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第29話
それから一ヶ月、夏休みに入った頃に司は完治し、普通の生活に戻った。
しかし以前と違うのは、お試しとはいえ、純一と司が付き合い始めたという事だ。
夏休みは色んなイベントがある。何をしようか、と純一は考えるが……。
「なぁ、付き合うって、何するんだ?」
いつものように、純一は哲朗に相談する。わざわざ家に来てくれた哲朗は、キンキンに冷えた麦茶を一気飲みした。
思えば、付き合うという事自体が初めてなのだ、お前よくそれで彼女欲しいとか言ってたな、と突っ込まれる。
「さぁ……何なんだろうな?」
「おま、エリカちゃんと付き合ってるだろ? ちゃんと答えろよ」
すると哲朗は、うーん、と考える素振りを見せた。
「真面目に。付き合うって何だろうって思った。デートとかって答えようとしたけど、好きな相手ならどこでもデートだし、友達と遊びに行くのとどう違うんだ? って」
なるほど一理ある、と純一は納得する。
「友達と違うのは、手を繋いだりキスしたり……それ以上の事もするけど、それが付き合う事かって言われたら違う気がするし」
「それ以上って、お前、エリカちゃんとそういう事するのかっ?」
思わず純一がそう聞くと、哲朗に睨まれた。俺らはプラトニックな関係だから、とお茶のお代わりを要求される。
純一は大人しく麦茶を注いだ。
「お互いのパーソナルな事とか、考え方を知って、どう擦り合わせていくのかが、付き合う事だと俺は思った」
「そうか……」
純一は、付き合う事とは、デートやふれあいだけじゃないって事は分かった。となると、司の事をもっと知る必要があるのか、と途方に暮れる。一体どこから知れば良いのやら。
「ってか、絶対湊の方が優良物件なのに、何で司だったんだよ?」
「だって、生まれて初めて、俺に告白してくれた人だぞ? ちょっと意識するだろ。あと、料理がめちゃくちゃ上手い」
純一はそう言ったが、哲朗は首を傾げていた。
「ま、この後いきなりお泊まりデートなんだろ? 俺としちゃ展開が早すぎる気もするけど、頑張れよ」
「うん、ありがとう哲朗」
哲朗は麦茶をまた一気飲みすると、家を出ていった。
そう、今日の夕方から、司が家に来て課題をやるという名目の、お泊まりデートなのだ。
すると、家のインターホンが鳴る。約束の時間より随分早いが、司がもう来たのだろうか。
玄関ドアを開けると、やはり司がいた。
「……早くないか?」
「悪い、どうしても家を開けなきゃいけなかったんだ」
靴を脱ぎながら話す司の息が切れている。どうしてそんなに急いで来たのだろう?
「何で息が切れてんの? 走って来たのか?」
二人は純一の部屋に入ると、司の為に麦茶をコップに注いだ。
「涼しいな……」
司は深呼吸する。麦茶を受け取ってそれを少し飲むと、ローテーブルに置いた。
「じゃ、早速始めるぞ」
「ちょっと待って司。さっきの質問に答えてない」
純一が突っ込むと、司は小さくため息をついた。
「……面倒なヤツに絡まれた」
「え? まさか安藤?」
純一は大きく反応する。司をボコボコにした安藤は、金輪際会っても無視すると決めている。でも向こうがやる気なら、その限りではない。
「いや違う。心配ない、撒いてきた」
撒いてきたとはどういう事だろう? 純一はますます分からなくなった。
「え? どういう状況? 説明してくれよ」
純一と司はローテーブルに教材を広げる。
「…………いずれまた話す」
司は少し間を置いて話した。純一は、以前にも似たような事があったな、と思う。確か前回は、司が料理が趣味になったきっかけを聞いた時だった。
いずれ話すという事は、時が来たら教えてくれるのだろう、純一は深く聞かない事にする。
それじゃあ、と早速課題をやり始める。純一は、一学期に湊と司に教えて貰ったおかげで、学年真ん中をキープし、授業にも何とかついていけている。
しかし、集中力が切れるのが早いのは相変わらずで。
「うー、司、休憩しない?」
「まだ三十分しか経ってないぞ」
純一の目標は、夏休みの課題をできるだけ早く終わらせる事。しかし、せっかくの夏休み、勉強だけしていてもつまらない。
すると、司が隣にやってきた。
「分からないところがあるのか?」
「……ここ」
司の肩が純一の肩と触れる。以前は教科書を読め、と素っ気ない教え方だったが、純一に合わせて教えてくれるようになった。
「これは前の問題の応用だ」
司がシャーペンで前の問題をつつく。
「あ、そうか」
それなら、と純一はシャーペンを走らせる。司はそばで、問題を解くのを見守ってくれている。
(……っていうか、すごく見られてる)
司は付き合うようになってから、純一を眺めていることを隠さなくなった。当たり前と言えば当たり前なのだが、じっと見られていると居心地が悪い。
「……司」
耐え切れなくて手を止めると、いつもの無表情で見つめる司の視線とぶつかった。その顔が、不意に近付く。
「って、何しようとしてんだっ」
「何って、キス。今のは完全にその流れだっただろう」
「いやいやいやいや」
何でそうなるんだ、と純一は逃げた。
「見られてると気になるから、止めろって言いたかったの!」
「……そうか」
司は座り直す。その顔は、心なしか残念そうだ。
(距離が近いのは、どうしても意識しちゃうなぁ)
気を取り直して、純一はまた、問題を解いていく。隣にいる司は、自分の課題をスラスラと解いていた。
純一は、少し小休止すれば、集中力が多少は持続する事が分かってきた。少し気を逸らしてくれた事に関しては、司に感謝だ。
そしてしばらく無言で課題を進める二人。
(ってか、これ友達とどう違うんだろ?)
そう思ったら、純一は考えが止まらなかった。友達と違う事と言えば、イチャイチャするぐらいだけれど、今の純一にはハードルが高い。
(うーん……司はしたそうだし……)
また夜になったら考えるか、と純一は深呼吸した。
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