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57.夜は星に願う
「…………なんて事をしてくれたんだ。」
「ヤれるもんならヤれっつったの遙じゃん」
「意訳だ。曲解だ。捏造だ。」
扉一枚隔てて聞こえる遙の声はいつもより低い。不機嫌さがばしばし伝わって来る。
よかったからなのか処理落ちしたのか、果てた直後にしばらくぼーっとしてた遙は、息を整えたオレが可愛いなーなんて思いながら何度かキスしてる時に突然我に返り、服を引っ掴んだと思ったら瞬間移動かって速さで風呂場に籠城を決め込んだ。当然、オレが取り敢えずで服着る間には戻って来ない。
「そりゃ、百パーセント遙の意思尊重したかっつったら違うけどさ……。どっちにしろ、オレが分かって欲しかった事って、分かってくれた?」
「う……。」
「気の所為じゃないし、勘違いでもない。あと、この先も誰かの手助けが必要なら『誰か』じゃなくて、オレを選べよって思ってる。そうじゃなくなったとしても、一緒に居たい」
「俺は……、分からないんだ。」
「何で? まだ足んなかった?」
「昴が好意を持ってくれている事は充分に伝わった! だが、俺は!」
勢い良く発せられた否定の後に続くはずの言葉が、ぷつりと止まる。その後に届いた音は少しだけ震えて潤んでいた。
「お前と同じ感情を選択しているのか、分からない。この身の安全を確保する為に、お前の思いを利用していないという保証が、出来ないんだ。」
本当に、何処までも不器用でひどく優しい人だと思った。分かった上なら自己責任で、くらい言ってくれたって構わないのに。
「根っこの所なんて、自分の為以外ないだろ。遙だけじゃなくてオレも、他の奴等も。けど、自分で言ってたじゃん。『愛し合う者同士が』って。色んな理由の中からそれ引っ張って来たって事には、ちゃんと意味があるんじゃねぇの?」
「だが、しかし……。」
「分かったゆっくり考えて良いよ。……って言われてこのままオレが帰るのと、それでも好きだよ、って言われて抱き締められるのと。どっちが良い?」
向こう側で、小さく息を飲む気配がした。返事がないまま数秒過ぎる。辛抱強く待っていると、そろりと扉が開かれた。
すんげー悔しそうだし、今にも怒り出すんじゃないかってくらい不服そうな遙が顔を出す。でもぐしゃっとした髪と服が可愛いし、何より、上目で見てくる夜色は蜜月でこっくりと彩られていた。
「……全ての責任は、取れないぞ。」
「分かってる」
「この身はいつどうなるとも知れないし、有事の際に危害を加えない保証もない。」
「覚悟しとく」
「人間と同じ年月の過ごし方は出来ないし、早々に終わりを迎える可能性だってある。」
「こっちだって、いつ何があるのかなんて分かんねぇよ」
けど、だから今欲しい。
素直に願望を伝えると、無表情を貫こうとしていた真面目な人の仮面がじわりと溶けた。
初めにびっくりして、次は泣き出しそうになる。湧き上がる感情を噛み締めるみたいに目を閉じた後、開いた黒には少しだけ不安が乗っていた。でも、それすら愛おしむように眉と口元を和らげられるこの人は、やっぱり強い。
そんなのに頼られようとか、どんだけ出来た人間になるつもりだよオレ。
でも、胸張って「欲しい」って言い続ける事で笑ってくれるなら。こうやって、最後に恥ずかしそうな顔になるところまでを見られるなら。
もがいて足掻いて「オレはオレに満足してるけど?」って、誰に何を言われても返せるようになりたい。
「遙が『自分は誰かに必要とされたし、応えられた』って。『人を幸せに出来たし、自分も幸せだ』って、笑って言えるようにする」
「……身に余る余生だな。」
「違ぇよ。頑張って来た分のご褒美」
手を伸ばして引き寄せる。今度は抵抗なく、軽い体がぽすんと胸に収まった。
「好きだよ」
「……うむ。」
「遙は?」
「俺は……同じだ、と一応は言っておく。」
「頑固」
まぁ良いけど。もっと素直に返してくれる方法を知ってるから。
形の良い顎を軽く掴んで上向かせ、熱の引いてしまった遙の唇を自分の口で塞ぐ。んっ、とくぐもった声は最初にした時よりずっと甘い。欲を込め過ぎないようにとしたはずなのに、離れると、真っ赤になった遙がわなわなと震えていた。
「それは、すると言っていなかった!」
「好きじゃなきゃしないんだから一緒だろ」
「横暴だ! 許可を求める!」
「へぇ。じゃあ……キスして良い?」
うぅっ……と悔し気に呻く人に、はいざんねーん、なんて茶化しながら今日何度目かの愛情を唇に移す。
果たせなくなった使命と助けられなかった人を思って、遙はきっとこの先も苦しむ。
だけど、完璧じゃなくても出来る事はまだある。途方もない努力を知っている人間が、ここに居る。どんな貴方でも、一緒に生きて行きたいんだ 、って。今伝えているのと同じだけの気持ちで、何度でも言おう。
望まれた道へ行けなくなってしまった人を、太陽が照らしてくれなくても、眩い星々が見守ってくれますように。
貴方が誰かの為に祈った分と同じだけの幸福が、短い、あるいは長い長い余生へ降り注ぐ事を、貴方自身が許せますように。
柔らかな月明かりが差し込む夜に「そのはじまりが今日でありますように」と。祈るように誓った。
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