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第2話 陽キャ会社員×陰キャ会社員 【ラブホ】
——おれはあいつが大嫌いだ。
「坂野井くん~。今日は二次会まで付き合ってもらうんだから」
女子たちの黄色い声が耳障りだった。
居酒屋の一室で、開催されているこの会合は、歓迎会だ。四月になり、おれの下にも新人たちが続々と入って来る。三十歳も手前になると、「若手」という言葉は不似合いだ。課長からも「お前はもう中堅だ。しっかりな」と叱咤激励されるわけだが……。どうにも成績は振るわない。
その一方で、同期の坂野井の成績はうなぎのぼりだ。昨年度は、支店始まって以来の営業成績を叩き出し、女性社員からも、上司からも愛される、アイドルナンバーワンの地位を手に入れた奴だ。
社内の裏アンケートでは「結婚したい男ランキング」、「一緒に外勤したい男ランキング」などモテ男ランキングのグランプリを総なめにした。
別におれは、奴を意識しているわけではないのに、「神田くんは坂野井くんの同期なんでしょう? なんだか意外ね」と言われる度に、癇に障るんだ。
「神田さんは、また取引先と揉めたんですって? 坂野井さんとは大違いね——」
そんな女性社員の声が騒々しい中で耳に飛び込んでくる。坂野井の隣に座っている受付嬢の樋口さんだ。
——悪かったな。
日本酒が注がれているグラスを握る手に力がこもる。どうせおれは、陰湿で嫌なやつだよ。アニメヲタクだし。いや、それは誰にも秘密なんだが。
自虐的に心の中で自分をなじる言葉を羅列していると、幹事から締めの挨拶が聞こえてきた。
***
不味い酒は悪酔いの元だ——。そんなことは分かっているのに。女子社員たちの言葉に耳を塞ぎたくて、いつもより早いペースで飲んでいたのが悪かったようだ。地下の居酒屋から地上に出たころには、目の前はぐるぐると回っていて、意識が遠のきそうだった。
ガタガタと大きな音と共に、自分がそばのゴミ置き場に尻餅をついたと自覚するのに、しばらく時間がかかった。
「大丈夫か。お前。飲み過ぎだ」
差し出された形のいい手を掴んでから、相手を見上げると、そこにはおれの天敵である坂野井がいた。
おれは思わずその手を払いのけた。
「いい。一人で歩ける」
「強がるな。もうぐだぐだじゃないか」
「うるさい! お前になんか、お前になんか、おれの気持ちがわかって堪るか」
坂野井は怪訝そうに眉間に皺を寄せてから、今度はおれの腕を掴んだ。
「この酔っ払いが。あんまり煽るなよ」
「な、なんだって?」
「いいから」
強引に体を引きずりあげられて、そのままおれを抱えるように歩き出す坂野井。入社してからというもの、なにかとライバル扱いをされてきたおかげで、こうして二人きりで話しをするなんてことは、初めてかも知れなかった。
「二次会、どうしたんだよ」
「断った。おれ、迷惑なんだよ。ああいうの」
「嬉しそうな顔していたくせに。飲み会は欠かさず出るじゃないか」
「それはお前が——」
「はあ? おれがなんですか?」
足取りも覚束ない。睡魔も襲ってくる。脳内はアルコールの影響でエンドレスにアニソンが流れている。
ああ、早く家に帰って推しの魔女っ娘マジョリーヌを愛でたい。マジョリーヌは、日曜日の朝に放送されている子供向けアニメだ。こんなおっさんが夢中になるなんて、到底みんなに言えないことだけど。おれにとったら癒し。マジョリーヌをライブで見たいがために、休日である日曜日でも、朝は早起きをする。それがおれのしきたりなのだ。
——明日は何曜日だ? 今日は金曜日? マジョリーヌに会いたい。早く。あの子に……。
そんな現実逃避をしていたはずなのに、はったと気が付くと、おれはベッドの上に転がされた。
——な、なんですとー!?
「こ、ここはどこだ」
「え? そんなへべれけで帰せないだろう。今日はここに泊まる」
「と、泊まるって、——おれは、家に帰るんだ!」
体を起こそうとした瞬間。痛いくらいの力でそれは阻止された。ぐるぐると回っている視界に映る坂野井は真剣な目でおれを見下ろしている。
「神田。悪いけど。もう限界だ。お前のこと、秘密にはしておけない」
「な、な、なんの話だ?」
——まさか! おれが生粋のアニメヲタクで、マジョリーヌを愛でているということを知られたというのか!?
「ヽ(;´Д`)ノヤメテー! それだけは、それだけは! おれがアニメヲタクだって、社内に公表するのは止めてくれ~!!」
両手で宙を切るようように、じたばたと暴れて見せるが、なにせ体格が違いすぎる。おれの上に馬乗りになった坂野井は、羽織っていた背広を脱ぎ捨てた。それからネクタイを引き抜くと、おれに熱い視線を向けてくる。
これって、女子が大好きなセクシーカット!?
——やばい! あぼーんヌ ! しかし、イケメソ! 乙女が興奮する画を見せるな!
弱みを握られたなんて、gkbr 。くぁwせdrftgyふじこlp 。これからおれは脅されるのだ。こやつに。一生、脅されて、奴隷のように酷使されるのだ——……。
……ちぅぅ。
痛みを想像していたおれだが、襲ってきたのは甘い口づけだった。しばらく呆然とそのまま固まっていたが、我に返っておれは坂野井を押し返した。
「そマ ? お、お前、だ、誰得 だ!? おれのことを、こんなホテルに連れ込んで、ディスるなんて——! DQN (※非常に暴力的な態度をとる人間)、反対だっ」
「お前、何言っているのかさっぱりわからないんだけど。でもそういうところが可愛い」
口元を拭った坂野井は諦めることなく、おれに向かってじわじわと距離を詰めてきた。
——やばい。ヲタ語を出すな。
おれは働かない頭に喝を入れながら、世間一般の言葉で抗議した。
「なんでお前がおれにキスをするんだ? ふざけるのも大概にしろ」
「ふざけてなんかいないじゃないか。おれはお前にずっとムラムラきていたんだ」
「は、はあ? ——な、なにをバカな」
——だって、お前は女子にも人気が高くて、上司にも好かれていて、仕事も好成績で……こんな陰キャなおれなんか、おれなんか……っ!
壁際に追い込まれて、もう後がない。絶体絶命とはこのことだった。
ドンっと両手を顔の脇に置かれると、もう観念するしかない。推しのマジョリーヌちゃんに壁ドンをする夢を持っていたというのに、男に壁ドンをされるとは——。
坂野井は整ったその顔をおれに近づけてくる。
「ずっと気にしていた。入社してからずっと。お前はおれのこと、嫌いなんだって思っていたけど。酔ったお前を目の前にして、あとには引けない。もうこんな機会は金輪際巡ってこないと思ったら、堪らなくなった。悪い。神田。おれのものになってくれ——」
目をぎゅーっと瞑って、坂野井のキスを受ける。
——こんなおれが好きだって? そんな話。BL漫画でもあるまいし……。これは夢だ。きっと。カクヨムに掲載されているBL小説な・ん・だーー!
混乱している気持ちがあるくせに、それ以上に坂野井のキスが心地よくて、いつの間にか受け入れてしまう。
——こんな奴。大嫌いなのに。でも……好き。
そう。このアンビバレントな気持ちを自覚してしまうと、おれの気持ちは一気に開放された。そうだ。おれは好きなんだ。坂野井が。かっこよくて。仕事も出来て。王子様みたいな坂野井が好きなんだ——。
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