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1.大晦(5)
隆人が戸を引き開けると、そこには鳳側凰側の世話係が一人ずついた。
紫と基が声をそろえる。
「本日は大晦 にございますれば、鳳様凰様は今年の憂い、汚れ、その他もろもろの悪しき事どもはそれぞれにお祓いあそばされ、清らかな御身にて新しき一年 、お迎えくださいませ」
要は新年まで別々に過ごせと言っているらしい。だが定めはそうではないし、禊ぎを済ませた後に汚れを祓うというのはどういうことなのだろうか。隆人は特に何も言わなかったが、何かすべきことがあるのだろうか。
今更のように定めをきちんと読まなかったことを後悔する。詳しい内容はわからなくても、何をさせられるか、何をされるかくらいは把握しておかなくてはどうも落ち着かない。
「鳳様、凰様の御座所へご案内申し上げます」
頭を下げた後、二人は立ちあがった。
「鳳様はこちらへおいでくださいませ」
そう基が言った。続いて紫が遥に向かって、
「凰様はこちらへおいでくださいませ」
そう頭を下げた。
別々に案内されるとは思わなかった。ひとつがいの鳳凰を、一羽ずつの鳳と凰に分けることに意味があるのか。行く場所はあの鳳凰の間のはずだ。凰の入る牢の中と外の違いはあっても同じ部屋に行くのに、なぜ一緒ではないのか。次々と疑問が浮かぶ。だが、それが定めならば従うしかない。促されるまま遥は紫の示す方へ行こうと片足に体重をかけた。
「待て」
隆人の声に驚いて振り向く。しかし驚いたのは遥だけだ。紫も基も頭を垂れて隆人の言葉をきいている。
「我らは古の鳳凰様の御前にて晴れて披露目を果たしたひとつがい。鳳凰は死をもってしても分かつことのかなわぬ交わり。何故 そを分かたんと欲するか」
紫がそれを受ける。
「ひとつがいであらせられようとも、触れたまいし汚れ、なしたまいし過ちは異なれり。それぞれが不浄を祓われ、無垢な御身となりて相対すれば、鳳様凰様とも清いまま新たなる一年を過ごせましょう」
隆人と世話係のやりとりに、遥は困惑していた。一緒に行くのか。別々なのか。
そのとき突然隆人が振り向いた。
「そなたはどのように心得る、わが凰」
いきなり水を向けられ、遥はうろたえた。おそらくは、遥の読まなかった部分にこのやりとりのことが書いてあるのだろう。
言わなくてはいけない台詞があるのだろうか。だとしたら遥にはわからない。
皆の視線が突き刺さるように感じる。
「凰様の思し召し、なにとぞお聞かせ賜りたく存じます」
「なにとぞお答えを賜りますよう、お願い申し上げます」
紫と基の立て続けの丁寧な言い回しに悪意が含まれているような気がしてくる。
何を答えればいいか迷った遥は、無意識に隆人を見ていた。
隆人は心持ち頭をかしげ、遥を見返している。その表情から読み取れるものは何もない。遥が定めのすべてを読んでいないと知っているのだから、ヒントを与えてくれればいいのに、隆人は無表情だ。
焦る遥に世話係の二人が迫る。
「お答えくださいませ」
「なにとぞお答えを――」
その瞬間、遥の中で何かが外れた。
遥はしっかりと顔を上げ、紫と基、そして隆人を見返した。
「俺は隆人さんと――つがいたる鳳とともに行く。鳳凰の間に行くのなら、そろって行く方が自然だ。誰にも邪魔はさせない。さっき禊ぎを済ませた俺たちにはもはや汚れも過ちもない」
そう言い放つと隆人の前に立ち、その目を見上げた。
「俺も一緒に行く。いいよな?」
傲岸不遜な答えと謗 られることは覚悟の上だった。
定めには舌を噛みそうな丁寧な言葉で言うべきことが書かれていたのだろう。だが読まなかった以上、正解はわからない。わからないのだから、後は自分の思うとおりにするしかない。それが間違っていたってかまわない。どうせ叱られるなら、言いたいことは言った方が絶対いい。
じっと遥を見つめ返していた隆人の口元がほころんだ。
「許す」
そして隆人は二人の世話係に告げた。
「我が凰は、そなたらの与えし謎かけを解いた。この者に二心なきこと今も変わらぬ。しかと心得よ」
その場に二人がその場に跪き、深々と額ずいた。
「凰様の御心 しかと承りましてございます」
「御披露目の折にも勝る鳳様への御心 ばせ類 なきものと、我ら鳳凰様の眷属一同、ありがたく御礼 申しあげます」
遥は絶句した。なぜ礼を言われ、頭を下げられているのか。そもそも謎かけとは何の話なのか。起きたことが理解できていない。
世話係が姿勢を直した。
「鳳凰様の御部屋にご案内申し上げます」
「お供いたします」
紫が先に立ち、基が後ろに従う。その間に隆人と事情の飲み込めていない遥が歩き出す。
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