま、って、本当に、そうなのか?」 「そうだったら、キミはどうするのかい?」  質問に質問で返されてしまった。  ルースは、すがるような眼で俺の反応を待っている。そう、まるで合格発表を見るかのように。 「いや、そ、そうだな」  口の中に残っているのは、ただ木と土の香りだけである。実際のところ気持ち悪さはない。本当に『そう』なのかすら、俺には判らなかった。 「気持ち悪い、かな?」  ルースが更に訊いてくる。  ふと、その問いに対する答え方を間違えれば、何か破滅的なことが起こるような……そんな予感が頭をよぎった。  何か確証があるわけではない。ただ、そういう予感がする。というか、そういう予感しかしない。  ルースは、何かを試している……そんな気がした。 「いや、別に、気持ち悪くはない、と、思う」  美人のものなら平気だ――などと異常性癖マックスにしか聞こえないことは言わずに、ただ否定だけして見せる。ちょっと、お茶を濁し気味だが。  それを聞いたルースの表情は、しかし、『不安』から『この上ない悦び』へと変わった。 「いや、まあ、冗談だよ。ほら、その、うん、アレだ、悪かったね」  そう言いながらも、顔をなぜか赤く染めて、ぱたぱたと手で自分の顔をあおぎ始める。  ルース対する「お前誰だよ」とか、「頭湧いてるんじゃないか」とか、そういう気持ちは宇宙の彼方へと飛んでしまっていた。

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