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第1話-3

「部屋に戻るとすれば、声を掛けると思うんだけどな」 ポツンと独り言のように呟きながら、その先にある地下牢へと足を運ぶ。 まだ伊織も未開の地。そこに行くどころか、地下牢の話さえ奏の口から聞いたことがなかった。 内密にしているのか、それともただ話題にしないだけなのか。 どちらにせよ、自分の目で確かめれば良いこと。 行くだけ行ってみよう、何も無かったら部屋に戻るだけだと少し軽い気持ちになって、伊織はゆっくりと地下牢の扉前までやってきた。 静かにその扉に手を添え、横へとスライドさせると監獄とも言える鉄柵。その向こう側に、人の形をした影が見える。 暗くて視界が狭まるような、灯りすらままならない状態で、まるで囚人が入る牢屋だ。 咄嗟に感じた威圧。それが何なのかは分からないが、近寄り難いその奥に繰り広げられている光景は、息を呑むほど衝撃だったーーー 「っ…!」 子供が二人。まだ体つきが大人でないことは分かった。 暗闇に慣れてきた視界から見えるのは、首輪している全裸の子供とTシャツ一枚だけを着ている子供。 それに共通して二人には足枷が付けられていて、鎖の擦れる音がシャラシャラと響く。 「淕は、もう発情期(ヴァンプ)の時期だったな。相変わらずその匂いは危険だ」 「奏…く、ん……早、くっ、鎮めて…よっ」 淕と呼ばれている子は、奏に縋るように摺り寄って行く。  仄暗い中でも、この男の子はΩなんだと分かった。 βには殆ど分からない発情期の匂いや、その子の仕草、あの奏さえも思考を一気に持って行かれそうになっている。 暫く、そのまま気付かれずに静観しようとしていた伊織に、もう一人Tシャツを着ている男の子がこちらを向く。 気付かれたのかと思い、咄嗟に視界から逃れようと扉の影に身を隠した。 ここに雇われているにも関わらず、堂々と奏を探していたと声を掛ければ怪しまれないのに、何故かこの陰湿な空間でそんなことすら出来ないのが地下牢なんだろうと感じた。 この空気や匂いで五感全てを飲み込まれそうになる。 「ねぇ、ソウちゃん。誰かココに来てる気がするんだけど」 「あぁ。俺の秘書だよ、そんなに気にすることはない」 「淕が発情期(ヴァンプ)なのに、大丈夫?」 「彼はβの人間だから、差し支えないだろう。俺が居るし、燐が少し相手するか?」 バレたーーー この状況下で、何をしたら正解なのか分からず、伊織は姿を見せることにした。 すると、燐と言う名の子供がゆっくりと近付いて来る。 足枷が邪魔ではないのか。奏に命令されて、ここに居るのか。 全くと言っていい程、頭と体が今見えてるこの世界に付いていけていない。 張り詰めた空気に耐えられそうも無いのは、正直辛い。 このままこの場から立ち去ってしまえば、何も見なかったことになるだろうし、残っていても自分に降りかかるのは不利なことの様な気がする。      【凌ぐための二者択一】 体や口を動かせないままで居ると、いつの間にか燐が目の前まで来ていた。 奏と同じ赤い目を持つ、人間の容姿をした吸血鬼だと言うことがハッキリと分かった以上、このチャンスを見逃すまいと伊織は燐に話掛ける。 「君は…」 「俺は燐。淕とは生まれた時から一緒で、αの番を探すために人間が生活している場所に来たんだ。あ、でも俺はまだ発情期(ヴァンプ)が来てなくってさ」 質問する前に、ある程度喋ってくれたのは有り難かった。 透き通る様な白い肌。まだ大人ではない未熟な体は細みでしなやか。人間と確実に違うのは、Ωの発情期(ヴァンプ)(おびただ)しい匂い。 βをも惑わせそうな甘ったるい、媚薬にも匹敵しそうな香りを放っていた。 それは伊織ですら何となく分かる程度だが、自分がもしαだったらと思うと、二人同時に発情期(ヴァンプ)が来てしまった時の閉鎖空間は、本能に抗えない獣化したとんでもない物になるんだろうと確信した途端、身の毛がよだつのを感じた。 「ねぇ、名前は?」 優しくて幼い声色に手繰り寄せられらように、檻の中へと入って行く。 感じたことのない感覚に、脳が麻痺しそうになる。 「…風戸伊織」 「イオリって言うの?いい名前だね」 ニコっと笑う燐の笑顔は、奏に命令されてこの場所に居るのでは無いのだと分かった。 自らの意思でココに居る。それを知れただけでも安心して胸を撫で下ろす。 だからと言って、ずっとこのままの状態で良いのかと思う部分もある。 いくら吸血鬼だろうと、未成年には変わりない。 「あの…」 「イオリと何かしたら俺も発情期(ヴァンプ)来るかな?」 「え?」

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