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第6話
その日の晩、純一は哲朗と電話していた。
『楽しそうで良いじゃないか、俺にはお前が困っているようには聞こえないぞ?』
純一は司のマイペースぶりと、湊の天然タラシぶりを話すと、そんな言葉が返ってきて口を尖らせる。
『純一?』
「だって、俺の予定では、今頃女友達ができて、一緒に登下校してるはずだったのに」
実際は女の子に声を掛けられるのは皆無で、男二人に囲まれている。
『今まで俺しか友達いなかったお前が、いきなり女友達ができるかよ。それに……』
もっともな意見で言い返せない純一に、哲朗は更に追い討ちをかける。
『俺の個人的意見だけど、同性に好かれる奴の方が、人望あるなと思うけど?』
分かっていない、と純一はため息をついた。今好かれたいのは異性であって、同性ではない。
「なぁ、何でお前は彼女がいるんだ? しかも長続きしてるじゃん」
『何でって……これはもう縁とタイミングだな。言っておくけど、俺らだって結構ケンカしながら、今の関係作ってるんだからな』
努力もせずに人間関係築けるなんて、大間違いだぞ、と余計な説教までされて、純一はさらに不機嫌になる。
「だから外見磨いたり……努力してんじゃん」
『お前のは努力じゃなくて背伸びな』
「どう違うんだよ?」
純一の声はどんどん尖っていく。しかし哲朗は分かっているのか、冷静なままで、それすらもムカついてくる。
『苦手なところを伸ばそうとしても、せいぜい平均にしかならんだろ? おかげでお前の長所が死んでるから、むしろマイナスだ』
容赦ない哲朗の言葉に、純一は泣きそうになった。なにもそこまで言わなくてもいいじゃないか。
「……うー……俺の長所って何だよぉ」
涙声で聞くと、哲朗はため息をついた。
『泣くなよ……ごめん、言い過ぎた』
「泣いてねーから長所教えろっ」
純一はこぼれてきた涙を袖で拭う。昔から、すぐに泣けてしまうのが嫌だった。これでは、全然男らしくない。
『良いか、お前はカッコイイとか、男らしさに憧れているみたいだけど、可愛い路線の方が合ってると思う』
「可愛いって……」
それでは、理想の自分にはなれない。それは自分の憧れとは対極だ。
『別に女子の理想に、お前が合わせる必要ないだろ。今のままのお前で良いと思うし、俺はそっちの方が好きだぞ』
泣き始めた純一を気遣ってか、哲朗は宥めるような声で言ってくる。
「うっ、うっ……哲朗ー」
哲朗の優しい声に、純一は隠すことなく泣き始める。
昔から泣き虫だよな、と哲朗はいつものように笑いもせず、宥めに徹してくれる。
「分かった、いつも通りの俺でいくよ。哲朗、ありがとな」
『おう。また何かあったら連絡しろよ』
純一は電話を切ると、ベッドに倒れ込むように横になった。
すると、すぐにまたスマホが鳴る。哲朗がまた掛けてきたのかと思ったが、画面を見て一瞬出るのを躊躇った。
相手は司だ。
「もしもし?」
仕方なく出ると、司はいつも通りのトーンで話してくる。
『ずっと通話中だったが、誰かと話してたのか?』
「ん? ああ、哲朗だよ。幼なじみ」
『そうか……』
司はそれきり、黙ってしまった。まだこの沈黙に耐えられない純一は、ソワソワしてしまう。
「えっと、何か用事があったか?」
『いや。仲良くなりたいなら、積極的に連絡を取れ、と本に書いてあったから』
一体何の本を読んだのか、聞くのは怖いので止めておくけど、会話が苦手なのに電話をしてくるのはどうなのか。
「だからってどうせ話す事もないし、明日も会うだろ?」
『…………』
「司?」
頼むから電話では無言にならないでくれと思いながら、純一は何とか会話をしようとする。
『純一の声が聞きたかっただけだ』
「……っ、だから! そういう歯の浮くセリフは言うなって!」
『何故?』
思った事を言っているだけだが、と司はマイペースだ。
「何故って……俺が困るからだよっ」
『困っているのか?』
「そう……いや、恥ずかしい? どうしたらいいか困る?」
反論しながら純一は、自分がどうして司の言葉に反応しているのか分からなくなってきた。
『……嫌ではないんだな?』
「だから、どうしてそうなるんだよっ」
純一は顔が熱くなった。確かに嫌ではないけれど、それを人に指摘されるのは恥ずかしい。
すると、電話口でクスリと笑う声がした。
『声が聞ければ充分だ。またな、純一』
そう言って司は早々と通話を切ってしまう。
「笑うなよ……」
熱くなった顔を手で仰いでスマホを置くと、純一は待てよ、と動きを止める。
「アイツ、今笑ったよな? あの無表情の司が?」
どんな顔して笑ったのだろう、電話じゃなくてテレビ電話にすれば良かった、なんて一人ではしゃぐ。
アイツも人間らしい所あるんじゃん、と失礼な事を思いながら、ニヤニヤしている自分に気付き、咳払いで誤魔化した。
明日からは授業が始まる。勉強に付いていけるか、もっと仲のいい子に出会えるか、不安と期待でいっぱいだけど、自分らしく精一杯やるしかない、とアドバイスをもらったので怖くはない。
(そりゃあ、彼女は早く欲しいけど)
哲朗とエリカみたいに、すぐにお互いが好きになって付き合えるのは稀だと悟った。そんな彼らでもケンカをしてるのだ、その事実に少し勇気をもらう。
「よし、明日に備えて今日は寝るか」
純一はベッドに横になると、すぐに眠りについた。
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