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第4話 人外神様×不幸男子 【異世界転移物】
おれの人生は、ともかく「ついていない」という言葉に尽きる。親は事故で死んだ。引き取ってくれたばあちゃんも、去年死んだんだ。極めつけは、神隠しに遭ったと言う事。小さい頃、数日間行方不明になったとばあちゃんが言っていた。どこで何をしていたのか——おれにもわからなかった。
そんなおれだ。生きている意味なんて、一つもないんだ。多分、今日突然に人生が終わったって、構わないくらい、どうでもいい時間を生きていたんだと思った。ところが突然、あんな変な出来事に巻き込まれるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
あの日、学校へ向かう道すがら。顔を突き合わせると、なにかと絡んでくるクラスメイトの横須賀の姿を見かけてしまったのだ。
奴は誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。おれが通りたい道にどっかりと居座っているのだ。そんなところをノコノコ通り過ぎるバカがどこにいる。始業にはまだ早い時間だったこともあって、仕方なしに遠回りをすることにした。
いつもとは違う道を歩くという行為は、なんだか落ち着かなかった。スマホでSNSを眺めながら、歩みを進めていくと、ふと異様な感覚に足を止めた。
——拓郎……——たく——ろう……。
どこかでおれを呼ぶ声が聞こえる? はったとして周囲を見渡すと、そこには古びた稲荷神社があった。
「こんなところに神社なんてあったっけ?」
——よいか? 拓郎はわしの嫁になるんだ。みんなには内緒だ。
ふと脳裏にそんな声が響いてきて、余計に弾かれたように周囲を見渡した。
「だ、誰だ? 誰かいるのか?」
バカらしい。そんなこと。あるわけ——……。ザザっと風が一鳴きして、くすんだ朱色の鳥居の奥が光って見えた。なんだかまるで誘っているかのようなその光に、おれは神社に足を踏み入れた。
***
一体、どれくらい歩いたというのだろうか。いくら歩みを進めても、神社らしきものが見えない。それどころか、黄金色に光っているそれは、ますます輝きを増し、目を開けていられないくらいの眩しさだ。思わず右腕を目の前に突き出して光を遮る。
パッとその光が弾けると、目の前には信じられない光景が広がっていた。
「な、なんなんだ? ここは」
どこか違う町にでも来たのだろうか。おれは社を目指して歩いていたはずなのに……。眼前に広がってるのは、新緑の深い美し山山の光景だった。少し小高いそこからは、集落のようなものが見える。その景色はどこか懐かしいような、古臭いような……。
そうだ。社会の授業で勉強した。昔の宿場のような雰囲気。あれはかやぶき屋根って言うのではないだろうか? ——そんなことを考えていると、ふと、後ろから伸びてきた腕に引き寄せられて、後ろに倒れ込みそうになる。
「わわ」
慌てて両腕を振ってバランスを取ろうとするが、おれの体は自分の言うことなどきくわけもない。いつの間にか後ろにいた大柄な人に抱き留められていた。
「待っていたぞ」
「は? はあ? な、なんだよ。こ、ここは」
相手の顔を確認しようと、頭をもたげると、そこにはもふもふとした白銀の耳を生やした獣がいた。
——……っ!? け、獣!?
着ぐるみにしては、やけにもふもふ感がリアルだ。瞳の色は金色に輝き、犬歯は鋭く、鼻先が長い。まるで犬? いや……狐のようだ。そしてなにより、鼻をつくこの匂い。微かに香るのは獣の匂いだ。なのに、どこか懐かしくて、いつまでも嗅いでいたいと思ってしまった。
——こ、ここはなに? コスプレの撮影地?
困惑しているおれのことなど、気が付きもしないのか。狐はおれの肩を掴むと、くるりと向きを変えてくる。おれたちは向かい合うように対峙した。随分大柄な男が入っているのだろうか。おれの身長が160センチ後半だから、それと比べると、この変態着ぐるみ男の身長は、ゆうに二メートルは超えているのではないだろうか。
「拓郎。待っていたぞ。約束の時だ」
「な、なんでおれの名前を知っているんだ?」
「なんでって、約束しただろう。昔。お前はわしの嫁になると」
——嫁だって!?
まずそもそも、このシチュエーションですら理解に苦しんでいるというのに、更にイミフな要素が追加された。おれの思考回路はジリジリとショート寸前だ。
「は、はあ? お前、バカじゃないの。なに言っているんだよ。お、おれは男で、嫁とかそういうのは関係なくて……」
しかし、狐男は目をぱちくりとしただけで、一瞬の間の後、おれのおでこに肉球を当ててきた。
ポフ。
——あ、ああああ……気持ちいい。
「どうやら、こちらに転送する時に頭でも打ったみたいだな。まさかわしのことを忘れるなど」
「頭なんて打っていないって。ただ歩いてきただけだし」
「じゃあ、どうして忘れている。そんなことがあってよいものか。お前は、お前が幼いころからわしの嫁になると決められていたのだ。そう約束したではないか」
「なにを馬鹿な……っ 着ぐるみのくせに!」
おれは慌てて狐の背後に回って背中を確認する。
「何をするのだ?」
——な、ない!? チャックが、ないーー!
呆然としていると、狐に腕を取られて引き寄せられた。
「お前は幼き頃、人間どもが造ったわしの社に遊びにきていたではないか。わしはお前がくるのが楽しみで仕方がなかった。すぐにでもお前をモノにしたかったのだが、お前はまだ幼な子だったからな。仕方なしに、一度親元に返してやったのだ」
「そ、そんな。あの神隠しの時のこと!? え、おれ。なに? いやいや。あんた、神様? お稲荷様なの?」
「そうじゃ。だからわしは、お前が成人する十六歳になるのを待っていたと言うのに」
「だ、だけど。おれは男で——」
そう言いかけた瞬間。その狐男の肉球がおれの腹部に触れた。それはチリチリと痛みを伴う。いや、痛みではない。これは——。体の奥がぞくぞくして堪らない。そんな。嘘だろ!?
「ほらみろ。お前はおれに触れられただけで、もうこんなに躰が感じ入っているのだ。それはお前が昔、わしと鴛鴦 の契りを交わした証拠だ。大丈夫だ。怖がることはない。あの時のお前はまだ子供で、とてもわしの子供を産む体ではなかった。だが、今はこんなに成熟している。立派な世継ぎが産めることだろう。わしが保証する」
「保証なんてされなくたっていい! おれはそんなんじゃ……」
言葉では否定しているのに、どうしてだろう。こんな変態着ぐるみ野郎なんか、相手にするはずがないのに……。体の奥底では違うことを求めている。
——ああ、欲しい。この狐が欲しい。
「人間は柔で小さい。大丈夫だ。順を追って進めていけば、わしを受け入れることができるであろう。わしに任せておけばいい。拓郎。わしの子供を産め」
鋭い歯牙が開かれ、そこから出てきた舌先が唇に触れると、一気に頭の芯がぼーっとしてきて、なにも考えられない。腰砕けになって立っていられないのに、もふもふとした腕に支えられてなされるがままだった。
まさか、こんなところで……。
「大丈夫だ。ここは眺めがよい。お前も気分よくわしとの交尾を終えることができるだろう。皆も喜ぶぞ。新しい花嫁を歓迎しよう」
おれの不幸だった人生は終わった。いや、ここからが始まりなんだ——。
いや、夢でもあって欲しい……。
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