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第36話
次の日、いつものように純一は、司が来るのを待っていた。
昨日の今日で、ちょっと緊張する気もするけど、会えるのが楽しみだったりする。
すると、純一のスマホが鳴る。司からの着信だ、何かあったのだろうか?
「もしもし?」
『純一?』
聞こえた司の声は暗かった。どうしたのだろう、と心配になる。
「声が暗いけど、どうした?」
『すまない……撒くのに失敗して、純一を連れてこいとうるさいんだ』
司の言葉に主語は無かったけど、誰のことを言っているのか想像はついた。累のことだろう。
純一はすぐに家を出るよ、と出掛ける準備をして駅に向かう。
そう言えば、この間撒いてきたと言っていたな、と純一は思い出す。あれは累の事だったのか。
司の家の近くの駅に着くと、司と累が迎えに来ていた。司の顔が既に疲れている。
「やぁ純一くん、今日も暑いね」
そう言いながら、累は爽やかな笑顔を見せる。
「司が毎日こっそりどこへ出掛けているのかと思ったら、純一くんの所だったんだね」
累が助手席のドアを開ける。しかし、司に強引に後部座席に乗せられてしまった。
「こんなに仲良くしてる子がいるなんて、司は一言も話さないから知らなかったよ」
累は運転席に乗ると、車を走らせる。
「そうそう、昨日は聞きそびれたけど、純一くん恋人はいるの?」
そう言えば、そんな事を聞かれたな、と純一は答えようとする。しかし、その前に司が答えた。
「純一は恋人にベタ惚れだから、あんたの入る隙は無い」
「ちょ……っ」
それを聞いた累は、えー、と眉を下げる。
「純一くんがベタ惚れなの? それは妬けちゃうなぁ、どんな子なんだろ? 司知ってる?」
純一は心の中で、あなたの息子さんです、と思うけれど、流石に言葉にはできない。
「さぁ、俺は会った事がない」
しれっと嘘をつく司に、純一は噴き出しそうになった。
「ね、その子に飽きたら僕と付き合ってよ」
「あはは、考えときます……」
そんな事を話しているうちに、司の家に着いた。
「俺の部屋に行く、邪魔するなよ」
そう言って、司が純一を連れていこうとすると、累はえー? と純一の腕を掴む。
「一緒にお話ししようよ~」
「却下だ。望み通り、家に連れてきただろう」
司はこっちだ、と歩き出す。腕を引かれ純一も歩き出すと、累もついてくる。
それを見た司がため息をついた。いかにもうんざりした顔だ。
「ついてくるな」
しかし、司が睨んでも、累はヘラヘラと笑っている。
「もしかして司、純一くんの事好きなの?」
「は?」
思わず純一が声を上げてしまった。累は考える素振りをみせながら、続ける。
「んー、何か違う? ……あ! 純一くんの恋人って司? あれ? それって両想いって事?」
純一は慌てて司を見る。司は「どうしてそう思う」と冷静だ。
「だぁって、そんな感じしたんだもん。え? 違った?」
「あの、これはですね……」
純一が取り繕おうと話し出すと、累は「累さんって呼んで」と口を尖らせる。
「なーんだ、それなら全然ウェルカムだよ~! だって、純一くんがうちの子になってくれるんでしょ?」
「……へ?」
この親子は、突拍子も無いことを言うのはそっくりだ。純一は口を開けたまま、ポカンと累の言葉を聞く。
「純一くんが僕のそばにいてくれるなら万々歳だし、司もハッピーだし、みんなハッピーだよねっ」
「いや、俺もそこまでは……ふぐっ」
純一は司に口を塞がれた。
「そうだ。今から純一と大事な話をするから、邪魔するなよ」
司はそう言うと、足早に自室へと純一を引っ張っていく。累は、「純一くん、末永くよろしくね~」と手を振っていた。
司の部屋は意外にも、本はあまり置いていなかった。もっと本の山を想像していた純一は、あの本は一体どこにあるのだろう、と見回す。
「すまない純一」
司は謝る。多分、純一たちの関係性がバレた事を言っているのだろう。
「ううん、親父さん、俺の事気に入ったみたいだったけど、それ以上に司の事も大切なんだな。付き合ってるって知ったらあっさり引いたし」
「……だと良いが」
司はベッドに座った。こっちに来いと言われ、素直に隣に座る。
「……話をしても良いか?」
ん? と純一は司を見る。部屋に入る前に、大事な話をすると言っていたけど、それの事だろうか?
純一が頷くと、司はぽつりぽつりと話し出す。
「…………まず、父親の事。迷惑掛けた。本当に会うのは避けたかったんだ」
「うん、それは大丈夫だよ」
司は、本当に嫌なことは話さなかった。不可抗力だって事も分かってるから、責めるつもりはない。
「でも、累さんの事湊が知ったら、びっくりすると思うけど」
湊はブランドの事を知っていたし、興味あるかも、と言ったら、司は止めておけ、と止められた。
「累は……父親は、興味が無い人には全く喋らないから」
「そうなのか?」
司は頷く。累は芸術家にありがちな、気難しい性格のようだ。
「父親は、良くも悪くもモテるから……」
あの容姿であの人懐こさ、そして財と名声もあるから、近付いてくる人は多そう、と純一が言うと、司は頷く。
「それでいて恋愛には男女構わず奔放な人で、当時の恋人が家と俺の世話をするようになってた」
好きな物で周りを固めたい累は、人間関係でもそうだった。でも人を見る目は壊滅的で、累の恋人というポジションが欲しい人だったり、金目当てだったりで、まともに司の世話をしてくれた人はいなかったという。
元々感情を出さない司は累の恋人から嫌われていたし、赤ん坊から記憶が残っている幼少の頃まで、生きているのが不思議なくらいだったと聞いたと言う。
「みかねたスタッフが交代で世話してたらしいが……当時の恋人と激しくぶつかったりしてたらしい。そもそも、母親との離婚も累の奔放さだったし」
司の家事スキルは、その頃スタッフに教えられたものだそうだ。
そしてある程度、司が自分の事を自分で出来るようになった時、少し家事をする恋人がいた。
しかし料理が上手くなく、それなら自分で作った方がマシだと、オムライスを作った。それを見た累が食べて、とても喜んだという。
「それが子供ながらに、とても嬉しかったんだ」
「そりゃそうだよな、親だし」
累があんなに喜んでくれるなら、と司は料理を作る頻度を上げた。しかしそれが予想通り、恋人の恨みを買う事になってしまう。
嫌味な奴ね、あんたがいるから累は私に向いてくれないのよ、と暗い目をしながら近付いてきた女は、司を押し倒すと首を絞めた。
「……っ」
純一は司の重い過去に、心臓が握りつぶされたような感覚を覚える。
幸い、累にその現場を見られ、すぐに解放された。累は今までにないくらい怒り、すぐに恋人と絶縁宣言し、家から追い出す。
司はそれを泣きもせず、事の流れを見ていた。累が自分の元へ戻ってきた時、司は疑問に思っていたことを父親にぶつける。
『俺は、いない方が良かったか?』
その時の、累の顔が忘れられないと、司は言う。
「傷付けてしまった、と思った」
司はいつも通りのトーンで話しているけど、とても後悔したんだろうな、と目頭が熱くなった。
その言葉を聞いた累は、号泣したそうだ。声を上げて泣き、司をギュッと抱きしめて放さなかったらしい。
それから累は、身の回りの世話などは恋人ではなく、秘書やハウスキーパーを雇うようになった。
そして、今まで放任していた司に、本を買い与え、習い事をさせた。まるで今までの罪を償うかのように。
「……俺の料理と累は深く関係しているから、なかなか説明しづらい。聞いてくれてありがとう」
司は純一の頭を撫でた。純一が泣きそうな顔をしていたからかもしれない。
司が父親を名前で呼ぶのも、彼なりに複雑な気持ちを抱えての事なのだろう、そう思うと司を抱きしめてあげたくなった。
「司……でも何でこの話をしたんだ?」
「前に、料理が趣味になったきっかけを聞いただろう。話が長くなるから言わなかった」
純一はなるほど、と納得した。確かにあの時、司は誤魔化した感じはしたけど、その時はそんなに興味が無かったのでスルーしていた。
「そうか……」
純一は自ら、司の身体に身を寄せた。恥ずかしいから、肩に頭を乗せるくらいが限界だ。
「純一」
司が純一の頭を撫でる。
「キスしてもいいか?」
純一はドキリとする。少し迷った挙句、小さく頷いた。
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