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第5話 ラッキースケベ 【密室からの脱出】
おれは朝日正徳。25歳。今年、社会人三年目の普通の会社員だ。昔から、そう頭がいいわけではないんだけど、なんだかんだとラッキーに恵まれていて、とんとん拍子で今の職に就いているというわけだ。ところがだ。社会人となると、幸運だけでは乗り切れないことも多い。
頭一つ分、身長の低い係長を見下ろして、大きくため息を吐いた。
「朝日。お前な。今日の会議の準備してなかっただろう」
「しましたよ」
「どこがだ」
「どこがって……資料作ったり」
「作ったり?」
「えっと、早く寝ました。今日に備えて」
おれの答えにがっくりと肩を落とす高橋係長は、鋭い視線をおれに向けてきた。
「お前の業務評価Dつけておくからな! 覚悟しておけ」
「ええ~。ひどいっす~」
高橋係長は、おれよりも一回り年上だと聞いている。同僚の話では、独身で彼女もいないらしい。デブってわけでもないし、おっさんってわけでもないし。見た目そんなに悪くないと思うんだけど。女にモテないのは、こういうきつい性格だからだ。もっと優しくしてくればいいのにぃ。
今日は取引先に新しい事業提案でやてきたんだけど。しどろもどろのおれにとって代わって、高橋係長がプレゼンをしてくれた。そのおかげで、相手方のお偉いさんは好印象。おれには冷たいのに、お客さんにはすこぶるの笑顔を振りまくのだから、この人は役者だ。
整った顔立ちの高橋係長の笑顔は、相手のおっさん連中のハートを鷲掴みにするに違いないんだ。
――あ~あ。あの笑顔、おれにも少し、わけてくんねえかねえ。
そんなことを考えて玄関口に向かっていると、ふと、途中の扉に妙な掲示を見つけた。
『ご自由にどうぞ。新商品のテスト中です』
「係長。なんっすか。あれ」
「さあな。こちらの会社の新商品のデモ機でも収めてあるんじゃないか」
「へえ! ねえ、係長。ちょっと体験してみましょうよ。ここって、遊園地とかのアトラクションも手掛けていますよね。きっと面白いんじゃないっすか」
「お前ねえ。仕事中なんだぞ?」
「いいじゃないっすか。少しくらい。お取引先に貢献するのも営業マンの務めっす」
おれの適当な理由付けに、「それもそうだな」と納得した高橋係長は、その扉を開けた。中は予想に反して、なにも置いていない。
「あれ? なにもないっすね」
「そうだな……」
なんだか妙によそよそしい係長だったけど、部屋の中身のほうが興味がある。係長の背中を押して、おれたちは中になだれ込んだ。と、後ろでにしまった扉が自動ロックでもかかったのだろうか。「カチ」っという短い音が響いた。
「あれ? しまっちゃったですよ。なになに? 閉じ込められたんですか」
高橋係長は、いつもの様子とは一変して、ドアノブにしがみつく。
「くそ、開かない!」
「そんな慌てなくても……」と、言いかけると、室内がぱっと薄暗くなる。そして、目の前の真っ白な壁一面に真っ赤な血のりのような文字が浮かび上がった。
『ようこそ。密室シアターへ。壁に包まれ、唯一の扉には施錠が施されました。さあ、ここからの脱出劇をあなたはクリアできますか――』
「ぬおおお、脱出もののゲームみたいじゃないっすか! ねえ? 係長……係長?」
ゲームが大好きなおれは、わくわくした気持ちで後ろを振り返った。――がしかし。係長はドアノブにしがみついたまま、ブルブルと震えていた。
「ど、どうしたんっすか。怖い? まさか、怖いんですか」
「おれは、――閉所恐怖症なんだ!!」
そう叫んだかと思うと、係長は床にうずくまって頭を抱え込んだ。これは一大事だ。なにを置いても早急に脱出しなければならない。
「お、おい。どうしたら脱出できるんだ!?」
おれはどこにいるとも知れない。多分、いるはずもないシステムに呼びかける。と、タイミングよく、表示されている文字が切り替わった。
『脱出するキーは「童貞」。もし、あなたが童貞でなければ、すぐさま開錠されます』
「お、おれは童貞じゃない! すぐに開けろ――」
「おれは童貞だ……」
「え?」
はったとして振り返ると、高橋係長が青白い顔をしてそこにいた。
『もし、童貞が紛れ込んでいたら。この扉は未来永劫開くことはないでしょう――』
「なんだってー! 大変ですよ。どうしましょう! 係長」
慌てて係長のところに駆けていく。彼は目元を朱色に染め、涙目でおれを見上げてくる。恐怖で息が上がっているのだろう。すがるように「朝日」と名を呼んでくる係長を見ていると、おれの気持ちは決まった。
「わかりました。係長の初めて。おれがもらうっす!」
「しかし、朝日。あの――」
「このままじゃ、閉所恐怖症の症状で死ぬんですよ!? 早く出ましょう。そうするしかないっす。大丈夫。男相手にするのは初めてですけど、おれ、結構慣れていますから。任せてください。なにせ、おれはラッキースケベなんっす!」
そう。ラッキースケベとは、スケベなことをできちゃうシチュエーションが襲ってくるという、なんとも素晴らしき体質なのだ!
***
「あらやだ。まだ試作も試作なのに、誰か入っているみたいよ」
新商品担当者の女性社員はシステムの異常に気が付き、同じチームの同僚に声をかけた。
「本当だ。やだ~。誰? こんなプログラミングしたのは。『童貞は脱出できない』だなんて。女子が入っていたらどうするのよ」
「こんなことするのは武田くんでしょう?」
「あ、すみません。面白いかなって思って。解除しておきますよ。――それにしても大丈夫かな? 閉じ込められちゃった人」
「本気にしちゃってたらどうするのよ」
「なんだか怖くて開けられないわね。もう少し放っておきましょうか。今開けて鉢合わせになったら、怒られそうだもの」
「それもそうね」
三人は顔を見合わせて笑い合った。
――当の本人たちの苦労を製作者は知らない。
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