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第1話-2

長い廊下を歩く。 いつもの様に、奏の一歩後ろを行く祢音。 「お待ちしておりました」 リビングのドアが開くと、大理石のテーブルには既に夕食が用意してあった。 奏と祢音、そして秘書の伊織の三人分の食事とは思えないような色とりどりの料理に、毎回申し訳なく思うのは祢音だけ。 いつもの定位置に座ると、透かさず出てくる飲み物。 奏はブラックコーヒー、伊織は紅茶、祢音は搾りたてのオレンジジュースが運ばれて来る。 「さぁ、食べようか」 その合図に『いただきます』と音にしないで口を動かし、両手を前に合わせて食べ始める。 これは、施設に居た頃からの習慣と言うか、人間は大体がこの仕草をすることが多い。 食事中の会話は、ほぼ無し。 食器やカトラリーの音、飲み物を飲んだ時に喉を通るゴクっと言う小さな音。 それ以外、耳に聞こえる音なんてどこにも無い。 最初に来た頃は、この靜寂に慣れない上に食べ物をよく溢していた。 小学校入学前の普通の男の子が、大人と同じ様にナイフやフォークを使い(こな)せる訳では無い為、補助としてお手伝いさんが祢音の隣に居た。 今では、それも懐かしく感じる思い出の一つ。 「あぁ、そうだ祢音」 「は、はい」 珍しく奏が声を掛ける。 「食事の後に、私の部屋へ来てくれるかい?」 「…?分かりました」 少食な奏は食事を済ませ、コーヒーを一口軽く口にするとリビングから部屋へと戻るために椅子から立ち上がった直後、スマホから音が鳴った。 仕事の電話だろうか、チラッと伊織を見ると、すぐさま彼も奏の後を追うようにリビングを去って行った。 何だろう。 伝えたいことでもあるのかな? ポツンと一人、リビングでまだ食べ終えていない夕食を口にする。 ◇ ◇ ◇ 「もしもし?はい、いつもありがとうございます。えぇ、ありますよ。三回分?じゃあ、うちの秘書に届けさせます…代金は、いつもように振込で。では」 「奏様、どちら様でしょう?」 「いつもの理事長だ。あの人も、悪趣味だな。笑えてくる」 電話を切ると、保管庫にある三回分の錠剤を祢音の通う学校の理事長に渡してくれと奏が伊織に頼んだ。 その錠剤の正体が何なのか、伊織自身もイマイチ分かっていない。 薄暗いヒンヤリとした保管庫は、人目に付かない様な地下牢の手前に存在していて、扉にはオートロックシステムが採用されている。 指紋と顔認証を経て中へ入ると、鍵付きのガラス扉の棚があり、薬かサプリのような物がその中に複数あって、定期的に購入しているであろう人物の名前が書かれていた。 (これ)がどんな作用を(もたら)すのか、奏は一体何を考えているのか… 五年も一緒に居て、まだまだ未知な部分が多すぎる事に伊織は小さく溜め息をついた。 「やっぱり、人間と吸血鬼じゃ考えも意思も相反するのかぁ」 この邸宅で唯一、伊織だけが奏の正体を知っている。 吸血鬼と悪魔のハーフだと言うこと、エリートαで運命の番をこの街で探していること… ここまでは間違い無いだろうが、祢音を本当に番にするのかは定かではない。 流石に相手の気持ちまでは理解し難いし、この期に及んで【月城奏】と言う吸血鬼を知ろうとも思わない。 時が経てば、何らかの答えが徐々に明らかにされていくのを待てば良いだけのことーーーー そんなことを思いながら、名前の書かれたプラスチック製の容器を手にして、保管庫から出る。 人が出たタイミングで扉が締まると同時に内側からカチャっと、鍵の掛けられた音が聞こえた。 センサーが感知して、自動でロックされたのだ。 「あれ?奏様?!」 ここに入る前と同じ場所で待っているかと思ったら、奏の姿は無く、部屋に戻ったか、この先の地下牢と呼ばれる場所へ行ったか、どちらかだ。

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