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第1話 ドS先生×ほだされ平凡生徒 【保健室】

 目を覚ますと、見慣れない天井が視界に入ってきた。その視線を周囲に巡らせると、クリーム色のカーテンに囲まれているということに気が付いた。    ——ここは保健室だ。  昨日の寝不足が祟ったんだ。今日のミニテスト。やばかったんだもん。朝方まで空っぽな頭に詰め込んで、詰め込んで。一限目のテストは、なんとかやり過ごしたというのに、結局は昼ご飯前の体育でダウンしたらしい。  薄い毛布を引き寄せて、大きくため息を吐く。 「起きたのか」  ——やばい。先生がいたんだ。  慌てて口を閉ざす。クリーム色のカーテンが開くと、黒縁眼鏡の菊田先生が顔を出した。先生はイケメンだ。少し長めの黒髪。白衣姿のその出で立ちは、地味なおれからしたら眩しい以外のなにものでもない。 「どうだ。調子は」 「すみませんでした。あの。もう大丈夫です」 「どれ。さっきは熱があったようだ。もう一度、計測してみようか。クラスメイトの遠藤がお前を運んで来たんだぞ」  菊田先生は話を続けながら、おれのおでこに手の平を添えた。その手は妙に冷たくて心地が良い。おれは思わず瞼を閉じた。 「遠藤はお前のことをいたく気に入っているようだ。授業が終わったら必ず様子を見に来るから、目が覚めたら伝えておいてくれって何度も頭を下げていたっけ」 「そう、ですか」 「お前らできてんの? もう遠藤とエッチなことしたのか」 「な、なにを……。遠藤は友達です!」 「全く。発情期の男子高校生には困ったものだ。女に手を出して、妊娠なんかさせんじゃねーぞ」  先生の手はおれの額から離れてはくれない。熱を測るのだったら、体温計でいいはずだ。それに、少し触ればわかるはずなのに——。そう思っていると、先生の手のひらが額からずれて、おれの両目の上にあてがわれた。 「先生? ちょっと、なにしているんですか?」  視界を塞がれて、つい声が上ずる。何が起きたのか皆目見当もつかなかった。そのうち先生の熱が、おれの口元に感じられて。そして我に返ると、おれの口になにか柔らかいものが触れていた。  驚いて思わず体を起こそうとするが、それは叶わない。先生の大きな手のひらが、おれの右肩をベッドに押さえつけているからだ。  その間にも塞がれていた口には、生暖かいものが入り込んでくる。おれはますます体を捩って、その場から逃れようと抵抗した。  だけど、びくともしないんだ。先生は細身で、スタイルがいいモデルみたいだと思っていたけれど、思ったよりも筋肉質で、力が強いみたいだ。逃れようとすればするほど、逆に蜘蛛の糸にからめとられた獲物みたいに、自由が効かなくなった。  口内を這うそれは、生き物みたいで、背筋がぞわぞわとした。口角からあふれ出た唾液が生ぬるくて気持ちが悪い。  鼻から抜けるような息とともに洩れた自分の声に耳を疑った。そして、息がままならないことに気が付いて、先生の肩を拳で何度も叩いた。  すると、ふとその圧迫感から解放される。冷たい先生の手のひらの感触が離れていく(さま)に、名残惜しい気持ちになるのはどうしてだろう?  目元を押さえられていた手が離れ、先生の姿が確認できた。黒縁眼鏡の奥の瞳は、いつもの先生の瞳の色とは違っていて、なんだか怖かった。 「せ、先生。あの、一体……これは」 「体温測定だ」 「え?」 「人間の体温は部位によって違うんだ。普通は脇の下で測定するのが一般的だが、じつはそれでは正確とは言い難い。粘膜で測定するのがいい。直腸温を測定できればいいのだが。まあ、いい。次の機会にしよう」 「ま、まあ、いいって」  おれは慌てて唾液で濡れている口元を拭う。 「体温測定——だというんですか!? 今の。今のはキ……」 「キ?」 「だから、今のはキスって言うんじゃ——」  先生は眼鏡をずり上げてから「ふふ」と軽く笑った。 「初めてか? 随分気持ちがよさそうだったじゃないか」 「ち、違います! おれは——」 「なんだ。まさかお前。童貞か?」  顔が火照る。気分が悪いとか、寝不足だとか、そんなことはもうどうでもいいんだ。こんな危ない保健室、一分一秒でも出ていかなくちゃ! ——そう思った瞬間、四時限目が終了するチャイムが鳴った。そして、すぐに遠藤が顔を出した。 「大丈夫か。小林」 「大丈夫そうだぞ。ギャンギャンうるさい。さっさと連れて帰れ。元気な奴は邪魔だ」  菊田先生はパソコンの前に座って、仕事をし始めた。ひょこっと顔を出した遠藤は、おれを不思議そうに見ている。 「どうした? 顔、真っ赤だぞ」 「ち、違うし。別に。——お世話になりました!」 「また明日も来ていいぞ」 「もう絶対に来ませんから!」  しかし翌日——。またこの保健室の世話になる事件が起きて、更に卑猥なことをされてしまうなんて、その時のおれは想像もしていなかった。 第一話 了

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