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十三、

────あぁ、変わらないな この村は、何も変わっていない。 あの晩、一睡もできなかった俺は まだ日も昇らぬ、薄紫の雲が悠々と浮いているうちに 店主に故郷へ帰る事を申し出た。 まだ寝ぼけていたのか…はたまた俺一人が消えたところで店に影響はないと踏んだのかは定かではないが、二つ返事で了解を得て 今に至るというわけだ。 勿論、俺がどこぞの役人と婚姻関係を結ぶなど全くの嘘。 しかし、それが知られては元も子も無いので 口裏合わせだけは、ひと月分の給料と引き換えに何とか頼み込んだ。 これで、弊害は何一つなくなったのである。 村に辿り着くと、まず自分の家の畑を見に行った。 だが、居るはずの父親の姿は無く 代わりによろめきながら鍬を振り上げるのは── 「母さん…?どうして畑にいるんだ」 「おや…仙之助!随分と早かったんだねぇ」 早かった…とはどういう意味だろうか。 ふと疑問に思ったが、日に焼けて大らかに笑う母が慌てて駆け寄ってくるものだから 俺の帰りを待っていてくれたのだろうと、その時はそう気にもしなかった。 数年ぶりに開く板戸。 慣れ親しんだ匂い。 だが、家族団欒の場であった居間に 不自然に置かれた布団に思わず目を奪われる。 無理もないだろう。 何度目を擦っても、細めてみても、そこで固く目を閉じ、寝ているのは…。 「これは一体──」 「今朝早くだったよ…」 すぐ傍に聞こえた、母の信じられない一言に 堪える間も無く涙が一筋頬を伝った。 気持ちよく居眠りでもしているのではないかというほど、安らかに 父は死んでいたのだ。 「…寅が置いていった金でね、気休め程度でも薬を買おうかと思ったんだが。 ふふ、父さんったら聞かなくてねえ…ほんっと最期まで頑固な人だった」 「え……、寅松が?」 先程から、母が何を言っているのか 俺には皆目見当もつかない。 ただ、俺とよく似た面持ちで 並びの悪い歯をニッとのぞかせるのみ。

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