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第1話

 昔々あるところに、魔王を倒すべく、魔王討伐に出向いた勇者がおりました。  魔王は魔族を操り、人間を脅かす悪者です。魔族や魔獣たちが人の街に現れ、荒らし、襲いかかる日々の中で、人々は怯えて暮らす毎日を過ごしておりました。  そんな中、天才だと言われた勇者が一人、魔術書を手に魔王城へと向かいました。勇者はなんと、腕っぷしはからっきし、それでも魔術のことに関しては「天才」と呼ばれるほどだったのです。 「ねえ、ユリアス様、その後勇者様はどうなったの?」  ユリアスの膝の上に座る少女が上目に問いかけた。周囲に座る数人の子も気になっているのか、前のめりにユリアスを見つめている。 「面白い話ですよ。そもそも魔王はね、悪者ではなかったのです。魔王の力が弱まっていたから魔族が暴れ出しただけで、つまり我々が魔王に尽力すれば、魔王は魔族を治めるつもりだったということですね」 「えー! そうなんだ! だから今は魔族も一緒に仲良く暮らしてるんだね!」 「あれ? でも、それなら勇者様は? 魔王様のところに行ったんじゃないの?」  その質問には、ユリアスの隣にやってきた男――ガイルが、腰にひっさげた大剣に肘をついて、寛いだ姿勢で答えた。 「ああ、たしかに勇者は行ったよ、魔王城へ。なあ大賢者」 「ガイル! あなたまたサボって……」 「まあまあいいじゃねえか。教えてやれよ、剣も使えなかった『天才』の勇者が、腕っぷしのある剣豪の俺や大賢者であるユリアスを連れて、どんな結末を迎えたか」 「ええ! ユリアス様たちは勇者様の仲間だったの!?」 「すごーい! 勇者様はどうなったのー!?」 「勝ったに決まってるよね、だって勇者様なんだから!」 「だけど今は魔族も仲良く暮らしてるよ? 魔王様を倒してたら仲良くできないよ」  ああでもない、こうでもない。そうやって議論していた子どもたちはらちが明かないと分かったのか、やがてキラキラとした目を二人に向けた。  それにはユリアスも眉を下げて、参ったと言わんばかりに軽く息を吐く。 「完膚なきまでにやられましたよ。魔王は、勇者など足元にも及ばないほどには強かったんです」  勇者は負けました。それはもう、見事な負けっぷりでした。魔王は傷を一つも負うことなく、息も乱さないほどには余裕の勝利をおさめました。  勇者は必ず魔王を倒して平和を取り戻すと宣言して旅に出たために、こんな負け方をしてしまって申し訳ないと、深く絶望しておりました。  しかしなんと、そんな勇者は、結果的にすべての人々から感謝をされたのです。魔王が実は悪者ではなかったと広く知れ渡ったからでした。ここで魔王を倒していれば、制御のなくなった魔族が暴れ出し、世界は本当の混沌へと落ちていたことでしょう。  けれど勇者は喜びませんでした。  とても負けず嫌いな彼は、世界が平和になり、魔族との共生が始まってもなお、魔王への挑戦をやめませんでした。 「魔王、アンセルグラン・ビブリオ・ジル・コールハイン・シューテンハイド! 今日こそお前を跪かせに来た!」  空は曇天、世界は常に薄暗く、どこからか雷鳴も轟いている魔界域。一応人間界との境目に存在してはいるのだが、魔王城は普段は人間の目には見えないように隠されているために、ほとんど魔界にあると言っても過言ではない。  そんな魔王城には今日も変わらず、勇者が乗り込んできた。 「……今回の結界は幾重にもかけたはずだが……どうやって城を見つけ出した?」  魔王は当然、勇者が来るとは思ってもいなかった。いつもいつもどう隠しても勇者が城を見つけ出すために、今回は少し複雑な魔法を使って城を隠していたからだ。そのため魔王は普段どおりに過ごしていて、現在は魔王城の書庫でぶらぶらと調べ物をしていたところである。  魔王の呆れたような言葉に、勇者がふふんと得意げに鼻を鳴らす。 「この僕に分からないことなどない。なに、簡単だ。お前の使いそうな魔法はすべて理解しているからな。今回はまず、幻覚系の魔法が二つ、そして干渉系の魔法が一つ、最後に空間調和の魔法が一つかかっていて、計四つの魔法が重なっていた。どれも高度なものだったが、それら一つ一つを分解していけば造作もない!」 「魔術ならともかく、魔法を解除することがどれほどのことか分かっているのか貴様。その馬鹿みたいに素晴らしい頭をこんなところで使うな。もっと有効活用しろ」 「ふふふ、まあそう褒めるなよ。僕が天才なのは今に始まったことじゃないだろ?」 「馬鹿と天才は紙一重だと、貴様を見ているとつくづく思い知らされるな……」  微妙に食い違う会話に、魔王はとうとうため息をついた。  勇者は天才だ。何の天才かというと、努力の天才である。  彼は腕っぷしには恵まれなかった。しかし彼は諦めず、それならばと魔術の勉強を誰よりも頑張った。  この世界に君臨する魔王が誰も敵わないほどの強い魔法を使うと聞いて、それに対抗するべく思いついたのが、素質とコツさえ掴めればうまく使える「魔術」を極めることだったのだ。  勇者は頭が良かった。そのため覚えも早く、相性も良かったのか、複雑なものまでをなんと一気に覚えてしまった。  しかし、勇者は負けた。  やはり、最強という言葉をものにしている魔王には、努力では勝てなかった。  けれど彼は諦めなかった。何度も何度も立ち向かい、挑み、もうどれほど負けたのかも分からないが、それ以上に挑戦し続けた。  その結果が――。 「それで? 今日はどんなトンチキな魔術を見せるつもりだ?」 「トンチキ? なるほど、さては怯えているんだな? とうとうお前も僕の素晴らしさを理解したか」 「阿呆か、今のは馬鹿にしたんだ。その鳥頭では覚えてないかもしれないがな、前回貴様はこの魔王城を次元の狭間にぶっ飛ばそうと空間を切り開いて、その時空の隙間から時空虫が出てくることまでを計算しておらず対処もなく、結局処理したのはこの俺様だぞ」  時空虫が出てくると、それこそ混沌の世界に陥ることになる。しかし勇者はなんのその、うーんと考える仕草をすると、微かに口角をつり上げた。

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