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第35話

車に揺られて着いたのは、とても大きな家だった。 よくテレビで見る芸能人の家みたいな、デザインも凝っている家だ。 「さ、入ってー」 「お邪魔しまーす……」 純一は、これって職場というより自宅だよな、と恐る恐る入る。 玄関ホールは吹き抜けになっていて、思わず天井を見上げた。 「って、何やってるんですか!?」 累は玄関に着くなり、純一の身体をペタペタと触り始めた。 「身長167センチ、頭囲は……」 もしかして今ので採寸したのだろうか? 累はどこからか画用紙とペンを持ってきて、勢いよく描き出す。 「んー、良いねぇ! ペンが止まらないよ」 楽しそうに純一を眺めながら、累は画用紙を次から次へと描いては投げていく。 「あの、何を……」 何をしているのか、と問いかけて、床に落ちた画用紙を見ると、どうやらデザイン画らしい、次々と違うデザインが生まれていく。 「ああ、動かないで……いやしかし、純一くんは可愛いねぇ。私のタイプだ、恋人はいるの?」 「え、その……」 累の勢いに圧倒されていると、玄関のドアが開いた。 「司!?」 中へ入ってきたのは司だった。司も、純一がいることに驚いたらしい、累を睨む。 「おい、何をやっている?」 「ああ司、おかえり。何、司のお友達だったの? こんな可愛い子とお友達なら、早く紹介してよ~」 司は純一を庇うように立つと、累は描く手を止めた。 「僕が偶然会ってナンパしてきたんだ。この子を見た時からアイディアが溢れてしょうがなくって」 「あの、司、この人と知り合い?」 純一は完全に置いてきぼりにされて、戸惑いながら司に聞く。 「あんた、何も説明せずに連れてきたのか?」 「だーって、説明してたらアイディアが飛んじゃうと思ったんだもん!」 冷ややかな司の口調とは対照的に、累は子供のように口を尖らせた。見た目とのギャップに、やっぱり少し可愛く見えてしまう。 あ、と累は思い出したように、その辺の紙の山から何かを探し出す。よく見ると、画用紙がそこかしこに散乱していた。 「純一、これは俺の父親だ」 司が指を差す。名刺を見つけたらしい累は、はい、と純一に渡した。 「よろしくね」 純一は渡された名刺を見た。 「セダール、代表取締役社長兼デザイナー、早稲田累……って、ええ!?」 セダールって、結構な値段する、司がいつも着ている服のブランドだよな、と司と累を交互に見る。 (この親子、全然似てない!) 無口無表情の司と、明るく子供っぽい累。強引な所は似ているのか、と思うけど、累の奔放さを見たら司は可愛いものだと思ってしまう。 「純一、帰ろう。送っていく」 司が純一の腕を掴んで行こうとする。しかし累が反対の腕を掴んだ。 「ちょっと待ってよ、もう少し描かせて? 僕が家まで送ってあげるから」 「却下だ、手を離せ」 司が累の手を離す。累はその手を見つめると、ぱあっと笑顔になった。 「え? 今のどういう事? 嫉妬? 独占欲?」 (ああ、これは家に居たくないわな……) 子供をからかう親ほど、ウザいと思うものは無い。純一は司に同情した。 「また今ので新しいアイディア浮かんだ! 純一、セダールのモデルになるかい?」 再びデザインを描き始めた累は、とても楽しそうにしている。 「ダメだ。純一には勧誘もするな」 「何で司が言うのー?」 「もういい、行くぞ」 今度こそ、司は純一の腕を引いて外へ出た。強引に話を終わらせた感があるから、累が納得しているのかが引っかかる。 「何だか……すごいお父さんだね」 歩きながら純一は司を見ると、彼はため息をついた。 「悪い。ああなるから紹介はしたくなかった」 「それは……うん、わかる気がする」 毎日があれなら、とてもじゃないけど相手をしていられない。 「もしかして司が感情を表に出さないのは、お父さんの影響だったりする?」 「いや、これは元々だ」 元々なのか、と純一は笑う。そこには深刻な影響は無かったらしい。 「お父さんはモデルを探してるのか? 俺より湊とかうってつけだと思うけど」 「……」 (あ……出たよスルー) 司お得意の無言スルーだ。でも、純一は一歩踏み込んでみる。 「司、教えて?」 少し上目遣いを意識したら、司は小さく息を吐いた。少しわざとらしかったかな、と心配したけれど、司は話してくれる。 「多分湊はタイプじゃない」 「え、どうして? いかにもモデルっぽいじゃん」 どうして純一が良いのだろう? と不思議に思っていると、司は分からないか? と言った。 「……俺と好みが似ているから」 そう言われて、純一は言葉の意味を理解した後、顔が熱くなる。 (こういう事を平気でストレートに言うから) 純一は、気になってしょうがないんだ、と思う。 はた、と足を止めた。 「……っ」 (ちょっと待て、俺今何考えた?) やばい、耳まで熱い、と純一は顔を両手で隠す。 「純一?」 司が振り返る。今は見ないで欲しい、と指の間から司を見ると、彼はじっとこちらを見ていた。 「待って、今見ないで」 すると司は純一に近付いて、おでこにキスをした。 「お前は可愛いな」 「……っ、だから、今はそっとしてくれって言ってるだろ!」 うー、と純一が唸っていると、それは無理だな、と司は抱き締めてくる。 「落ち着くまでこうしているか?」 「落ち着かないよ、こんなの。離せよ、歩くから」 純一は振り絞った声で呟くと、司はそうか、と離してくれる。 歩き出した司の後ろを、純一は無言でついて行く。 今、思った事を伝えるべきだろうか、純一は迷った。純一の中で、司の存在が大きくなってきているのは確かだ。けれど、やはり恥ずかしくて上手く伝えられるか自信が無い。 いや、でも……。 ちゃんと向き合うって決めたのだ。 純一は深呼吸してから、司を呼び止める。 「司、俺……お前の事、気になってるみたいだ」 何を今更、とか言われるだろうか。純一の心臓は早くなって、爆発するんじゃないかと思う。 「気になってるってのは、その、前と変わらずって事じゃなくて……。ストレートなお前の言動、す、好きだなって思った」 これできちんと伝わるだろうか? 以前より司の事が気になってるって、分かってもらえるだろうか? 「…………ありがとう」 「……っ」 純一は息を飲んだ。司が微笑んだからだ。 静かな微笑みだったけど、熱く純一を見る視線は司の心の中を表しているようだった。 「お、お前、いつもそれくらい笑っていれば良いのに」 顔がまた熱い。純一は照れ隠しにそんな事を言う。 「これが全開だから、いつもは無理だな」 「それで全開!?」 純一は笑った。それで一気に緊張が解け、再び歩き出す。 「じゃあ、お試しは解除で、ちゃんと付き合うって事で良いのか?」 「う、うん。そうなるのかな?」 「分かった」 二人は無言で、駅まで歩いた。

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