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3.一月二日、三日(13)

 体を隆人に向け、その顔をしっかりと見据えた。 「年越しの儀ってのは、結局何だったんだ? いろいろ言われたけど、よくわからない」  少しの間、隆人が考えるようすで視線をそらした。その隆人を見つめる。  血色がよく温かそうな頬、はっきりとした眉、きれいな線を描く鼻梁。そこに触れてみたい誘惑が心の底から湧いてきた。そっと唇を寄せたら、どんな感触だろう。  そこまで想像して遥ははっと我に返った。頬に血が上る温かい感覚に慌てて深く呼吸し、気を静めた。  隆人の視線が戻ってきていた。 「年越しの儀には対象となる者の立場の違いにより機能が異なる。たとえば鳳、凰では意味が違う。凰であってもその年越しが初度かそうでないかでまた違う。とりあえずお前にとってどんなものだったか、何を試されていたかを話すべきだな」  話は長くなりそうだと思った。 「前に話したとおり、年越しの儀では凰は鳳を慕っているか、すなわち本当に鳳を守っているかどうかが試される。お前は一族外の凰として披露目で証立てを成し遂げているから、少なくとも俺とセックスができ、しかも馴染んでいることは明らかだ。それでも四日間、俺とだけ過ごしていれば本当にお前が俺の方を向いているか、俺を本当に慕っているかは自ずと見えてくる」  隆人が遥の頬に手で触れた。 「お前は誰の目から見ても俺を慕ってくれているのが明らかだから何の問題もなかった。仲の悪い二人ならば、四日間もともに過ごせば相手から遠ざかろうとする態度が見えてくる。仲がよければ寄り添う、俺たちのように」  ちらっと送られた視線に儀式の間の自分の振るまいが思い出され、思わず下を向いてしまった。頬が熱い。 「大晦の禊ぎの後、世話係はお前を試した。だがお前は俺と一緒にいたいと答えた。それからの三日間お前は俺と過ごすことをまったくいやがらなかった。俺が求めれば応じ、何度も上りつめた」  その言葉に思わず唸った。言葉で聞かされると、いっそう羞恥に居たたまれなくなる。隆人が不思議そうに訊ねた。 「恥ずかしいのか?」  落ち着いた口調に腹が立った。 「あ、当たり前だろう。世話係が全部聞いてたなんて思ってもみなかったし」 「控えの間の世話係は凰と鳳の仲を評価するためにそこにいるんだ。仕方あるまい」  鳳凰の間という特別な空間で、つがいの仲の良さを示す儀式と解釈していた遥は、隆人と二人で過ごせることを単純に喜んだ。いつもより快楽に我を忘れ、悦びに涙し、もっととねだって、甘えきっていた。すべてが終わった今、そんな自分を思い出すと、耳を塞いで叫びだしたい気がする。 「じっくり聞き耳を立てられるのは初度だけだから、安心しろ。初度の年越しを果たした以上、来年からは襖のすぐ向こうには座らなくなる」  隆人に慰められ、遥は腹の底から吐くような深いため息をついた。 「わかった」  さしのべられた指先が頬に触れた。促されて顔を上げる。  隆人が静かに言った。 「悦べる凰はよい凰だ。まわりのことがわからなくなるほどだったのなら、最も望ましい姿だ」  遥はとまどいに瞬きをした。すると怪訝そうな表情をされた。 「何だ?」 「怒られるかと思った」  正直に答えると、驚かれた。 「どうして」  追求につい引き気味になってしまい、上目に隆人をうかがう。 「恥ずかしいなんて思うなって」  隆人にかすかな苦笑が浮かんだ。 「恥ずかしいという気持ちが上りつめる邪魔になることもあるが、かえって興奮のもとになることもある。羞恥心は慎みにも通じる。完全にゼロでは図々しくなるだけだ。それに適当な恥じらいにはそそられる。普段のお前はまるで色気不足だから、それがあってちょうどよくなる」  遥は口を尖らせた。 「色気の持ちあわせがなくて、すみませんね」  言葉尻をとらえてつい言い返してしまった。隆人は苦笑のままだ。 「年越しの儀では、鳳も試されている」  突然話の流れが変わった。まだ先ほどのもやもやした気持ちは残っているが、大人しく続きに耳を傾ける。 「体の関係を持つべき間ならば、ちゃんと欲望を抱けるか。凰を悦ばせ、上りつめさせることができるか。凰の心を自分に向けさせ、求愛の言葉を言わせることができるか――そういう点がチェックされる」 「求愛の、言葉?」  遥は立ち止まるように隆人の言葉を繰りかえした。 「初度、あるいは初度を仕損じた凰に課せられる再度でのみ、世話係の糾弾は行われる。その時、糾弾から鳳に庇ってもらえなければ、凰は年越しを果たせないが、それは鳳も同じだ。年越しの儀は四日間もあり、ずっと側にいる。まして再度は初度から一年もある。なのに凰と気持ちを通じさせることができないのは、鳳にも問題があるとみなされる。人間的に魅力がない。性的に魅力がない――理由はいろいろあり得る」  遥の気持ちはまださっきのところで止まっている。  遥は隆人を好きだといい、愛していると言った。あれは、隆人に誘導された言葉だったのか。雰囲気に流されていただけだったのか。心の底から濁った水がわき上がってくる気がした。

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