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夢から覚めて〈那津美視点〉

 夢に高校生の紬が出てきた。あれは確かにクリスマスイブの夜だった。菓子作りが得意だった紬は手製のケーキを用意し、夜遅くに帰ってきた俺を待っていてくれた。あの日を忘れることはない。 「お兄ちゃん、ケーキを作ったんだ」   こちらの機嫌を伺う紬の時折魅せる濡れた眼差しが、俺のささくれた胸に突き刺さった。  俺の初恋は紬だった。物心ついた頃から紬を思い描き自慰に耽っていた。恋人を抱きながら、実の弟の紬を重ね、忘れられない暗い愛を知った。俺ばかりが初恋に熱をあげていたと思っていたが、紬も同じ心もちだと知った今は、少しだけ苦い夢に映った。  目覚めたときの俺は、性懲り来なく勃起していた。身体中を駆け巡る熱流は、まるで子供の頃に戻ったみたいな懐かしさを覚えた。 「んっ」  紬が身じろぎをした。 「おはよう・・・・・・ってか、夜だけど、いま何日だ」  俺たちはミネラルウォーターをまわしのみした。指一本動かせないでいる紬に、口移しで水を与えた。かわいいな、愛しいな、と俺は先ほどまで見ていた夢を思い出す。 「紬の夢を見た、あれは高校生の頃かな、イブの夜遅くに帰ってきた俺に、お前はケーキをくれたよな・・・・・・」  紬が惚けた表情をする。 「・・・・・・そうだったね、あのときから那津美は怖かった。でも、あの夜くらいは話しかけても許されるだろうって」  紬が掠れ声で打ち明けてくれる。あの時に戻りたい、あの頃の紬を強く抱きしめたい、と願ってしまう。 「美味しかった、お前が作ったケーキだから、特別にあんなに甘かったんだな」 「・・・・・・食べてくれて嬉しかった」  寒そうに背を丸めた紬の痩せ細った肩まで優しく毛布を掛けた。 「お前が作ったからな・・・・・・」  四方に跳ねた毛先を撫でた。 「僕も、あの夜の夢を見た、どうしてだろうね、あまりに偶然すぎて」  嬉しい、と感極まった涙が紬の頬を転がり落ちる。 「そうだな、偶然にしては出来過ぎだ」  泣き笑いをした紬の頬に口づけを降らした。 「・・・・・・雪だ」  窓の向こうを見上げた紬の横顔は微笑みをもらす。紬を見ていた俺の心が雪のように解けていく。 「そういえば、お父さんたちに」  今日は何日だろう。実家に帰らないで連絡もしていない。と、紬が不安を零した。 「大丈夫だ、今年は帰らないって俺が連絡してある」  紬は明らかな安堵の表情をした。 「・・・・・・あ、ありがとう」  もう二人だけで愛し合えるのなら、家族なんていらない。紬を苦しませる余りにくだらない期待なんて背負わせなくて良いのだ。  紬は彼らを最後まで切り捨てられないだろう。ほどほどに距離を置いていこう。俺を捨てないよう、俺から逃げないよう、丁度良い家族ごっこを続けようではないか。 「那津美とずっと二人でいたいな」  紬が素直に甘えてくる。これは貴重だ。 「もう、俺たちは、はなればなれにならないから安心しな」  二人でいたい、ではない。二人でいなくてはいけないのだ。もう一生離さないから、と教えてあげたい。 「愛してるよ」  俺は紬を胸にきつく閉じ込める。 「僕も」  俺たちはずっと喧嘩をしていた。癇癪を起こした子供みたいに互いを意識し、とっくみあいもしないまま、自分で自分の気持ちに腹を立てていた。 「ずっと二人でいよう」  紬が力強く頷くと、温かい匂いが嗅ぎ取れた。  夜空をふわふわと舞う雪のような紬の軽やかに柔らかい愛情に包まれた。

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