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第34話
夏休みも終盤を迎えた頃、純一は一人で近くの本屋に来ていた。
滅多に出ない漫画の新刊が、発売になったからだ。
(あ、あったあった)
純一は目的の漫画を手に取ると、レジに向かう。会計を済ませたらすぐに店を出た。
「ねぇ君、ちょっといい?」
店を出てすぐ、大人の男性に声を掛けられる。
見ると、金髪の長い髪を後ろで一つにくくり、清潔感のある髭を蓄えた人だった。シルエットが綺麗なグレーのスーツをノーネクタイで着ており、一時期流行ったちょいワルオヤジのような出で立ちだ。
そんな人が、俺に何の用だろう、と不思議に思っていると、いきなり顎をくい、と上げられた。
「うん……君可愛いね。どう? ちょっとモデルやってみない?」
「ええ?」
純一はびっくりして変な声を上げる。モデルって、背の高い人がやるんじゃなかったっけ? と混乱し始めた頭で考えた。
「ちょっと待って、今ものすごく良いインスピレーションが……ああ、君は名前なんて言うの?」
「川崎です……」
「違う下の名前」
「純一です……」
純一が名乗ると、その人は天を仰いだ。
「素晴らしい! 君といるとアイディアが溢れ出てくるよ! ちょっとだけ付き合ってくれ」
「え、ちょっと!?」
変な男に絡まれたな、と純一は思った。彼は純一の意志を無視して、近くに停めてあった車に乗せられそうになる。
さすがに怖くなった純一は、男に引っ張られる腕を振りほどいた。
「何なんですか? 嫌ですよっ」
正体も分からない人に、ついて行く訳にはいきません、と純一はハッキリ言うと、男は大袈裟に額を押さえて天を仰いだ。
「僕としたことがうっかりしてた。こうやって、街を歩いてモデルのスカウトをしている、しがないスタイリストだよ」
いちいち動きが大袈裟で胡散臭いな、と純一は思う。
「あー……あいにく名刺を切らしていて……でも、こんな逸材逃したくないし……ん?」
名前も知らない男は、純一の手に紙袋を持っている事に気付く。それ、本だよねと聞かれて純一は頷いた。
「漫画ですけど」
「漫画好き? 僕と趣味合うかも! なんて言う本?」
純一は今しがた買った本の、題名を言った。
「え!? それ発売したんだ!? ちょっと、仕事抜きで君とその漫画について語りたい! 大好きなんだ、その漫画」
あ、その前に発売したなら買わなきゃ、と男は純一に待つように言って、本屋に走っていく。
「……」
純一は逃げようかな、と思った。けれど、この漫画が好きだと言う人に初めて出会ったので、話してみたい気もする。
そうこうしているうちに、男が戻ってきた。手にはしっかり漫画を持っている。
「あ、良かった、待っててくれたんだ。いやー、君に会わなかったら最新刊、手に入れられなかったよー」
純一はこの、出で立ちはちょいワルオヤジなのに、子供っぽい言動の男に、少し好感を抱いた。
「ね、本当にアイディアが止まらないんだ、いてくれるだけでいいから、職場に来てくれない?」
職場に行けば、身分を証明するものがあるし、と怪しさ満点の男。
「んー、じゃあ、僕の名前は累 。スマホの番号、教えるから信用してくれない?」
純一は迷った。怪しさ満点には変わりないけど、スマホの番号と職場が分かれば何かあっても訴えられる、そう思ったので車に乗ることにした。
「やった! ありがとう!」
子供のように喜ぶ姿は、見た目とのギャップで何だか可愛らしく見える。
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