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56.あなたが選ぶものを
好きな人と向かい合ってベッドの上、なんて普通は緊張より嬉しさが勝る状況だろう。オレらの間には、一触即発ってくらいほぼ緊張感しかない。
それでも、手を伸ばした時にびくりと目を瞑った遙を見ると庇護欲的な部分っつーか、くっそやっぱ可愛いなって気持ちが疼く。是が非でも分からせるより、甘やかしてやりたくなった。
まったく、と焦りと苛立ちを吐き出して、やんわり抱き寄せる。いつも通り軽いのに、ぎこちなく凭れ掛かる感覚がもどかしい。反面、普段どれだけ全幅の信頼を寄せて体を預けて貰えてるかを実感して、今の状況も忘れてちょっと嬉しくなった。
「無理にやるつもりはねーから。それじゃ意味ないのは、ちゃんと分かってる。だから、本当に嫌だと思ったら、あー……『これ以上やったら嫌いになる』とかそういう、絶対止まれる事言って」
ぽんぽんと頭を撫でて、……う、と微妙な声の了承が返って来たのを確かめてから、艶やかな黒髪に口付ける。軽くリップ音を立てると遙の肩が跳ねた。肌じゃないのにこれとか、どんだけ慣れてないんだよ。
優しくしてあげなきゃなって気持ちに混ざって、じわじわと悪戯心が湧き上がる。
もう一度髪に、それから安心させるように額と瞼に、親愛を込めて左右の頬に。手を取って恭しく指先に触れた時はまだ、遙は緊張しながらも様子を伺っている感じだったのに、手首を軽く吸うと、ひぅっ、と小さな生き物みたいに息を飲んだ。首筋と耳に唇を落とした後、かわいいと吹き込んだ声に隠しきれない熱がこもる。
「す、昴……!」
頬を包み顔を寄せようとしたところで、すっかり狼狽えた遙の声が待ったをかける。苛立ちなんてとっくに消えてむしろ寛容な気持ちになってたけど、なに? って聞き返した自分の声は笑えるくらいに優しくなっていた。
「あの、本当に、続けるのか?」
「遙がやめてって言わないなら」
答えて、そのまま触れる程度のキスをする。離れた瞬間に抗議が飛ばなかったから、下唇と上唇とをそれぞれ啄んだ。遙はまだ、嫌だもやめろも言わない。
一拍置いて、気持ちを伝える為に唇を合わせる。
ちょっと冷たいけど柔らかくて、熱が移って行く感覚が堪らない。喰んで、舌先で撫でて、角度を変える。
きっと遙は、その間中オレの服を掴んで、変化を加える度に鼻に掛かった声を洩らす自分がどう思われてるのかなんて、気付いてない。口開けて? って言って顎に手を添えて促すと愚直に力を緩めるのに、今度は何だ!? って目で見返して来るんだから、慣れない経験を処理するのでいっぱいいっぱいだろう。
「ん……!」
まぁ、だからって加減するつもりなんかねーけど。ぬるりと差し入れられた舌に驚いて逃げようとする頭を捉え、何をしているのか分からせる為に殊更優しく口内を撫で上げる。
「……んぅ、んっ……ふはっ……っん」
遙が胸を押す力は本気で抵抗しているとは思えず、訳が分からなくなっているのを良い事にゆっくりと押し倒す。指を絡め、空いている方の手で遙のシャツのボタンを外してインナーもたくし上げる。その過程で掠めた肌の滑らかさに背筋が疼いた。
「はっ」
ようやく唇を解放してやると、喋りながら階段を易々と登り切った事のある人が苦し気に息を吐いた。恥ずかしかったのか、直ぐに顔を腕で覆ってしまって表情が見えない。一先ず、泣いてはいないし、嫌で青ざめている事もなさそうだった。
「なぁ。いいの?」
「……っ」
僅かに覗いた頬から顎先に指を滑らせながら聞くと、遙は微かに唇を戦慄かせた。答えは返して来ない。
駄目なら駄目って言ってもらわないと困る。と思う反面、自分の下にある体にどうしても目が行った。
やばい、かも。いや、かもって言うか、かなり。
さらっとしてて綺麗な肌にも、くっきり浮いた鎖骨にも。女とは違う肉の付き方で細い腰回と、うっすら陰影を付ける腹筋にも、平らな胸の淡く色付いた場所にも。ちゃんと男の体なのに、馬鹿みたいに興奮する。
オレの一番の不安要素が消えたのは良いとしてだ。これに、性欲だけじゃなくてちゃんと気持ちがあるから触れられるんだよ。なんて澄ました態度で教えなきゃいけないのかと思うとぐらぐらする。
けど、本当に好きなら。好きになって欲しいなら、何が何でも我慢する以外に方法はない。
「──好きだよ」
出来るだけ優しく聞こえるように、言葉にする。感情を伝える為だけじゃなくて、自分を律する為に。
頭の先から足の先まで指を這わせ、好き、可愛い、好き、と思うまま口にした。全てが愛おしいのだと唇を落として行く。
遙は事あるごとに、人間ではないから作り物だからって言うけど、触れれば触れる程、それが何の言い訳にもならない事を実感した。しっとりとした肉の弾力も、扇状的にすら感じる骨の感触も人と少しも変わらない。
しかも、さっきから何度もびくびくと体を震わせるから、じっくり反応を見たい気持ちと今すぐ全部放り出したい気持ちとが行ったり来たりしている。たぶん、あとちょっと理性がぐらついたら、あっという間に貪り尽くす。
片膝を立てさせて制服を着たままの腿の裏を柔らかく掴み、仄白い下腹部を舌先でくすぐる。なんていう危うい触れ方をしながら自然と、この先に触れたらどうなるんだろうと過った瞬間、息が詰まりそうな程に心臓が跳ねた。
いや、まずいだろ。ベッドに押し倒してから、息を飲む音は聞こえても遙は一言も喋ってない。「セックスできたら」って言ったけど、こっから先は改めて確認しないと駄目なやつな気がする。
そう頭の中では警告が鳴っているのに、スラックスの隙間から足の付け根をなぞりそうになった時だった。
「…………どう、しよぅ……。」
小さな声が頭上から聞こえた。
「どうしよう……どうしよう、どうしよう、どうしようっ」
「遙?」
泣きそうな声で繰り返される躊躇いに驚いて体を起こすと、相変わらず遙は腕で顔を覆っていた。けれど。
「こんなの、おかしいのに。あるはず、ないのにっ。」
少しだけ覗く頬が朱く染まっていた。
「拾って、しまうんだ。愛し合う者同士が、体を重ねる光景を。当て嵌めてしまうんだ。その内の一方を、自分に。反映、させてしまう。その人の感覚も感情も……。」
顔を覆う腕を、怖がらせないように軽く押すと抵抗なく解けた。遙が弱り切ったように眉を下げたまま、こっちを見上げる。その黒に戸惑いと、熱を存分に含ませて。
「どうしよう……。どうしたら良い?」
月が潤んで、夜の淵から一筋流れた。
「昴っ」
掠れた声で名前を呼ばれて、理性をふっ飛ばさなかったオレは偉い思う。静かに息を吐いて、目尻に残った雫を唇で拭った。
「そのままで良い。合ってるって、思ったから選んだんだろ?」
「しかし、こんなの、絶対におかしいんだ。必要なくて、出来なくて。なのに……」
「じゃあ、今から覚えて。おかしくないって。好きだからだって。何度でも選ばせてあげるから」
あやすみたいに頭を撫でて、丁寧に唇を喰む。緊張で強張っている首筋から肩までを指で辿ってから手を握った。
力抜いて声も我慢しないで、そう上手。と、言葉に合わせて導いてやれば、遙は判断力がなくなってるのか、未知の感覚に取り敢えず対処しなきゃってなっているのか、辿々しいながらもオレに応えてくれた。
「はぁっ……ん、あぅ……ん、あ……っあ」
「ここ好き? 気持ち良い?」
「わから、な……あっ、待て、そこはさっき……っあぁ!」
腰の骨をくるりと舐め上げると背を仰反らせて遙が声を上げた。
居た堪れないって感じで口を押さえようとするから、往生際の悪い手を目敏く見つけてベッドに縫い止めると、恨めしそうに睨まれた。
「駄目だって。教えてくれなきゃ、どこが良いのか分かんないじゃん」
「恥ずかしいという事以外、まともに分かる気がしない!」
「だったら、お勉強しなきゃな?」
「何を学べと……あ! すばる止め、っあ、やだっ、噛むのは駄目だ、舐めちゃ、だめっ。んっ、わからない、から……ふっ、あぅ……いっぱいに、なってしまうばかりで何も……っあっ、やだ、やだやだやだ! 弾くのもぐりってするのも……ぁん! なぁってば、昴っ。」
「こっちは、触っちゃだめ?」
ベルトに手をかけると、遙が息を飲んだ。でも、嫌とも駄目とも言わない。なら良いよな、って言うか本当に嫌がられない限り止めらんないくらい、もしかしてっていう兆しが見え始めたそこに、触れて確かめてみたくて仕方がなかった。
金具が擦れる音に滅茶苦茶どきどきするし、ホックを外す手がちょっと震える。羞恥と緊張と恐怖心とで真っ赤になった遙を、少しの変化も見逃したくなくて見つめたまま手を差し入れた。
「……あ」
先に声を出したのはオレの方だった。遙は息を詰め、びくんと腰を浮かせる。その反動で更に押し付けられたソレの熱さと硬度に喉が鳴る。
「やっば……。あるんだ、ちゃんと。つーか、機能してんじゃん」
感動すら覚えそうになりながら形を辿るオレを他所に、遙は信じられないとでも言うようにふるふると小刻みに首を振る。何故? 嘘だ、と小さく独り言ちるのが聞こえた。
「嘘じゃないって。硬くなってるってそういう事だろ。それに……」
「ぅあ……!」
柔く握り込んだそこを擦り上げて刺激すると、先端からとぷりと蜜が溢れた。
「これも、そういう事だろ?」
衣服を引き下ろし、溢れ出た液体を塗り広げて引き攣らないようにしながら、快感を覚えさせる。絶対に良いだろうなって所を緩く刺激して、そうすると全体がどうなるのかを、辿ったり握り込んでやったりしながら覚えさせた。
「ぁっ……あっ」
見る間に眼が潤んで、辛そうに遙は眉を寄せる。虐めてるみたいで可哀想になるのに、行き渡るにつれて疼きに変わった。
嬲る手指に込めた期待をことごとく叶えてくれる無垢だった人に対して、性急に事を進めないでいられる理由は、とっくに優しくしたいからだけじゃなくなってる。
くちゅくちゅとした水音をわざと立ててやると益々反応を強くする様が、酷く淫猥で堪らなくなった。
「なぁ、わかる? 遙のここ『気持ちいい』ってなってるって。とろっとろのもの作って、溢れさせて。オレに『もっと』って言ってるんだって」
「っあ、ん、あんっ、やだ、わかった、わかった、からぁ! っあ、あぁぁ……!」
「ここだけじゃなくて、びくってしたり声出ちゃったりするのが全部、遙の『気持ちいい』だから、覚えて」
遙が肯定と嬌声が混ざったような声を漏らして、こくこくと頷いた。達成感と一緒に、押さえ付けていた欲望がぐわんっ、と押し寄せる。
「………すばる?」
あ、駄目だ。
オレの動きが不意に止まった所為か、少しだけ正気に戻った遙がことりと首を傾げる。舌っ足らずな上に、初めての快感でふわふわになった顔でされたいつもの仕草は、最後の一押しにしては力が強過ぎた。艶めいた息を吐いた口に、噛み付くようなキスをしてしまう。
「んぅ! ん、んっ……はぁっ、何っ、んんっ」
「ごめん、ちょっと、もう無理」
雑に上を脱いだけど他も全部脱ぐ間がもどかしくて、下着から興奮しきった自分のモノを取り出して遙のに押し当てる。口内を犯しながら二人分をまとめて擦ると、恐ろしいくらいの快感が全身を駆け抜けた。くぐもった遙の声にごめんと思いはしても、手も腰も止まってくれない。
ヤバい。凄い。やばい。なんっだこれ、めちゃくちゃ興奮する。興奮し過ぎて意味分かんねーくらいきもちいい。男の、なのに。全然グロくなかったし、それより感じてくれてんのが嬉しくて気になんなかったけど。でも完全にカタチは自分と同じ性ので、ソレに対してどうしたいなんて考えた事もなかったのに。
「すば、る、っあ、はぁっ、それ、ダメだ……んぁっ、一緒に擦っちゃ、ヤダっ……。あんっ、 あぅ、っあ、ぐちゅぐちゅも、や、っあ、やだぁっ……。すばるっ、すばる……!」
「何それ、死ぬ程、エロいっつーか、可愛い過ぎ。やばい。好き」
合わせた肌が熱くて、縋るみたいに腕を掴む掌に胸が締め付けられて、ヤダとかダメとか言ってるはずなのに『もっと』って聞こえちゃう声が可愛くて。半ば強引に始められて、耐えて震えなきゃいけない事をして来るオレを何度もそんな風に呼ぶのが、どうにかなりそうなくらい愛おしくて。
「っあ、待って、くれ……! 何か、っん……、わかんないけど、ぁうっ、っあ、だめ……んあっ、あ、っあっあっあ、だめっ、やだっ、もぅ、無理……っ」
「こっちも、限界っ。難しいかもしんない、けど、力抜いて。全部、オレに任せて」
少しでも安心して欲しくて小さな頭を抱えると、細い腕が背中に回された。その仕草も、遙がただの紛い物だと切り捨てた汗で濡れた感触も熱も、どれもが遙の感情の表れで、オレの気持ちへの答えだ。
「あぁっ!」
もう一度好きと伝える余裕もないまま、お互いをたかぶらせる。掌の中で思いが絡まって膨れ上がって、そして、白く弾けた。
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