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48.だから、そうじゃないって

 ふるっ、とポケットの中の端末がメッセージを受信した事を知らせる。 『今日も問題なかった。明日の夕方頃に戻る予定だ。』  簡単な内容でも、遙が無事に一日を終えた事が確認出来るとほっとした。  昨日の放課後から、遙は恩人の墓参りと使命の為にって理由で泊まりがけで出かけている。最近の様子と、行き先が直ぐには駆けつけられない距離だったから、一日二回は安否連絡を寄越せって言ったのはオレだった。  了解、の二文字の後に『何かあったら直ぐ言えよ』を添えておく。出発前に、帰って来た日はバイト終わりに行くと約束しておいたけれど、遠慮をして帰るまで我慢されても困る。 「お前の番だぞー」 「あ、はい」  画面に表示された『わかった。』の文字を確認してから、バイト先の先輩とその友達とが待つ輪の中に戻った。  先輩に大学の様子を聞こうと思ったら、いつの間にか、先輩の友達二人も来る宅飲みに参加する事になっていた。「色んな所の話し聞きたいだろ!」という事らしい。  ついでに何かの流れで、ゲームは殆ど触った事ないっですねって話したら、ゲームは良いぞぉ! からの、やってみろよ! になって今に至る。  真面目そうな眼鏡の方の友達は、ゆっくり喋るけど指捌きが静かにやべー人だ。「持って僕普通に酒持って来ちゃったよ」って慌てたから、たぶん一番常識人。  飲ませなきゃ大丈夫大丈夫。って言ったデカいピアス付けてる人の方はちょっと軽そう。でも真っ先に換気してくれてたから、さり気なく気を使えるタイプだと思う。  って事は、一番いい加減なのは先輩だな。折角集まってんだしっつって、全員で出来そうなゲームを引っ張り出してくれたから、優しいっつーかコミュ力があるっつーかではあるんだけど。 「あっぶな。死ぬとこだった」  ギリギリのところで避けると、ピアスの人がわぉと歓声を上げた。 「昴君マジで初心者? 反応早ー」 「操作覚えるのも直ぐだったもんね。若いって凄いなぁ」 「そんな変わんないじゃないですか。つか、待、これ、無理じゃ……。はぁ!? 嘘だろ卑怯じゃん!」 「うはっ! 今のが卑怯とか、可愛いとこあんじゃん昴。お兄ちゃんが仇取ってやるからな」 「ムカつくけど先輩無駄に上手いんで任せます。そんで、出来たら共倒れしてください。ムカつくから」 「だってお兄ちゃん。がんばー」 「共倒れはしてくれないんじゃないかなぁ。自爆とかダッセー、って僕に言ってたもんね?」 「いつの話だよそれ! 真面目に応援してよ、頑張ってんだから!」  そんな風に、褒められたり不慣れさをからりと笑われたり。それぞれの小慣れた立ち回りに関心させられながらも、負けた悔しさに「もっかいやらしてください」て言ってみたりして、騒がしく夜が更けて行く。  合間合間で聞いた大学生活はどの学校も学部も気になった。将来は両親を見返せる職に、と思っているのに、実は未だにこれ、っていうのが決まっていない。  確実に納得させるなら士師業か。でも、出来るだけ早く自立したい。進学先の候補から逆算出来たらと思って聞いていたけれど、苦労話も面白く聴かせてくれるから、全部に興味が湧いた。 「学祭来たら良いんじゃないかなぁ。学校と学部のカラー見られるし、うちは受験する人達向けの企画があるから、在学生とも話しやすいと思うよ」  真面目な人は酔っても真面目なのか酒に強いのか、意外と飲んできいるのにずっと真剣に話を聞いてくれていた。 「行ってみたいです。いつですか?」 「とか真面目な事言ってー。めっちゃ美人で優しい人に『これも縁だと思うんだ』って言われた! つって決めたよなお前」 「違うって言っただろそれ! 変な事吹き込むなよぉ……」  先輩と幼馴染馴染みだというこの人は、言われてみれば、オレともう一人の友達への態度と比べて先輩へは遠慮がなかった。 「昴君気を付けなね。肉食なおねーさんって意外と多いから」  見た目のタイプが全然違うピアスの人とは、趣味繋がりだって言っていた。チャラチャラとジャラジャラが混じった初対面のインパクトは相当だったらしいが、直ぐに仲良くなったと三人は笑っていた。 「こいつはへーき。お姉さんとの一夏のドキドキは経験済みだもんなー?」  おいこの先輩、初対面の人に何バラしてくれてんだよ。しかも、はいはいそうっすね、って適当に返して流そうとしたのに「え、そうなの!?」「うそ、マジで!?」って二人に詰め寄られて逃げ場がなくなった。 「あー……」  あったよ。あったけどさ。  去年の夏に、この人とは別の先輩の知り合いに何でか気に入られた。普通に出かけたり「暑いしお家デートしよ?」って誘われた流れで、なんかまぁそういう事したりとかが何回かあって、夏が終わるのと同時に「やっぱり年下は違ったかも」なんて言ってさらっと消えてった。  ショックだったって言うより拍子抜けしたような。まぁ後腐れなくていっか、って。同じようにさくっと記憶の隅に流した思い出が、まさか今になって掘り返されるなんて。 「ってかさ、この子似てね? あんま顔覚えてねーけど」  調子に乗った酔っ払いは、どっかの女優だかグラドルだかの画像を見せて来る。飲むとダル絡みするタイプだったのか。 「もうちょっと優しそうな感じの方が僕好きだなぁ」 「お前の好み聞いてねーから!」 「えーじゃあコレとかどお? コンセプトばっちりじゃね?」  気ぃ遣えんのにこいう時は愉快犯になるらしい人が、画面をこっちに向ける。浜辺で水着を着た女がにっこり笑ってる動画のサムネには、「小悪魔な先輩」だの「夏」だのと、ぴったり過ぎるタイトルが添えられていた。 「うわ、めっちゃぽい! 見よーぜ見よーぜ!」 「何言ってんの駄目でしょ!?」 「大丈夫大丈夫。年齢的にセーフなの選んでるから」  出来上がりはじめた酔っ払い達は、オレに口を挟む間も与えずに盛り上がる。マジで面倒臭い流れになる予感がして来たから帰ろうとすると「リアルとの違い教えろよー。あと攻略方も」って意味分かんねぇ引き止め方をされた。  そこに、真剣な顔で「攻略、そっか攻略か……」って言い出した人と、修学旅行の夜っぽいと笑いながら「ぐるぐる考えんのは一回置いとこ。付き合ってよー」と言う人が加わってしまったら。 「他所でやったらハラスメントだって、分かってますよね?」  背中に覆いかぶさる先輩に向かって釘を刺す。猫みたいに飛び退いて「あ、うん、はい……」と姿勢を正した人は、ちゃんと反省している顔だった。  まあ悪い人らじゃないしお礼だと思えば、なんて。 「飽きたら帰りますよ」  こんなバカなノリも、今までした事なかったし。 「よっしゃ、明かり消せ明かり!」  ど真ん中に座らされるのだけは断固拒否して、ちゃっかり携帯端末から全員が見られる画面に変えられた女の容姿や仕草を「どう? どう?」と先輩に聞かれる度に適当に返す。  水を引っ掛けられ、ずぶ濡れになったシャツから透ける肢体をカメラ越しの視線が舐め回すように追った時に、一番テンションの高い声を出したのも先輩だった。今日一日で『抜けてるとこはあっても勉強出来る人』ってイメージに『結構あほ』が加わった。 「あのぉ……これ、本当に大丈夫? 昴君止めといた方が良くない?」  気不味さと恥ずかしさが混ざった視線を眼鏡越しに画面へ送りながら、心配そうに聞かれる。確かに、女の表情もカメラワークも欲を煽るようなものになっていた。露骨な演出と過度な露出は避けてはいても、何を想起させたいかは十分伝わる。 「そこはぁ、お兄ちゃんがきちんと確認しました! いざとなったら目隠しします!」 「何すか、今日の兄設定。つか、どんだけ見たかったんですか」 「俺だってお姉さんに弄ばれてみてーもん! この、ちょっとだらしない感じとか良いよな!?」 「いや、オレ別に好みじゃないんで」 「めっちゃ落ち着いてんね。実際どんなん好きなの? この子、結構当たりだと思うんだけど」  先輩からさり気なく逃げ、気分が悪くならない程度の好奇心で問いかけて来た方に寄って行く。おすすめみたいに出して来た当人も、割合に落ち着いていた。オレに好みじゃないって言われた事も気にしていないようだった。相槌ついでに、もう一度画面を見やる。  まぁ確かに、年上っぽい雰囲気なのに、隙のある表情の崩し方をするのは悪くない。際どい衣装が下品になり過ぎない体の作りも、長所だと思う。  厚みのある特徴的な唇がきゃあっ、と媚びた音を響かせた。 「……あー、これ萎えるかも」 「どれ? シュチュ?」 「声が。キンキンしてちょっと」 「声フェチなの?」 「いや、そういうんじゃないですけど……」  そう言いながらも、再び聞こえた女の声にコレじゃないんだよなぁ、と何故かはっきりと感じた。  んな煩いくらいきゃあきゃあ言う必要なくね? もっとこう、耐えて耐えて、それでも堪え切れなくて溢れたって感じの方が、くるんじゃねぇの? あー、今のも違う。辛くてどうしようもなくて、なんとかその感覚を逃そうとする人ってもっと──。  んっ……。と、切なげな音が耳の奥で蘇る。  聡明な声色がアルトに跳ね上がり、吐息が首筋を掠めた感覚まで思い起こしそうになる。体の内側がぐずりと疼いた。  待て。待て待て待て。何でだよ、おかしいだろ。あれはそれじゃねえし。あいつは、遙とはそういうのじゃねえし。違うって。おかしいって。だから何で。  ……なんで、思い出すんだよ。  いくら言い聞かせても、掴まれてるみたいに心臓は痛いし、そこから広がる熱も引いてくれない。 顔も赤くなってる気がして横を伺うと、デカいピアスを吊り革にしようと襲って来る先輩を防ぐのに必死で、こっちの方は全然見ていなかった。でも、心臓はバクバクいったままだ。  どうでもいいと思っていた画面を、必死になって見つめる。終わると同時に内容は消えた。首筋にじわりと滲んだ汗が残っていた。

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