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ディープ・クリムゾン・サフラワー②
「まずは『魂の選別』からだね。探すのは、できるだけ『濃密』な経験をした、できるだけ『純粋』な魂だよ」
言葉は軽快だが、ルースの口調の裏に、なんだろ、どよどよとした、いや、ぐろぐろとしたものを感じる。
「すまん、さすがに意味が分からない」
「どんな魂でもいいってわけじゃない。簡単に言うと、短時間で多くの経験をした、意志の強い人間の魂、だね」
「アンド、死にかけを探すのか? 随分とハードルが高いな」
「そうだね。だから、選別に一番時間がかかる。『死にかけ』じゃなくて『死にゆく』なんだけどね」
俺はいつか、その違いが分かる男になるんだろうか。
「間違ったのを選んでしまったらどうなるんだ?」
「最終的な選別はボクがやるから、そこまで気にしなくても大丈夫だよ」
人間全員の魂を集めるわけじゃないのか……まあ、そういうものなのだろうと納得してしまった俺の横で、突然ルースの体がピクっと動き、俺の腕を抱きしめる力が緩められる。
「ん? どうした?」
ルースは少し視線をずらし、考え事をしている風だ。
「コノエ、すまない。少し用ができたみたいだ。後は頼めるかな」
「ちょ、ちょっと待った。いきなり放置プレイかよ」
「情報を集めるには、とりあえず人間と話をするといいよ。今のところ危険はないから」
「いや、だから、勝手に話を……」
言い終わらないうちに、ルースは俺の目の前から、文字通りパッと消えてしまった。
ちょ、なんだよそれ、そんなテレポートみたいなことができるのか。
ってかルースは、もしかしたら、俺の態度に怒ったのだろうか。
……いや、いや、それは俺の勘違いだ。それで何度失敗してきたことか。
俺を誘惑しようなんてのは、女性だろうが男性だろうが、そう、都市伝説なんだよ……あの子がそうだったように。
「おい、せめて、ジャケットと靴くらい用意しろー!」
ルースが消えて誰もいなくなった空間に、言葉だけがむなしく響く。
「ったく、どうしろっていうんだよ」
「とりあえずこれを使ってくれないかな」
「うわっ」
いきなり再出現したルースに、思わず大きな声を出してしまう。
ルースから手渡されたものは、月明かりではよくは見えないものの、モフモフとした毛皮のコートらしきものとスリッパのようなものだった。
「瞬間移動できるんなら、俺も連れてってくれればいいんじゃね?」
「地面とか壁とか建物とかにめり込んでもいいのなら……」
「うん、遠慮する」
リアルで『*いしのなかにいる*』はごめんだ。
「じゃあ、後で。何かあったら、呼んでくれていいよ」
どうやって呼ぶんだよ、と訊く隙も与えず、またルースは忽然と消えてしまった。
「やれやれ、本気の放置プレイかよ……伝説の『六甲降ろし(隠語)』もびっくりだな」
肩をすくめながら、俺はルースからもらったものを、改めてチェックした。
毛皮のコートは……女もの?
この毛皮が本物かどうかは分からない。毛皮といえばイタチとかテンとかだっけ。袖を通してみると、そんなにきつくもなく着ることができた。どうも男ものだったようだ。
ほのかに木と土の香りがする。ルースの匂い。確か、ルースは俺と同じくらいの背丈だったな……これ、ルースはいつも着ているのだろうか。
もう一つは、俺のサンダルだ。いや、これを取ってくるんだったら、俺のジャケットを取って来いよ。
足元が少し寒かったが、とりあえず身支度はできた。
ここまで来たら、とことんやってやろう。
失うものなど、ナッシン・トゥ・ルーズ!
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