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ピュア・ホワイト・ナイチンゲール⑩

「付き合ってる同士なら、こういうことをするんじゃないの、かな」  Tシャツの中をまさぐるルースの手が、お腹から胸へと上がってくる。肌を突き抜けるような感覚。それを『快感』と捉えることを、俺の脳が拒否した。 「だからそういうのは、男と女が」  その手から逃れようと足を動かしてみるが、足が地についていないせいで、思うように動かない。 「ならコノエは、その『付き合っていた』という女と、こういうことをしていたのかい」  ルースの手が、胸のところで止まった。 「ぬぅえっ?」  突然の質問に、変な声が出てしまう。 「ま、まあ、そう、だな」 「何のために?」 「……はあ?」  一体何を聞くんだ、こいつは。 「そりゃ」  答えようとして、言葉に詰まった。  何のために――何のためだったんだろう。 「子作りのためかい?」 「ぶはっ」  直球すぎる質問に、しかし俺は答えられない。そうではないから。 「それとも、ただお互いが気持ちよくなりたいため、かな」  どうなのだろう……そうだとは、思いたくない。  再びルースの手が動き始める。こんなにも優しく、それでいて官能的に触られたことは一度もない。それが相手を想う気持ちからくるのか、それとも単なるテクニックなのか、それは俺には判らなかった。 「なら、男同士でも、問題ないよね」  首筋に、何かが触れる。どこかひんやりとした、でも、軟らかい感触。それが蠢き、そして突然、軽い痛みが走った。思わず体をくねらせる。 「な、何してんだよ」  首を噛もうとしたようだ。神様じゃなくて、吸血鬼か!? 「付き合ってあげても、いいよ」  ルースの透き通った囁き声が、俺の鼓膜をかすかに震わせる。 「そういうのは、お互いをよく知ってからだろ」  ルースの胸に手を当て、力いっぱい突き放す。ルースではなく、俺の体がルースから離れる格好となったが、もわもわとした壁にぶつかり、そのままルースの方へと跳ね返った。 「よく知ってからなら、いいの、かな」  ルースが、意地悪気な微笑みを浮かべながら、俺を受け止める。  涼しげな目元。その紅い瞳、吸い込まれそうで…… 「あ、あのなぁ。付き合うってのが何をすることなのか、わかってないんだろ」 「コノエが教えてくれないから」 「教えてどうする。俺は、男と付き合う気はないぞ」  肉体での抵抗は諦め、俺はルースから顔をそむけた。 「何をもって『付き合う』というのか、それには正解はなくて、個人が決めることじゃないのかな」  ルースが、まるで独り言のようにつぶやく。  ふと頭の中に、いやどうでもいいことなのかもしれないが、疑問が一つわいてきた。 「神様は日本語を話すのか?」  言葉の問題、というのなら、そもそも神様を自称するルースに、日本語が分かるのだろうか。  ルースはそれを聞いて、ふふっと笑った。 「言葉はイメージを伝える媒介に過ぎない。ボクたちは、イメージを音に乗せて伝えあっているんだよ。どんな言語を使っても、イメージを伝えることができる。もちろん、それを受け取ることも」  分かるような分からないような話。でも、なんとなく冷や汗が出てくる。 「俺の考えてることが、ルースに伝わってるということか?」 「そうならうれしいんだけど、残念ながら、考えを読み取れるというものじゃ、ない、かな」  なにがどううれしくて、なぜ残念なのかは置いておくとして、分からないことが多すぎて、一つ一つ質問していると日が暮れそうだ。  よし、考えないことにしよう。うん、現実逃避が最強だね。 「さあ、行こうか」  ルースはそう言うと、含みのある笑いを浮かべて、俺の手を取った。 「どこ行くんだ?」 「魂集め、だよ」 「いや、どこで集めるんだって話だ。ここは世界と世界をつなぐ回廊だって言ってただろ。まさか『異世界』とやらにいくんじゃないだろうな」 「コノエにとっては、そうだね、『異世界』かな」  そのまさかかかよ。帰ってこれなくなるとか、ほんと、勘弁だぞ。 「俺の『世界』で探した方が効率よくないか?」 「それだと、コノエには『死にゆく者』が分からないんだよ」 「あ、そうだ。それも訊こうと思ってた」 「それは、その時になればわかるよ」  悪戯っぽく微笑むと、ルースは俺の手を引き、雲のような壁を通り抜けて部屋の外へと出た。  一体、何がどう分かるのか……  それを考える時間はもらえなかった。ルースが周りを見回し、俺を連れてふわっとジャンプしたのだが、次の瞬間にはすぐ、目の前に格子の入った木製の扉が現れていた。 「なんだ、これ」 「扉を開けてくれるかな」  ルースが俺を扉のほうへと導く。  押し戸の様だった。扉を手で軽く押すと、開く気配がする。 「大丈夫なのか?」  ルースが黙ってうなずくのを確認し、俺は扉を開けた。

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