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第37話
静かに、司は純一の唇に吸い付いた。
純一はどうしたらいいか分からず、目を閉じてじっとされるままにしている。
それには司も何も言わず、ゆっくり、小さく音を立てながら何度も吸い付いてくる。司の長い指が純一の耳の辺りの髪を梳き、首筋を撫でていった。
(ん、気持ちいい……)
優しい触れ方に、純一はふわふわと脳が痺れていくのを感じる。
純一も、見よう見まねで司の唇を少し吸ってみた。司は一瞬動きを止めたけど、また同じようにキスを再開する。
(キスで感じるとか……本当なんだな)
純一は徐々に興奮して、呼吸が少しずつ荒くなっていくのを感じた。息継ぎの間に、鼻に抜けた声が思わず上がると、司は両頬を手で優しく包み、耳の辺りをそっと撫でる。
ビクッと純一の身体が震えた。くすぐったいのとは少し違う、背中がゾクゾクする感覚は、覚えのあるものだ。
「純一」
司は唇を離すと、間近に純一を見つめる。
「…………触ってもいいか?」
「……え?」
キスでふわふわしていた純一の頭は、言葉がすぐに理解できなかった。
遅れて言葉の意味を理解した純一は、一気に顔が熱くなる。
「つ、司は……俺と、その……そういう事、したいのか?」
やばい、目が見れない、と純一は視線を落とす。
「……無理強いはしたくないし、純一がしたいと思うまで、俺は待つ気ではいる」
「……っ」
こう、いざと言う時は強引にしない所とかはずるいと思う。必要な話ではあるけれど、純一には免疫が無さすぎて、どうしたらいいか分からない。
「多分、嫌ではない、と思う……けど、俺どうしたらいいか分からないよ?」
「構わない。もし嫌になったらいつでも言ってくれ」
約束だ、と念を押され、純一は大切にされてるんだな、と頷いた。
司の顔が再び近づく。キスをしながら、頭から頬、首筋を撫でられた。その手が肩をそっと押すので、純一はベッドに押し倒される。自然な流れに、純一はふと疑問が湧き上がった。
「もしかして司、こういう事初めてじゃない?」
上にいる司を見ると、彼は「何故そう思う?」と聞いてきた。どこかで聞いたフレーズだなと思った純一は、累が自分たちの関係に気付いた時に言っていたと気付く。
ハッキリ肯定したくない時に言うんだなずるいヤツめ、と純一は司を睨んだ。
「俺が聞いてるのは、イエスかノーかなんだけど」
「想像に任せる」
「ちょ、それずるいっ、……んっ!」
文句を言おうとした純一は、首筋にキスをされてくすぐったさに身体を竦めた。
「……安心しろ、全て本で得た知識だ」
純一は、一体どんな本まで読んでいるんだ、と突っ込みたかったけど、司の顔がまた近付いてきたので目を閉じた。
しかし、想像していたキスとは違った。司は純一の唇を舌でチロリと舐めたのだ。
不意の事だったので身体をびくつかせると、司はまた吸うだけのキスに戻す。何だか、純一の反応を見ながらしているようで、司の余裕が垣間見えてなんだかムカついた。
「…………ふ……っ」
司はずっと、頭や頬、顔の周辺を撫でながら、キス以上の事はせず、純一の力が抜けるまで待っている。
(また、ふわふわしてきた……)
純一がそう思ったタイミングで、司はまた唇を舐めてくる。思わず口を開けると、舌が入ってくる。
「んんっ」
ビックリして顔を避けると、司は「嫌だったか」と呟いた。
「ん……何だかそれは苦手かも……」
正直な感想を純一は言う。
「……分かった」
司は額にキスをすると、今度は耳にキスをしてきた。
「……っ」
「こっちは大丈夫か?」
司は純一の耳に吐息と声を吹き込んでくる。純一はゾクゾクとして、思わず司のシャツを掴んでしまう。
「う……っ」
司の手が、純一のシャツの中に入ってきた。純一は次第に上がっていく息を、殺すのに精一杯だ。
司がフッと笑う。
「可愛いな……」
「……っ」
文句を言おうとした純一の口がキスで塞がれる。同時にシャツの中の手がお腹から胸へと、撫でながら上がってきた。
その時、ドアが勢いよく叩かれる。ビックリして二人とも固まった。
「司ぁ、助けて~!」
思わず顔を見合わせた純一。司はがっくり肩を落としたあと、すごい顔でドアを睨んで起き上がった。そして大股でドアに向かい、少しだけドアを開ける。
「累、邪魔をするなと言ったはずだ」
「だって、お茶くらい淹れないと、と思って……」
純一からは見えないが、指先を合わせてしょげている累の姿が、声だけで想像できる。
司はため息をついた。
「俺がやるからいい」
「でも……」
「良いから仕事に戻れ」
累の言動は、本当に子供っぽいな、と起き上がりながら純一は思う。親子を逆にしても、違和感が無い程だ。
司は純一を振り返ると、一言断って部屋を出ていく。
静かになった部屋で、純一は大きく息を吐いた。
息を吐ききって、今度は大きく空気を吸い込む。身体の火照りは、それで少し引いた。けれど、純一は頭を抱える。
(何あれ、何で経験無いくせにあんな上手いの!? まだキスしかしてないのに!)
この調子だと、純一は最後まで流されてしまったかもしれない。
「……」
今日はこのまましないで、流れるのだろうか? 純一は良いのか悪いのか、と悶える。
『他人に触られるのって結構気持ち良いしな』
不意にまた哲朗の言葉を思い出し、司に触れられたらどんな感じなんだろう、と想像しかける。
「いやいやいや!」
純一は頭を振って考えるのを止めた。
「そういう雰囲気だったから、そう考えちゃうだけだ、うん」
盛大な独り言を言って、ヤラシイことを考えた事を誤魔化した。
「純一、入るぞ」
「あ、ど、どうぞ」
司がお盆にお茶を持って入ってくる。机の上にそれを置くと、飲むか? と差し出された。
「あ、うん、ありがとう」
純一はお茶を受け取って飲む。何のお茶かは分からないけど、香ばしい良い香りがした。
司はコップのお茶を一気に飲み干して、大きく息を吐く。怒った所を見たことがない純一だったが、今司は目に見えてイライラしている。
「つ、司……怒ってる?」
普段感情が出ない分、あからさまな態度は少し怖かった。
「……悪い、久しぶりにこんなにイライラした」
司は深呼吸一つすると、声のトーンも普段に近付く。
「司でも怒ることあるんだ。前回は何で怒ったの?」
純一は珍しいものが見れて、少し嬉しく思った。彼はどんな事で怒るのだろう、と思って聞いてみる。
「…………累絡みだな。基本俺は他人にイラつくことはあまりないから」
それを聞いて、純一は累さんの事、好きなんだねと言う。司は目を伏せた。
「仕事に関しては尊敬してる。俺には到底できないからな。ただ、それ以外がダメすぎる」
「そっか」
純一は笑った。なんだかんだ言って、司も累の事は気にかけているらしい。
純一が笑顔を見せたおかげか、司は落ち着いたようだった。でも、今日はもう一度、チャレンジしようとは思えない。
「司、何か話そー」
「……そうだな」
またチャンスはあるさ、と純一は思って、司と色々な話をした。
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