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十四、

「あんたも随分愛されてるねぇ。 ほらっ、寅はどこだい?」 背の低い円卓に茶を置いた母の、無邪気な少女のような顔色に 腹が立って仕方がなかった。 人の気も知らないで……っ。 「あいつは都のお偉いさんとよろしくやってるさ。 俺は一人で帰ってきた」 それを言葉にしたのは初めてで ここまで来てようやく、 俺と寅松は終わったのだと、頭が自覚をした。 それなのに。 「そんな訳ないだろう?寅ったら、つい二、三日前にお前との仲を認めて欲しいなんて言って わざわざ頭下げに来たんだから」 「…え?」 俺はもしや 悪い夢でも見ているのだろうか。 嫌に冷えた汗が、こめかみを伝って降りる。 寅松は理由も聞かさず1人で出かけて 帰ってきても何も言わず 俺を怒って、酷く抱いて…。 ──あ。 違う。そうではない。 寅松の幸せの為 寅松を俺という障壁から解き放つためにと 自分よがりな正義感で聞く耳を持たなかったのは ……俺ではないのか。 何年もの間積み重ねてきた寅松への想いは 俺の器の枠を超えてもまだ事足りず 溢れかえり、周りが見えなくなるほど 寅松の心をも見えなくするほどに、満ちて。 「母さん……俺、おれ…っ、寅松が来た事…知らな…っ」 「……センも、寅も…父さんも皆同じだ。 男はなんでこう…頑固で、不器用で、我が道ばっかり行くのかねぇ」 久しく母の温もりなど忘れていたが やはり、母は母だった。 それ以上言葉を紡がずとも 俺の心の中を読んでくれる。 老いた身体で、自分よりも大きな息子を シワの増えた手でしっかりと抱きとめてくれる。 母の首元を濡らし、寅松と飽きる程遊んだこの場所で いつまでも、いつまでも泣き続けた。

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