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55.一週間目

 約束っつーか決戦っつーかの一週間目が来た。  自分の気持ちを確かめるからお前も考えろ。って一応は言っておいたけど、早々にオレの気持ちは決まったし、一緒に出かけた時なんて可愛い過ぎてもっかい告白しそうになった。  あんだけだだ漏れてたら言ってるようなもんだろうけど、本当に先走って言葉にしたが最後、遙はテンパってその勢いのまま拒絶する。だから遙の性格的に、きちんと期限一杯まで待たれたら下手な言い逃れは出来なくなるだろうな。っていう狡い考えもあって、今日まで言うのを我慢出来た。 「で、だ」  一度考えをまとめる時間を取るべきだ、という遙の主張……っていうかお願を尊重して昨日は一日会わなかった。今日も今日で、学校だと誰かしらは近くに居たのもあって、部屋に二人きりっていうのが何かドキドキする。  遙はオレ以上に緊張してるみたいで、ちょっと上がった肩はガチガチだし、夕日の色かも分からないけれど、ほんのり顔が赤いように見えた。 「オレに合わせる必要ないし、はっきり答え出てないとこあっても良いから」  そう言われて頷く瞬間に、遙は眉間と唇を強張らせる。聞こえてはいるし反応も出来るけどいっぱいいっぱいです、って感じが物凄く伝わって来てちょっと可哀想になった。 「遙は……どうしたいって思った?」  オレから言ったら、素直な気持ちを伝えにくいかもしれない。でも、言い辛いなら先に言ってあげよう。そう思っていたけれど、予想に反してほんの数秒間を置いた後、その事だが……! と遙は声を上げた。 「感情のサンプリングしか出来ない俺では、恋愛に求められるような高度な心情のやり取りは不可能だと考える。昴にとっては、今はまだ衝動の方が強く、俺がどうであろうと気にならない状態なのだろうが、我に返った時にお前の失うものが大きすぎる。  故に、俺はお前の申し出を受け取る訳にはいかず、これまで通りの関係を続けて行く方が適切であると判断した。」 「そういう、出来る出来ないじゃなくてって言ったじゃん」  一気に捲し立てた遙は何ていうか、凄くらしくなかった。  言ってる内容は一週間前と大差がない。避けてるんじゃないかって勘繰りたくなるくらい、肝心な部分が抜けている。 「遙の気持ちがどうだったか、ってのが聞きたいんだけど」 「だから、お前の不利益になる事は出来ない。それが俺の気持ちだ。」 「不利益って何だよ。付き合ってみてやっぱ違ったなとか、好きじゃなくなったとかって、そういう括りじゃなくない?」 「人間同士であれば不確定要素はあって当然だが、俺の場合は大方の予測が付く。駄目になる事が分かりきっている事柄に、みすみすお前の時間を浪費させる訳にはいかない。」 「それだって遙の中の予想じゃねぇの? 急に好きだとか言って勝手に期限決めたのは悪かったけど……。今すぐ完璧な恋愛出来ないからってだけなら待つよ? 一週間でも一ヵ月でも」 「必要ない。平行線を辿ろうとしている今が正に、感情での交流に障害がある事をはっきりと示している。」  何だよその、これ以上話す気も考える気もないみたいな切り捨て方。  好きになってくれたはず。なんて自惚れるつもりはないけど、ちゃんと気持ちは伝わってて、その上で考えてくれてると思ってた。あの日の帰り、なかなか目を合わせてくれなかったのも、玄関前で髪を撫でたら凄く驚いていたのも、少しは何か感じてくれたからじゃなかったのか。 「まともに話し合えてないんだから当たり前じゃん。勝手にこっちの気持ち想像して『いつかそうなるから無理』って言われたって、納得出来ねぇだろ」  それは! と言った遙が僅かに腰を浮かせる。中途半端なところで止まったかと思うと、少し苛々した諦め顔でため息混じりに座り直した。 「……仕方がないだろう。俺の気持ちを重視したいと言われても、そもそもがこういった事態を想定して作られていないのだ。昴に良からぬ影響を与えないか以外で、何を頼りに決めろというのだ?」 「何って……。本当に、何も思わなかったわけ? 一緒に居てどうだったとか、こういうのは嫌だったとか、逆にこういうのは嬉しかったとか。こういうのが分かれば気持ちがはっきりしそうとか」 「少なくとも、昴の将来に関わる事以上に重要だと感じる点はなかった。勿論、客観的な視点での話であり、冷静でない今のお前の感情を優先するつもりはない。」 「……分っかんねーよ。何がそんな信じらんないの? 何したら信じてくれんの?」 「俺に不足している情報はない。むしろ、言葉を選ばずに言わせて貰えば、お前の考えは些か甘く楽観的だ。」 「何だよそれ」  遙の視線が強くなる。冷徹で、反撃する間際のようだった。 「この身の不調は、進行を遅らせる事は出来ても完治はしない。その事を正しく理解しているか? 関係が深まれば深まる程、重圧と責任感に苛まれる事も。」 「分かっ……てるよ」 「では『自分がどれ程手を尽くそうとも、確実に衰弱して行く』そこにどれ程の無力感とやり切れなさが生じるか、考えていないとは言うまいな?」  喉が詰まって、上手く言葉が出てくれない。言った事に嘘はなくても、避けようがない終わりを意識すると顔が歪んだ。  この一週間で、それを一番考えた。オレに出来る事は限られてる。どれだけもどかしくて不安な思いをするかは、この前突き付けられたばかりだった。 「明るく建設的な将来像を描けないにも関わらず、親密な関係を築くべき理由が俺にはない。この身にはお前の、人間の幸福な未来を守る義務がある。以上が俺の意思だ。」  でも、この人を守りたいと思ったきっかけが、手を差し伸べようと思ったきっかけがだったのかを思い返せば、答えは一つしかなかった。 「極論言わせてもらうけど、遙にちょっとでも楽に生きてもらって、ちょっとでも楽に死なせてやれるなら良いんだよ、こっちは。治んないなら尚更。オレにそれが出来るなら、喜んでやる」  今度は反対に、遙が返事に詰まった。考えが甘いとか言っといて、そっちもそっちで人の事見くびってただろ。  人生変えてもらったんだ。だったら、この人に捧げないで他の誰の為に使えって言うんだよ。 「忘れているのかも知れないが、お前でなくても俺に適合する人間は存在する。それに、お前の自尊心を満たす代わりに俺に固執させるような関係では、いずれ破綻すると言っているのだ。」 「知らねぇ奴に任せるくらいならオレがやるっつってんだよ。好きだから助けたいし支えたい。それで笑ってくれたら嬉しいってのは、依存じゃないだろ」 「だから、その好きと言うのが誤認だと……。それに、もし限りなく近い感情であったとしても、報われる事はないのだぞ。精神面だけでなく、肉体的な問題があるのだから。」 「何? どういう事?」  遙が真面目な顔を更に硬くした。たぶんオレが想像してないような問題があるんだろう。限りなく近いとかほんっと意地でも認めようとしないよな、って文句は黙っておいた。 「いいか? この身は外見を人間に似せているだけで、人間的な機能は全て疑似的なものだ。お前は恋仲になった際を想像するにあたり、俺が魔術で女性の体に成りさえすれば、様々な問題を解決出来ると考えていただろう。  しかし、繁殖を想定していないこの身は、それに伴う性交渉の機能を再現出来ない可能性が極めて高い。満足な性体験は望めないはずだ。口唇の接触など、唾液に似た質感の液体が生成されるだけなので、医学的な利点もないからな。全ての点において、この身に恋愛は不可能なのだ。」  ……あー、そう。そっちもか。つーか、自分の気持ち云々の方は途中で考えんのブチ切ったみたいにしてんのに、そういう不安要素はちゃっかり拾って来てんのか。 「分かった」  オレが立ち上がると同時に、遙の緊張が増す。直ぐ隣まで間を詰めると、狼狽に変わった。それを無視して、一歩後ずさった人を見下ろす。 「つまり、キスしてセックス出来たら良いんだな」 「それだけではないと言っているだろう!」 「けど、少なくとも二個は解決するんだろ? 話してるだけじゃ変わんねーなら、試してみるしかないじゃん」 「冷静に考えろ。意地で行うべき事ではない。」 「意地じゃねーよ。つっても信じないだろうから、確かめて。遙も嫌かどうかと、出来るかどうか」 「だから、俺に関しては不可能だと──」 「たぶん、だろ? あと、見た目も変えなくて良い。今んとこ男としたいと思った事ねーから、勘違いして突っ走ってるだけなら、途中で気付ける」  で、どうすんの? と聞くと、これも断るつもりじゃねーよなって雰囲気を感じたのか、遙は困ったような悔しいような感じで小さくて唸った後、鋭くこっちを見上げた。 「どちらかが無理だと判断した場合、素直に受け入れられるのか?」 「当たり前だろ」 「ならば……良いだろう。責任の一旦は俺にもある。そうまでしなければ納得がいかないのであれば、やってみるが良い。」  色気もクソもないし、つーかそれオレの台詞だけど? って、感想の代わりに「座って」とベッドの方を指差した。

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