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第31話

純一は司と毎日のように、純一の家で課題を進め、八月に入った頃に、全て終わらせる事ができた。 純一は自分でも、夏休み中に課題が終わるのは初めての事で、我ながらやればできるんだ、と思う。 (司に教えてもらいながらっていうのも大きかったけど) 純一は隣を歩く司を見る。暮れかけた時間でも、上下黒を着た司。多分いつも通り、家にあるというセダールの服だろう。 対して純一は浴衣を着て来ていた。 今日は花火大会で、すでに多くの人が屋台に並んだり、場所取りをしている。 「やっぱ夏と言えば花火大会だよなー」 純一は花火を見るのはもちろん、屋台や人混みといった雰囲気を感じるのも好きだ。 「俺は早く静かな所に行きたい」 どうやら司は人混みが苦手なようだ。相変わらず表情は変わらないが、すでに疲れているように見える。 そんな彼の意見を尊重して、屋台で食べ物を買ったら、静かな場所で食べながら見る予定なのだが。 静かな場所とはどこかと言うと、とっておきがある。 「湊、何が好きかなぁ?」 「さあな」 純一は司を睨んだ。余程今の状況が嫌で、考える事を放棄しているようだが、これをこなさないと湊の家には行けない。 とっておきの場所というのは、湊の家だ。うちなら、よく見えるよー、と快諾してくれた湊に感謝。 「ちょっとそこ、放棄しない」 「……純一、向こうで休んでいて良いか?」 「だめ」 珍しく司がよく喋る。本当に苦手らしく、さっさと終わらせるぞ、と純一は適当な屋台で食べ物を買って行った。 屋台の通りを過ぎて会場が離れていくにつれて、人通りは少なくなっていき、湊の住むマンションに着く頃には閑静になっていた。 「……ここだな。つかさー、だいじょーぶかー?」 「……大丈夫ではない」 ロビーのインターホンを押すと、湊がロックを解除してくれる。 エレベーターに乗って最上階に向かう間も、司は壁にもたれてグロッキーな様子だ。 湊の家の前まで来て、再びインターホンを押すと、玄関ドアが開く。 しかしドアを開けてくれたのは湊ではなく、湊にそっくりな超絶美少女だった。 「こんばんは、どうぞー」 遅れて湊も玄関にやってくる。 「ありがとう(なぎさ)、ついでに紹介するよ、妹の渚。渚、友達の純一と司」 渚はニコリと笑って、よろしくお願いします、と頭を下げた。ツヤツヤのストレートの髪が、サラリと落ちる。 「お邪魔しますー」 「どうぞー」 渚がニコニコと中へ案内してくれ、その途中で「お兄ちゃん、私も一緒に良い?」とか聞いている。並んでいると本当に美男美女だなと純一は思う。 「なあ司」 「何だ?」 静かな所へ来て、少し回復したらしい司に純一はヒソヒソ声で話す。 「渚ちゃん、めっちゃ可愛いな」 「……そうなのか?」 司は超絶美少女を前にしても、特に意識もしてないようだ、本当に女の子には興味が無いらしい。 4人は湊の部屋に行くと、広い部屋には大きな窓があり、そこから花火大会の会場が遠くに一望できる。 「適当に座ってー」 湊はそう言うと、ローテーブルにあったコップに麦茶を注いだ。 純一は買ってきた食べ物をテーブルに広げると、湊は「これだけでも雰囲気は味わえるね」と笑う。 「湊悪い、少し休ませてもらう」 司が壁際に座ろうとしていた。湊は純一に「どうしたの?」と聞いてくる。 「人混みとうるさい所、苦手なんだって」 「そうだったの? 司、もう一回立てる? 俺のベッドで休んで良いから」 湊は座り込んだ司を甲斐甲斐しく介助し、ベッドまで連れて行く。 「大丈夫ですか? 司さん」 渚も心配そうに、ベッドに倒れ込んだ司を見ていた。司は目を閉じて、反応しない。 今日の段取りを話していた時点で、司は買い出しするのを嫌がっていたのだ、それを無理矢理純一が連れ出した。まさかここまで苦手だとは思わず、純一は眉を下げる。 「ごめん司、まさかそこまでとは思わなくて」 司はそばに来た純一の頭をポンポンする。 「あの、お水か何か飲みます?」 渚が司に聞く。司は目を閉じたまま、いらない、とだけ返した。 「……とりあえず食べよう。純一もせっかく浴衣着てるんだし」 湊が場を和ませようと声を掛ける。司はしばらくそっとしておけば大丈夫、と純一たちをテーブルに呼び戻した。 純一は眉を下げたまま湊を見ると、「来たくなかったら速攻帰ってるよ」と湊は小声で言う。 確かに、司は行動は素直だから湊の言う通り、嫌だったらすぐに帰っているだろう。興味が無いとか言って。 純一は湊に勧められるまま、自分が買ってきた焼きそばを食べる。司が作ったものの方が数段美味しいけど、屋台飯独特の味がして、これはこれで美味しい。 「司さん、大丈夫かなぁ?」 渚も司の事が心配なようだ、お好み焼きをつつきながら、チラリと司の様子を伺っている。 「大丈夫だよ。渚、これも食べる?」 兄からりんご飴を渡されて、受け取る渚。仲が良いな、と純一は羨ましく思う。 「渚ちゃんは何年生なの?」 「んー? 中学二年生です」 りんご飴を美味しそうに頬張りながら、ニコリと微笑む渚。クリクリとした目とか、色白の肌とか、見ていたら可愛い所だらけだ、と純一は思う。 ただ気になるのは、渚が司をチラチラ見ている事だ。 「ねぇお兄ちゃん」 渚は声をひそめて湊に聞くけれど、純一にも丸聞こえだ。 「司さんって、彼女いるのかな?」 純一はむせる。かろうじて吹き出す事はしなかったけど、湊は苦笑していた。 「どうして?」 「だって、カッコイイし。彼氏にしたいなって思ったの」 湊は「本人に聞いてみたら?」とか言っている。確かにそう言うしかないだろうな、と純一はチョコバナナを頬張った。 今、目の前にいる純一が司の恋人だとは、口が裂けても言えない。 「えー? お兄ちゃん知らないの? 男子って、そういう話しない?」 女子は恋バナばっかりしてるよ、と渚は楽しそうに話す。やっぱり女の子は、そういう話が好きなようだ。 「男子は子供だからねぇ。司からはそういう話聞かないし、興味無いんじゃないかな」 湊がさり気なくやめておけと言っているけれど、渚の興味には勝てる訳もなく、「ってことは、彼女いない可能性が高いってことね」とワクワクしていた。

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