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第32話

食べ物をあらかた食べた頃、花火の打ち上げ時間に合わせたように、司も目を覚ました。 「あ、司さん、大丈夫ですか?」 渚が素早く司の元へ行く。 司はまだ疲れた顔をしているものの、先程より顔色は良くなっていた。 「悪いな湊」 彼は湊に休ませてくれたお礼を言う。 「何か食べますか? いくつか残しておきましたー」 「……じゃあ、これを」 そう言って、フランクフルトをかじる司。渚は隣でニコニコと、その様子を見ている。 「あ、始まったみたいだよ」 湊が窓際に行って外を眺めた。まだ少し明るい夜空に、キラキラと星が落ちていく。 「わー、きれーい! これ、来年は彼氏と見たいなぁ」 渚は目を輝かせて花火を見ていたけれど、司はスルーだ。純一はその様子を見ていて、何故だかハラハラしていた。 (ん? 俺がハラハラしてたら、何だか嫉妬してるみたいじゃないか) そう思って、純一は気にしてない振りをする。 「ね、司さんもそう思いません? こんな素敵な花火、彼女と見たいなぁ、とか」 「俺? いや、興味無いな」 純一は、どうか俺たちの関係バラすなよ、と心の中で祈る。 素っ気ない司の言葉にもめげず、渚はニコニコと話を続けた。 「え、司さんって、彼女いないんですか?」 「……」 司は無言で湊を見た。しかし湊は苦笑するだけで、司ははぁ、とため息をつく。 「悪いが、興味が無い」 「ええー? カッコイイのにもったいないっ」 渚が大袈裟に驚く。 「じゃあ、私、彼女に立候補していいですか?」 無邪気に笑う渚に、純一は司が何て答えるか、緊張で心臓が口から飛び出そうだった。 司は大きくため息をつくと、落ち着いた声で答える。 「ハッキリ言った方が良いようだな。俺は女性に興味が無いんだ。悪いが他を当たってくれ」 それを聞いた渚は驚いた顔をし、それから白い頬を赤くした。唇を一文字に締めた表情は、多分怒っているのだろう。 「なによ、私、今まで振られた事ないんだからねっ。お兄ちゃん、こんなホモとつるんでるの!?」 湊は黙って妹を見ている。 「こんなホモ、こっちから願い下げよ! お兄ちゃんも、友達は選んだ方が良いよ!」 話すうちに目に涙を浮かべ始めた渚は、今までチヤホヤされ過ぎたのだろう。信じられない、と言葉が止まらない。 「渚、それ以上言うと怒るよ」 静かな湊の声がする。それでも渚には効果があったようで、泣きながら「お兄ちゃんのバカ!」と部屋を出ていってしまった。 しん、となった部屋で、最初に声を上げたのは純一だ。 「はぁぁぁ……緊張したー」 「ちょっと、何で純一が緊張するの?」 湊が噴き出す。 「だってさぁ、司が何て言うか気が気じゃなくって」 人前で構わずいちゃつこうとする司の事だから、と純一は警戒していたのだ。 「…………俺だって、TPOはわきまえてるつもりだ」 「わきまえてる? あれで?」 純一は司を睨むけれど、司は知らん顔をしている。湊は笑うと、妹がごめんね、と謝った。 「別に……ああいうタイプは、立ち直り早いだろ」 「おっしゃる通りで」 「ってか、花火! 終わっちゃう!」 純一が今日の目的を思い出し、三人で窓際に立つ。 次々と夜空に咲く花は、一瞬だけ最高の美しさを放つ。花火が綺麗なのは、最高の瞬間が短いからじゃないか、と純一は思う。 「……来年も、一緒に見れるといいな」 司が静かに呟いた。純一も湊も同意する。 すると、純一の指先に司の指が触れた。その指が絡んで手を握られる。 「ちょ、何してんだよっ」 純一は照れてその手を振りほどいてしまった。先程TPOとか言っていたのは、どこの誰だったか。 「何って……そういう雰囲気だっただろう」 「そういう雰囲気って何だっ? 湊の前では止めろよなっ」 「ハイハイ、いちゃつかないでー。痴話喧嘩はよそでやってー」 いつも通り騒ぐ純一に、湊がご馳走様、とか言っている。その状況に、純一は恥ずかしくていたたまれなくなってしまった。 「もう、結局このメンツだとこうなるのか……」 そう考えると、司はあえてやっているのではないだろうか、そう思いたくなる。 外ではまだ、花火が上がっていた。

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