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第2話

「その件で僕は時空虫の召喚の仕方を知った」 「隙間さえ作ればあいつらは勝手に出てくるだけだ」  魔王がふたたびため息をつく。実はライバル視しているのは勇者だけで、魔王はお子様の戯れ程度にしか思っていない。しかしそれに気付かない勇者は、まったく気にもしていない様子で大きな声で笑い始めた。 「はっはっは! 今回はそんな態度でも居られないかもなあ! 僕は最強のお前を負かす最強の術式を見つけてしまったんだ」 「ほー、すごいなあ」 「なんとこの術は、お前の能力を奪うことができる」  勇者はどどんと胸を張り腰に手を置いて勝ち誇ると、清々しい表情を浮かべていた。対する魔王は、当然ながらゲンナリとしている。 「……それで勝って貴様は嬉しいのか?」 「ああ、もちろん! お前の能力を手にすれば、つまり僕が最強ということになるだろう?」 「いや、まあ、なりはするが……」  問題はそこではなくて。  どうしてこの勇者はこうも「おバカ」なのかと、魔王はもう何度も思ったそんなことを噛み締めた。  勇者は天才だ。頭がいい。理解も早い。しかし底抜けの、正真正銘のおバカである。 「そんな魔術聞いたこともないが、またどうやって見つけてきたんだ」 「見つける? 頭の悪い人間が書いた魔術書なんてあてにしていない。僕が自分で編み出した」 「だからどうしてその素晴らしい才能をこんなところで……」  他人の能力を奪うなど御法度だ。他人を操ることと同じほどには、この世界では禁忌とされている。そのためその二つはどの魔術書にも載っておらず、むしろ残してはいけないとされていて、誰もが手を出そうとしない事柄である。 「魔力は生き物だ。その感覚で考えれば早い。主人を僕だと思わせることができたなら、その魔力は僕にも流れるはずなんだ」 「……貴様、魔王と同じものになれるとでも? いやそれ以前に、他人に擬態するなど自分がどれほどおかしなことを言っているのか自覚しろ」 「まあ見ていればいいさ!」  勇者が魔術書を取り出した。最初は彼いわくの「頭の悪い人間が書いた魔術書」を持っていたのだが、今では自作の物を使用している。その魔術書は魔王ですら見たことがないもので、魔王は一瞬、それに気を取られた。  ――魔法の根元が「魔力」であるなら、魔術の根元は「自然」とでも言うのかもしれない。木、土、光、闇、水、炎、すべての精霊の「力」を借りて、術者はそれに合った魔法陣を展開する。その魔法陣はあまりにも難しい。なぜなら相手は「自然」であり、精霊も人間があまり好きではないために、その魔法陣をよほど気に入らなければ助力をしてもくれないのだ。  そのため、魔法使いと同じほど、魔術師も稀少な存在である。  勇者が「天才」と言われる所以もそこにある。勇者は「力」を最大限まで引き出せる魔法陣を展開するのが得意であり、しかもそれが独自で編み出したものであるというのだから、誰もが彼に羨望の眼差しを向ける。組み合わせまでが繊細に組まれたその術は、どれも容易に真似ができるものではなかった。 「三部展開」  勇者の言葉と同時に、光が溢れた。勇者の髪がふわりと舞ったかと思えば、足元には光る魔法陣が浮かび上がる。勇者の足元に重なって二つ、そして魔王の足元に一つ。詠唱をしなくても、そのページを開けば精霊が喜んで助力してくれるほどには勇者は精霊と仲良しである。  しかし魔王は焦ることもなく、ただ「また何か始めやがった」と嫌そうな顔をしていた。 「ふははは! お前の足元にあるのは能力の吸収、そして僕の足元にあるのが、僕をお前に似せるため魔法陣と吸収したものを受け取るための魔法陣だ! どうだ、力が抜けていく感覚があるだろう!」 「あー、ハイハイ、あるある」  本当は、あるような、ないような。いや、もはや無いと言っても過言ではない。魔王の魔力はあまりにも強すぎて、少し吸われた程度ではまったく何も感じないのだ。  魔王がもう何度目かになるため息を吐き出そうと軽く息を吸い込んだ。しかしそれは吐き出されることはなく、突然周囲を見渡し始めた勇者に気を取られてのみ込まれる。  勇者の魔法陣よりもうんと大きなものが、魔王と勇者の足元に広がっていた。 「なんだこれ、」 「勇者! 出ろ!」  一瞬遅れて気付いた魔王が叫んだが、遅かった。展開された魔法陣は目も開けていられないほどの光を放つと、二人を世界から覆い隠す。  すぐに平衡感覚がなくなる。音もない。空気すら触れているのかも分からない。  いったい何が起きたのか。  勇者はわけも分からず目を閉じていたのだが、遠くから音が戻ってきた数秒後、ようやくうっすらとまぶたを開けた。  鳥の声がした。太陽の温かみも感じる。座り込んだ足にはチクチクと草が当たる感触があるために、外に居るのは間違いないだろう。

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