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第33話

「何だかんだで、お前ら上手くいってんだな」 哲朗が純一と司を交互に見て呟いた。 課題が終わって、夏休み絶賛満喫中の純一たちは、毎日純一の家で漫画を読んだり、近くのプールに出掛けたりしている。 「は? 上手くいってるって何だよ?」 純一は照れを隠すために、ぶっきらぼうな言い方をする。やっぱり、恋愛関係の話にはなかなか慣れない。 「そのままだろ。でも、まぁ足繁(あししげ)く通えるよな。交通費もバカにならないだろ」 「そうなんだよ。たまには俺が行くって言っても、オーケーしてくれなくてさ」 この間のデートではないけれど、金銭的に不公平感があることに、純一は不満を持っている。 そうでなくても、司にはご飯やおやつで色々作ってきてもらっているし、このままではしてもらってばかりで落ち着かない。 「……もしかしてだけど、司、純一の家の方が落ち着くから来てるのか?」 純一の言葉で色々想像したらしい哲朗が、漫画を読んでいた司に聞く。 「そうだな。家ではなかなか本が読めないから」 司はどうやら、本を読むために純一の家に来ているらしい。それなら、二人の家の間にある図書館でも良さそうな気もするけど、と純一は言った。 「バカだなぁ、二人きりってのが良いんじゃないか。あ、今日俺おじゃま虫だ」 一人で突っ込んで笑う哲朗。意外にも、司がそんな事はない、と否定した。 「哲朗の話は興味深い。純一の事も聞けるし」 相変わらず真顔で言う司。純一は恥ずかしくて顔が熱くなり、哲朗は成程、と納得していた。そして哲朗は、純一の話、もっと聞きたいか? と言う。 「……純一はモテるだろう?」 「はぁ? 俺モテたことないよ?」 司は確認のようなニュアンスで質問した。身に覚えのない純一は、声を上げる。 「そうだな、モテるな。生粋の弟キャラだ」 「哲朗まで……確かに姉ちゃんはいるけどっ」 純一がそう言うと、哲朗が「こういう所だよな?」と純一を指差す。 「お姉さんは、似てるのか?」 何故か司は、純一のお姉さんに興味を持ったらしい。 「そっくりだよな? 童顔だけど、あっちは性格きっついぞ。歳が離れてるから、今は家を出てていないけど」 「……成程」 司は何故か妙に納得していた。 「ちょっと哲朗、何で姉ちゃんの事をお前が説明してんだよっ」 「お前、どうせお姉さんの事、鬼だとか悪魔だとか言うだろ。それじゃ分からん」 図星だった純一は、言葉が出なくなった。 「こういうところが気に入ってるんだろ?」 「ああ」 そして純一には分からない会話をしている二人に、何だかムカつく。じゃあ司の事も聞いてやれ、と純一は家族について聞いてみた。 「そう言うお前は兄弟いるのかよ?」 「俺はいない。一人っ子だ」 (……はい、会話終了!) 純一はそう思ったけど、哲朗が後の会話を繋いだ。 「へぇ、意外だな。落ち着いてるから、弟か妹がいるかと思った」 純一は、終わったと思った話が続けられる事に、少し悔しさを覚える。 「じゃあ家には、両親と司の三人? ペットとか飼ってたりする?」 司は目を伏せた。 「俺が物心つく前に離婚しているから、父親と二人暮しだ。ペットは飼っていない」 純一は初めて、司のパーソナルな話を聞いた事に気付く。 「え? じゃあ普段家に一人なのか?」 純一が聞く。家の人がいないなら、遊びに行っても良いような気もするけど、と思った。 「いや、父親が家で仕事をしている時もあるから。……邪魔はされたくない」 成程それなら、家に遊びに行くのはやめた方がいいか、と純一は納得する。 しかし、哲朗は違う所に引っかかったらしい、更に質問した。 「邪魔されたくない? 逆じゃないのか?」 「……」 司は黙る。都合の良い時だけ無口になる、司得意のスルー技術だ、無視ともいう。 しかし哲朗は気にした風ではなく、さらに考察を続けている。 「俺の親父はサラリーマンだから会社で仕事してるけど、家で仕事ならフリーランスで何かやってる人か? でも、リモートワークも増えてきてるしなぁ」 「何で哲朗がそこまで気にするんだよ」 純一は、そこまで考える頭が無かったというのに、哲朗の方が司の情報を聞き出せている。何だか悔しい。 「だって、お前の話と合わせると、司の家は金持ちで、ピアノを習わせていたし、着ている服はハイブランドで、本を際限なく与えてあげられる財源がある。しかも離婚してるなら、親父さんが一人でやってるんだろ? しかもフリーランスで。これでも司の家の事、気にならないのか?」 「確かにそうだけど……」 純一はチラリと司を見た。彼は会話に興味が無いのか漫画を読んでいるけれど、何だか詮索しているようで気が引ける。 「なぁ、司のお父さんって、何してる人?」 純一は直球で聞いてみる。哲朗が、バカ、考えるのが楽しいんじゃん、と突っ込んだ。 「……………………父親の話はしたくない」 いつもの表情、いつものトーンで司は話したように聞こえた。けれど結構な間があったので、迷った挙句の判断なのだろう、と純一は感じる。 「ほら哲朗、この話は止めよう?」 哲朗も同じ考えのようだった。じゃあ、と哲朗は仕切り直したように、声のトーンを上げる。 「司自身のことを掘り下げよう」 「おま、結局詮索じゃないか」 「だって、純一の事はある程度知ってるし、俺は司の事を、純一の話からしか知らないしな」 えー? と純一は眉を下げる。この好奇心旺盛な哲朗は、火がついたら止まらない。 「純一のどういうところに惹かれたんだ?」 「ちょ……っ!」 何を聞くんだ、と純一は慌てる。 「哲朗の言う通り、弟みたいなところだな。俺の作った料理を美味しそうに食べてるところとか、いつも可愛いと思って見ている」 「……っ」 いつも一文しか話さない司が、珍しく長く話す。何でこういう時だけ、と純一は恥ずかしくて言葉が出ない。 「だってよ、純一。愛されてるじゃないか」 哲朗がニヤニヤしながら純一を見てくる。こいつ、絶対からかってる、と純一は哲朗を睨んだ。 「そ、そう言えば、司は誕生日いつなんだ? 俺はもう過ぎちゃったから今更なんだけど」 こうなれば無理矢理話を変えるしかない。純一は無い頭で考えて、質問を捻り出す。 「誕生日過ぎたのか?」 「そう、こいつこう見えて四月二日なの。学年で誰よりも早く歳を取るんだよな?」 「こう見えてってどういう事だよっ」 司はそうか、と呟いた。 「俺は十二月二十四日だ」 「よりによってクリスマスイブ!」 純一は思わず声を上げる。 「あ、いや、祝うにはもってこいの日だなって……」 さすがに少しバカにしたような感じになってしまったので、慌てて純一は取り繕った。 「そうだな。今年は楽しく過ごしたい」 珍しく司が笑った。驚いた純一はじっと司を見てしまう。哲朗も同じだったようで、純一と顔を見合わせる。 「……司って実はモテるだろ?」 「あ! この間も湊の妹に告白されてたよ」 「……興味が無いから全て断っている」 「あ、なんかムカつくな」 純一が言うと、哲朗も同じく、と頷いた。 「じゃあもしもだよ? 湊が告白してきたら考えるか?」 「タイプじゃない」 相手が男子なら、と純一は思って言ったけれど、即答だった。 「え、なに司って元からそっちの人?」 「ああ」 純一は時々思うけれど、司の肝の座りようはすごいなと思う。自分ならカミングアウトすらできないだろう。 「そう思ってるってことは、きっかけになるような事があったんだよな?」 そしてまた、哲朗の好奇心が動き出した。でも、司は嫌がってる様子はない。 「そうだな……気になるのは全て男の人だったから、そう思っているだけなのかもしれない」 「……なるほどねー」 哲朗はもっと根掘り葉掘り聞くと思いきや、意外にあっさりと話を終わらせた。 「あれ? 意外とあっさり終わらせたな」 純一が聞くと、哲朗は苦笑する。 「いや……あとはお前が聞け」 何でお前が知らない事を、俺が興味本位で聞かなきゃいけないんだ、と哲朗は立ち上がった。 「じゃまた来るわ。司、楽しかった、ありがとな」 「こちらこそ」 哲朗が帰ると、沈黙が降りる。 「えっと……司、俺何か話した方が良いか?」 沈黙にいたたまれなくなった純一がそう聞くと、司はいや、と読んでいた漫画を閉じた。 「純一とは、一緒にいられるだけでいい。哲朗が話が上手いだけだ、気にするな」 今しがた、哲朗に言われた事を気にしたと思われたのか、司はそう言って隣に座る。 「……抱きしめて良いか?」 「この流れで何でそうなるんだよ」 純一は突っ込むけれど、司は気にしていないようだ、無言で返事を待っている。 「悪いが今日はそろそろ帰らないと。だから……」 「ちょっと待て、だからの意味が分からん」 「早く」 いつもは有無を言わさずキスやハグをしてくるクセに、今日に限って純一が動くまで待っている。司の視線が痛くて、純一は立ち上がった。 「はい……早く来いよ」 純一は視線を泳がせながら、両腕を広げた。 司は純一を抱きしめると、離れ際に頬にキスをする。 「……っ」 「また明日。じゃあな」 司が部屋から去っていくと、純一は熱くなった頬を抑えた。 「ったく、油断も隙もないな、あいつは」 純一が恋人として司に触れられるのは、いつになることやら。

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