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ディープ・クリムゾン・サフラワー③

 とりあえず屋敷の探索からということで、祠を離れ屋敷のほうへと歩き出す。随分と目が慣れてきたので、夜ではあったが色々と見えてきた。  敷地全体をもう一度観察してみる。よくよく見ると、周囲の塀にはところどころ崩れかけたところがあり、塀の中の敷地には落ち葉が、無造作に吹き溜まりにたまっていた。草は伸び放題で、全体的に『荒れ果てた』という形容がぴったりだ。  屋敷の正面らしきところには階段があり、それを上がると板張りの吹き放し部分が廊下のように左右に伸びている。  近寄って中を覗いたが、御簾が下ろされていて中は見えない。中から漏れてくる光も無い。 「誰も、住んでないのかな」  散々ルースとおしゃべりをしていたことで、警戒心がなくなっていたようだ。声を出して、独り言を垂れ流してしまった。 「そこにあるは、たれぞ」  しまった――そう思ったが、遅かったようだ。御簾の中から、声が聞こえてきた。少しハスキーで、鼻にかかるような甘い声。青年になり切れていない男の子のような声だ。  だが、口調は鋭い。  咄嗟に階段の横に身をかがめて、息を殺す。 「みょうぶにや?」  これは……古語だろうか。意味が分かるようで、よく分からない。  さて、どうしたものか。  ルースは、とりあえず人と話せって言っていた。どうせ話をしなきゃならないんだから、隠れるのは無しとしよう。 「あー、すみません。道に迷ってしまいまして。私はコノエというもので、ここは……」  そういいながら、俺は階下から立ち上がり、声の方へと向いた。  すると、軽い悲鳴が起こる。  俺の目の前にいたのは、扇子で顔を隠している十二単姿の――  女?  「何者ぞ」  そう誰何する声は、しかし最初の勢いは失われ、かなり慌てた風だった。  意味の分かる言葉が聞こえ、ほっと一安心。 「ごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだ。迷ってしまったので、道を聞こうかと思って」  さすがに、『怪しいやつに連れてこられて、ここがどこかわかりません』とは言えない。  だから、当たり障りのないことを言ってみたのだが、目の前の女性は扇子で顔の下半分を隠したまま目だけを出して、こちらを訝しげに見ている。  どう見ても怪しい奴なんだろうな、俺。  黒く長い髪が、月に照らされて綺麗に光を反射していた。彼女の後ろには重そうな十二単の裾が伸びている。写真でしか見たことのない装束だったが、写真と少し違うのは一番上に黒っぽい上着を羽織っているところか。月の光ではさすがに細部まではわからないが、ショートコート風だ。毛皮だろうか。 「俺は、コノエ。君は?」  とりあえず会話だ。 「コノエ? 近衛の中将殿におわすか」 「あー、ごめん、そんな人は知らない、かな」  中将――貴族だろうか。というか、俺ってそれくらいの貴族に見えるのかな。  彼女は俺の顔を見た後、視線をやや下げ、俺の服装を見ていた。その様子からは、驚いた風はもう無くなっている。 「かわごろもとは、珍しいおもてぎを」  かわごろも? 毛皮のことだろうか。やっぱり、デニムのパンツの上に毛皮のコートじゃおかしかったか……おかしいよなぁ…… 「今日は寒いから。おかしい、かな?」 「いや、我も着たれば」  彼女はまるで独り言のようにつぶやくと、俺に背を向け、御簾の中へと入っていく。  たぶん、『私も着ているので』と言ったのだろう。じゃあ、おかしくはないということか。  なら、なぜ毛皮の話をしたのだろうか。ちょっと不思議だ。  にしても、彼女は、俺の正体にはあまり興味がないようだ。  いやいや、ここに不法侵入者がいますよ? 「コノエ、御簾を上げるがよい」  鼻にかかるようなハスキーボイスが、御簾の中から聞こえてくる。  ってか、俺にこの『すだれ』を開けろっていうのか? 「誰ぞのせいで、(ひさし)から月を見ることができぬゆえ」  俺のせいかよ。

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