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4. ベッドと友だちでいれば良かった
ぼすんっ。と、倒れ込んだベッドが音を立てた。張り詰めていた気持ちが一気に緩む。
疲れた。ヤバい。何もする気になんねぇ。
早退はどうにか避けた。けど、あの嫌な感覚がまた来るんじゃないかって緊張がずっと付き纏ってたし、何も起こらないなら起こらないで、本当に終わった? 嵐の前の静けさ的なやつじゃねぇの? ってどんどん不安になった。
見事に悪循環に飲み込まれた結果、最後の方は『黙って座ってれば終わる』なんて雑な精神統一で乗り切った。心配掛けっぱなしだった田崎にも、倒れたら保健室まで担いでくよ、って冗談を言ってくれた隣のクラスの泉にも、碌に礼を言えないまま、ふらっふらになりながら帰って来た。
明日もこんな事になんのか。つーかいつまで続くんだよ。
頭の中で愚痴ったら、短くても慣れるまでは。最悪、同じクラスじゃなくなる三学期の終わり──三ヶ月近くも続く事に思い至る。唸り声がベッドにめり込んだ。それは流石に、どうにかしないとまずい。
実家でのオレの扱いが変わったばっかの頃は、人生終わったってくらい落ち込んだ。
何したら良いのか分かんない時期と、何かしないとって頭が一杯になる時期を繰り返して、全部どうでも良いやってなったりもした。今は、そこそこ良い進学校で、上の方の成績を保てるとこまで回復してる。
勿論、あいつらの為じゃない。分かり易く態度を変えた親と兄貴を見てたら「こんな奴等の所為で、今までの努力が無駄になってたまるか」ってムカついたからだ。良い感情かは置いといて、絶対に後悔させてやりたくなった。
一度家を離れて、自立心を養っていらっしゃい。なんて台詞と一緒に行く先の偏差値指定されて、この条件内なら援助はしてやれるって言われたら、そのくらいの反骨精神がないとやってられない。
金出して貰えるだけマシ? いやふざけんなよ。
学費と生活費は「親類や知人から、経済的に困窮していると勘違いされたくない」から。出来るだけ手付けないようにしてる服飾代とか交際費とかは「品位を落とすな。私達が恥をかく」って理由で出てんだぞ。将来的に全額叩き返すし、ついでにお前らの傲慢さも思い知らせてやる、って考えんのが普通だろ。
その為には、今の成績は勿論、これから進む大学もその先に就く仕事も、あいつらが認めざるを得ないものにしないといけない。
なのに。と、未だにベッドから起き上がれないでいる現実がのし掛かる。
じゃあどうする? って言っても、効き目のある手段が分かってるなら悩んでない。今までみたいに対症療法的な事でいつか……じゃ、悠長な事言ってる間にやられる。あんな気持ち悪い奴に、どのくらいで慣れるかも検討付かない。しばらくどうやってやり過ごすかも問題だし。そもそも〈アレ〉が気にならなくるとかあんの……?
ずるずると暗い方向に考えが進んで行きそうになって、頭を振った。止めよ。嫌いな奴との接し方なんてスルー一択で、それ以上考えんのも不安になんのも無駄だ。気を逸らす為に、やるべき事を確認しながら体を引き起こす。
今日の授業は予習してたから、ノート確認すれば平気。次の範囲も手を付けてる。先に明日の小テストの勉強やってそれでも受験対策の時間は確保できる。
計画を立て直して、最後に憂鬱を押し出すようにふっと息を吐く。ベッドから降りた時、玄関のチャイムが鳴った。
「あ?」
何だ? 誰かと会う約束してないし、何も頼んでないだけど。
鞄に入れっぱなしだったモバイル端末を手に取る。なにがしかの連絡が来ているかを確認したけれど、それらしい通知はなかった。まぁ普通に間違いか。うちも他の所も大体表札付いてないし。
放置されそうになったのが分かったみたいに、もう一度チャイムが鳴る。
「何だよ……」
注意を引く為の音だから当然なんだろうけど、無視を続けるにはうるさ過ぎる。ちょっと迷ってから、こんな事でやる気なくすのも馬鹿らしいし、と思い直して玄関に向かった。途中で更にもう一度鳴った音にうるせぇなと呟きながら、ドアスコープを覗く。
その先に、忘れようとしたばかりの〈アレ〉が立っていた。
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