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アニマルセラピー⑨
ハァ〜・・・。
翌日の早朝、パチパチと小気味よく響く油が弾ける音を聞きながら無意識に大きなため息をこぼす。
昨日は逃げるようにカフェを出た後、後を追うように出てきてくれた匠にすごく気を使わせてしまった。
静に言い返してしまったあの時は冷静なつもりだったけど、蓮先輩と関わりのない静が決めつけるように蓮先輩の事を悪く言ったのが思ったよりもショックだったみたいだ。
心配はかけちゃうだろうなって思ってたけど、あんなふうに噂だけで人間性を決めつけるような事を言う人じゃないって思っていたから、凄く衝撃を受けてしまった。
あの時の静、見たことないくらい怖い顔してた。
あんな顔、させたいわけじゃなかったし、静は大事な友達なのに。
でもやっぱり僕、昨日言った事撤回する気は無いんだよなぁ〜・・・。
今日、どんな顔して会えば良いんだろう。
ハァ〜・・・。
手だけはいつも通り手際よく動かしつつも、何度目かのため息を無意識に溢す結翔をチラチラと心配そうに伺う父。
ゆいくん、昨日はあんなにウキウキしてたのに、今日は物凄く憂鬱そう。用意したお弁当箱がさりげなく1つ多いの、なんでって聞きたいのに聞けるような雰囲気じゃない・・・!どうしたのゆいくん!誰かにお弁当作ってこいって強要でもされてるの!?でも思春期の息子にあんまり突っ込んだこと言うんじゃありません!見守る事も愛ですよ!って昨日ハニーに怒られたばっかりだし・・・。あぁゆいくん〜!!!
なんて荒ぶる父の心中を1ミリも察する事なくお弁当を作り終え、起きてきた家族の声掛けに心ここに在らずと言った感じでサラッと流し、終始上の空で家を出た。
残された家族は、原因はゆいくんが相談してくるまで直接聞かない、でもゆいくんを元気付けるために今日は自分達が早く帰ってゆいくんの為にゆいくんの好きなものだけの夕飯を作ろう、としっかりと頷き合った。
✱✱✱
ぼんやりとしたまま教室に入ると、もう既に3人は登校していた。静の席の周りに集まっていたみたいだが、僕が登校してきたのを視界に収めた瞬間匠がおはよう!と僕の方へ駆け寄ってきて思いっきり体当たりされた。
突然の事にポカンとしていると、匠にそのままぎゅうぎゅうと抱き付かれて思わずフフッて頬が緩んだ。
「おはよう匠!どうしたの?朝から可愛いね?」
「だって昨日ゆいが死にそうな顔してたから心配してたんだもんっ!僕、結局最後までゆいの事元気にしてあげられなかったし・・・。ね、昨日話せなかったお昼の事教えて?僕、ゆいから田原先輩の話聞きたいな。ほら、コッチ!」
そう言って僕の腕をグイグイと引っ張り、静の席から離れている僕の席まで連れて行かれた。
「・・・ごめんね。気を使わせちゃったよね。僕、昨日匠が追いかけてきてくれただけで嬉しかったし励まされたよ。ただちょっと・・・モヤモヤしちゃって。2人の所、行かなくていいの?」
「僕はね、何があってもゆいの味方なの。それに静には陸が居るから大丈夫だよ」
✱✱✱
───気持ちは分かるけどさ、ゆいを傷付けるような言い方をした静に僕まだ怒ってるし。だいたい静も分かりにく過ぎない!?気付かれないなら気付いてもらえるようにアピールしろよヘタレッ!
普段あんな言い方をしない静がなんであんな風に言ったのか疑問だった匠は、結翔が登校してくる前に静は結翔の事が好きなのだと聞いてストンと納得した。
なんだ、嫉妬か。
それに陸が静の気持ちを知っていたなら、あの時人の気持ちに聡いあの陸が一緒に食べられないのかだなんて言い出した事も腑に落ちる。
でもやっぱり気持ちは分かるけど、それをゆいにぶつけて良いかと言われれば僕としての答えは否だ。匠の中では初めて出来た親友の気持ちが1番大事で、嫉妬したとはいえ自分の気持ちを伝えもしないであんな風に結翔の行動を制限するのはお門違いってもんだ、と匠は思っている。
ゆいを取られたくないなら相手を貶めるんじゃなくて、自分に振り向いて貰えるようにアタックし続けろよと思うし、人の色恋沙汰に割と聡い筈の僕が気付かないくらい行動にうつせていないのに一丁前に嫉妬をぶつけるなよ、とも思う。
好きな相手に拒絶されるのが怖いのはみんな一緒だ。
でも少なくともゆいは頑張って好きな相手と一緒に居ようとしてる。
だから僕はゆいが好きになった人の事を悪く思うのはやめたんだ。
噂より自分の知ってる相手を信じるっていうゆいの考え方、凄く好きだなって思うし。
それにゆいから聞く田原先輩の話は、なんだか暖かくてゆいの事大事にしてくれてるっぽいなって感じるから。
───ゆいを泣かせた時は僕だって黙ってないけど。
静には僕が居なくても陸がついてるから大丈夫だ。
陸は頼りなさそうだし、実際頼りない所もあるけど人の心に寄り添える凄く優しい彼氏なんだ。きっと静の気持ちにも寄り添いつつ、あれは良くなかったよねって嗜めれると思うんだ。
僕、そういう陸が大好きなんだよなぁ〜・・・。
なんて、最終的に心の中で盛大に惚気ながら、まだ浮かない顔をしている結翔を笑顔にするべく、田原先輩の話を聞き出そうとする匠であった。
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