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第38話
次の日。夏休みも明日で最終日、純一はまたいつものように自宅で司と過ごしていた。
「湊、明日ハワイから帰ってくるって」
湊から送信されてきたSNSと画像を、司に見せる。
「時差とか大丈夫なのか? そんなギリギリに帰ってきて」
「さぁ?」
純一が心配していると、やっぱり司は興味が無いのか、漫画を読んだまま、視線すら動かさなかった。
「つかさー、俺ひまー」
純一はベッドに寝転がる。なんせ司が家に来てから、彼はずっと漫画を読んでいるのだ。
「……構って欲しいのか?」
「だって俺、する事ないし」
純一は口を尖らせた。しかしすぐに、あ、と思い出したように起き上がる。
「司のタイプの人って、どんな人? 俺以外で」
以前興味本位で女の子のタイプを聞いたけれど、興味が無いで終わってしまったので、男性ならどうだ、と思った。
「……難しいな。外見だけじゃないから」
「えー? じゃあそこは、外見だけに絞って答えてよ」
「……」
司は黙って本を閉じた。会話に興味を持たせることに成功したらしい。
「じゃあまずは……哲朗は?」
「友達、だな」
至極真っ当な答えだな、と純一は思う。
「うーん、次は……元俳優の月成 光洋 」
「かっこいいとは思うが、タイプではない」
なるほど、と純一は相槌をうつ。月成はワイルド系なので、言ってみただけだ。
じゃあ、と純一は司の好きそうな芸能人を上げていく。けれど、彼に引っかかる人はいないらしく、お手上げ状態だ。
「降参。司のタイプ当てるの難しいっ」
「……そもそも芸能人にそれ程興味が無いからな。でも……」
「でも?」
純一は身を乗り出す。
「作家の春名 悠 とか、元True Lightsの真洋 とプロデューサーのAkiコンビは好きだな」
「ちょっと待て、Akiは女の子だろ?」
純一はどうしてそこにリストアップされるんだ、と突っ込む。
「……知らなかったのか? あの子は男だ」
純一の記憶では、ヒラヒラのスカートをはいてピアノを弾いていたのだが、あれは女装だったのか。可愛いと思っていたのに、と純一は愕然とする。
「作家の春名悠は、俺知らないなぁ」
純一がそう言うと、司がスマホで画像を検索してくれる。
「この人が書く話は、グロくてエロい。好きな作家だ」
純一は司の隣に座ってスマホを覗き込む。表示された画像は爽やかに微笑む春名だったが、かなりの童顔で儚げなイメージだ。
「この人がエログロ書くのかよ……全然イメージ湧かない」
そう言いながら、純一は三人の共通点を見つけた。三人共、童顔で可愛い顔なのだ。
(う、自惚れでなければ俺もその部類に入るのか……)
スマホの画面を見つめていると、不意に頬にキスをされた。
「あくまで外見の話だ」
「分かってるよ?」
純一は司の目を見て察した。彼は、昨日のリベンジをしたいのだ。
司の手が純一の頬を撫でる。純一が目を閉じると、彼は唇に吸い付いてきた。
(どうしよう、今日はどこまでやるのかな……)
そんな事を思いながら、純一は意識がとろんと溶けていくのを感じる。キスに慣れたからか、身体が反応するのが早い。
キスをしながら、司の手がシャツの上を這う。濡れた音と、衣擦れの音と、二人の吐息の音で、静かな世界だった。
しかし、階下で玄関ドアの音がして、そのまま真っ直ぐ階段を勢いよく上ってくる足音がする。さすがにまずいと思い、二人は離れて何事も無かったように振る舞った。
「じゅんいちー!!!」
バーン! とノックも無しに、純一の部屋のドアが開けられる。純一の予想通り、そこには純一の姉、凉子 がいた。
「あんた、私のメールに返信しなさいよね!」
「したじゃん! 友達が来るから荷物持ちはできないって!」
「うるさいわね! あんたに友達いるの!? どこよ!?」
そう言われたので純一は司を指さした。すると凉子はたちまち大人しくなり、「本当ならそう言いなさいよね」と理不尽な事を言われる。
「初めましてー、純一がいつもお世話になってます。姉の凉子です」
しおらしく挨拶したかと思えば、凉子は司をまじまじと見始めた。司は座ったまま、凉子を眺めている。
「え、ちょっと……あんたにしては随分服のセンスが良い友達じゃない」
やはり凉子は、司の服に視線がいったようだ。多少物言いに引っかかることは無くはないが、姉の目は本物らしい。
「……初めまして」
司は名乗りはせず、挨拶だけした。凉子の言動に圧倒されているのかな、と純一は思う。
「でも、高校生が着るような服じゃないと思うんだけどなー」
凉子がそう呟いて、純一は違う、と合点がいった。
(司は累さんの事を知られたくないのか)
凉子はアパレル関係の仕事をしている。この服のブランドと、司の苗字で、累のことを連想してしまうかもしれない。
「ねーちゃんそれより彼氏はどうしたんだよ? 荷物持ちならその人に……」
「ああ?」
凉子は純一の言葉を遮るようにして睨んだ。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
「彼氏がいたらなぁ! あんたに頼まないんだよっ!」
「いって!」
純一は凉子に頭を叩かれる。しかしその時に、凉子の目に涙が浮かんでいたので、怒る気になれなかった。
「ま、まあまあ、またすぐにいい人見つかるって……」
「言われなくても見つけるわよ。……そこのセダールの彼はフリーなの?」
「司はダメ」
やはり司の服を言い当てた凉子。何であんたが応えるのよ、と騒ぐ。
純一の視界の端で、司がため息をついた。
「凉子さん」
司が話すと、凉子はピタリと大人しくなる。
「俺は付き合えないですけど、父なら紹介します。早稲田累って言うんですけど」
「早稲田累? わせだるい……せだる……セダール!」
凉子は一気に司に詰め寄った。
「累先生の息子さん!? 是非紹介してっ」
「え、ねーちゃん、いくらなんでも付き合うのは無理……」
「何言ってんの、ビジネスとしてよ!」
「ただ、条件があります」
「ええ、何でも聞くわ」
「純一に、横柄な態度を取るのは止めてください。父は純一を気に入っているので」
「分かった」
嘘だ、と純一は驚く。あのうるさい姉を、黙らせる事ができるなんて。
凉子は、セダールの事務所の連絡先をゲットすると、足取り軽く、部屋を出ていった。
「司……なんかごめん」
「いや、気にするな」
またしても、邪魔が入ってしまった。仕切り直しするか? と純一が聞くと、気が削がれてしまったな、と司は苦笑する。
「ってか、連絡先教えて良かったのか?」
「……あとは累が決めることだ。見ただけでこのブランドを当てられる人は、そういない」
なるほど、司がじっと凉子を見ていたのは、観察していたからのようだ。純一は納得した。
「純一」
司が呼ぶ。床に座る彼の足の間に座れと言われ、素直に従った。
後ろから抱きつかれる体勢になった純一は、耳元に司の唇がある事に意識してしまう。
司の腕が、純一のお腹の辺りで優しく抱きしめてくる。
「純一……」
「ん……っ」
吐息混じりに名前を呼ばれ、ビクンと身体が震える。
「耳、感じるか?」
「んっ、ぅ……」
そのまま耳たぶを噛まれ、舐められると、ゾクゾクと背中に何かが走り、息が上がってしまう。純一は自分でも、こんなに反応してしまうなんて思いもしなかった。
「ってか、気が削がれたんじゃ、なかったのかよ……」
呼吸を整えようと喘ぐ合間にそう聞くと、純一を見てたらしたいと思った、と首筋にキスをされる。
「ん、んぅ…………やぁ……っ」
司の唇が触れる度、純一は大きく反応し、勝手に逃げようとしてしまう。
「結構感度は良いんだな。……そんな気はしてたが」
後ろで嬉しそうな声がする。純一は恥ずかしくなって首を横に振った。
「他も触って良いか?」
再び耳元で囁かれたかと思うと、同時に彼の腕が動いて胸を撫でられる。シャツの上からでも分かる乳首を、指で擦られた。
「ちょ、ん……っ、あ……」
純一は思わず上を向いて喘ぐ。ビクビクと身体が跳ねて、座っていられず司にもたれてしまった。
「つ、つかさ……」
「……何だ?」
「……っ!」
純一は司の声に激しく反応した。彼の吐息も熱く、興奮で掠れていたからだ。
「純一…………純一、可愛い」
「ばっか……あんま、喋るな……っ」
すると、司はまたぎゅっと純一を抱きしめた。
司の吐息が荒い。純一も、自分の吐息と心臓の音がうるさくて、恥ずかしすぎる、と思う。
「好きだ……」
「わ、分かった……分かったから……って、んっ!」
司は純一の腰に自分の股間を押し付けてくる。確かな形を保ったそれは、純一が想像してたよりもかなり大きくて、一気に戸惑いが大きくなってしまった。
「ちょ、っと、司?」
「何だ?」
「ごめん、ちょっと待って……」
モゾモゾと離れると、司は大人しく離してくれる。
(司の……大きすぎるんだけど……)
「嫌だったか?」
「嫌じゃない嫌じゃない。けど、ごめん、やっぱり今日は無理……」
「…………そうか」
背中でため息が聞こえる。さすがに司のイチモツが大きくて戸惑いました、なんて言えず、純一はそろそろと息を吐く。
さすがに司は拒否されてショックだよな、と彼をちらりと見ると、ふーっと長い息を吐いていた。
「悪い、興奮して先を急ぎ過ぎたか」
いつもの冷静な声がして純一はほっとする。でも少し申し訳なく思って、謝った。
何故謝る、と司は言う。
「言っただろ、嫌だったらいつでも言えと」
「うん……」
(これは伝えた方がいいのかな?)
純一は迷う。そんな事で、と言われそうで怖い。
司は純一の頭を撫でた。
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