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ピュア・ホワイト・ナイチンゲール⑨
ルースの反応は、意外なものだった。
もしかしたら、死神と呼ばれることは珍しくないのかもしれない。それに心を痛めているのだろうか。少し申し訳ない気持ちになる。
……誰に、というのはこの際置いておこう。
「あ、いや、そういうつもりで言ったんじゃ……」
「魂はね、」
ルースが、うつむいたまま言葉を続ける。
「連れて行かないと消滅してしまうんだ。魂には、その人間の人生の記憶がつまっていてね。ボクらはそれを回収し、保管しているんだよ」
「ボクらって、魂を集めているやつらが、他に何人もいるってことか?」
「うん、そうだね」
「ふむ……魂に記憶があるのか?」
「そう。魂といっても、多分コノエが想像しているものとは少し違うと思うけど、ね」
墓場に飛んでるアレとか、心霊写真に写ってるアレとか、そういうのではないのか。
「ちょっと、想像つかない」
「死ぬといってもね、人間の精神は消えないんだ。また新たな肉体を得て、別の人生を生きる。何もかも忘れてね」
「ん? 魂と精神は違うのか? ってか、生まれ変わりってあるのか? 何、俺も生まれ変わり?」
ルースが視線を上げる。表情に明るさが戻っていた。
艶やかな白い髪が、首元で切りそろえられている。うなじというものには色気があるというが……
ドキッとして、思わず視線を上に逸らせたが、ルースは俺の腕を抱えたまま放そうとはせず、その距離が近すぎて平常心を保つのに苦労する。
俺、何やってんだろ……相手は男だってのに。ショックなことと、アンビリーバボーなことが立て続けに起こっているから……と思いたい。
ルースの中性的な顔立ち。分かってしまえば男性に見えるのだが、見ようによっては女性にも見える。こんなに密着していれば、自然と『そういうこと』を考えてしまうのが男の悲しき『サガ』なのか。
一生懸命に無関係なことを考えようとしたが、心臓の拍動はどんどん速く大きいものになっていく。 それがルースにばれているような気がして、視線をルースに戻せないでいる。
「そのことを手短に説明するのは難しい、かな。また追々、だね」
「そっか」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ルースは何事もなかったように話を締めくくった。
「んじゃ、ルース、その『魂』ってやつを集めに行こうぜ」
ふと、ルースの腕の力が緩む。俺はルースを押し、体をルースから離してみた。支えを失った体が、再び無重力の空間を漂い始める。
視線の先には、もわもわとした雲のような壁。ただ白いだけの空間。ルースの髪も肌も真っ白なだけに、黒い上下の服装と、紅い目だけがその空間に浮かんでいるように見える。
俺を見るルースの目が、ふっと緩んだ。
「名前」
「ん?」
「呼んでくれたね」
言われて、気が付いた。
「あ、ああ、まあ、気が向いたんだよ」
「そう、なんだね」
ルースは、思わせぶりに微笑むと、何の不自由もなくまた俺の方へと近寄ってくる。そのままルースに腕をつかまれ、抱き寄せられる。
「いや、あのな、ルース。そんなにくっつくなよ」
「なぜ?」
「なぜって……おかしいだろ」
「何が?」
別に俺をからかっている風ではない。どうも素でそう聞いているようだ。
「こういうことは、付き合ってる相手とするもんだ」
俺の答えに、ルースがふふっと笑った。
「コノエはボクに、『付き合ってくれ』って言ったじゃないか。なら、おかしいことは何もないと思うけど」
「あれは冗談で言ったんだ。だいたい、付き合うってのはな、男と女が」
俺の体がくるっと回され、ルースが俺を背中から抱きしめる。ルースの手が俺のTシャツの中へと……
「男と女が?」
耳元での囁き。高く透き通った、悪魔の囁き。
「ちょ、待て、何してんだよ」
小さいころから剣道をしていたからか、俺の体には、人に見せても恥ずかしくないくらいには筋肉がついている。
ルースの手が、まるでそれを確かめるように、俺の体を這い始めた。
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