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第1話
その日の帰り道、瀕死の触手と出会った。
俺はバイトの夜シフト帰りで疲れきっていた。あんまり疲れすぎてコンビニ弁当をチンしてもらうのも忘れた。不覚。
独り暮らし中の安アパートに帰ってもYouTubeの犬猫動画を見て寝る位しかやることがない。
俺は動物が好きだ。しかし家の都合で飼えず、いたいけな小学生の時分にはからあげと名付けたトイプードルを散歩する友達を見送り、寂しい思いをしてきたのだ。
故に大人になったら絶対犬か猫を飼おうと誓っていたのだが、予算や立地条件が折り合い付かず、大学生になった現在もペット禁止のアパートで暮らしている。
さらばからあげ、フォーエバーからあげ。
関係あるようでないが、さっき立ち寄ったコンビニで買ったのもからあげ弁当だった。賞味期限ギリギリで30%引き、ちょっとお得。こんなささやかなことで嬉しくなれるんだからなんて安上がりでめでたい人間なんだろうとあきれてしまった。
「アホくさいこと考えてねーでとっとと帰ろ」
街灯が等間隔に光る夜道を歩いていると川沿いにでた。川、といっても都会のドブ川だ。両岸と底面はコンクリートで固められ、ちょろちょろと濁った水が流れている。アパートは橋を渡ってすぐそこだ。
大学に行く時はママチャリの後ろに幼児をのっけた主婦やセーラー服の女子高生とすれ違うが、さすがに夜10時すぎると誰もいない。近くのマンションからテレビの音声がかすかに漏れてくるだけだ。
橋の上のアスファルトにはチョークで大小不規則な円が落書きされていた。近所の子どものしわざだろうか。
そういや随分ケンケンパをしてないな、と思い当たる。これでも小学生の頃はケンケンパの達人で売っていたのだ、俺の数少ない取り柄である。小学校低学年まで遡らなきゃ自慢できることがないのかよ、というまっとうなツッコミはおいといて。
「よし」
今だけは童心に戻ることを自分に許す。
くたびれたスニーカーで地面を蹴り、チョークでしるされた〇から〇へ飛び移る。
「けん・けん」
ぶにゅり、靴裏に嫌な感触がした。何だ?路上に目をこらし仰天する。
「ぱあっ!?」
白い円の中で巨大ミミズ……触手がのたくっていた。てらてらしたピンクの体表は粘膜っぽくて、生理的嫌悪をかきたてる。勢い余って尻餅を付いた。
「なんだこれUMAか!?しゃ、写真写真」
反射的にスマホを掲げ、連続でフラッシュを焚く。シャッター音にあわせ触手が伸び縮みする。SNSに投稿したらバズるかも。いや、匿名掲示板に投下するか?
様々な考えが脳裏を駆け巡るも、優先すべきは安否確認だ。
「生きてる……よな」
靴の先でおっかなびっくり突付いてみる。触手が蠢く。何だこれ、状況がまったくわからん。そもそも触手って道端に落ちてるもんなのか、交番に届けるのが正解なのか。最近の飼い犬飼い猫は迷子防止対策でマイクロチップが埋め込まれてるらしいが、コイツは野良触手なのか?
全長50センチほど、横幅は5センチ程度。ミミズと違って節はなく、表面はのっぺりなめらかだ。まず思い浮かべたのはムーミンに登場するニョロニョロ、アレをピンク色にしたら大分近くなる。
さてどうしたものか。無視して行くか。おもいっきり踏んでしまったのが少々後ろめたい。
「ええと……大丈夫?身とかでてない?」
孔の有無もわかんねえけど。
何話しかけてんだ俺の馬鹿。後悔すれども遅し、顔から火がでる。触手は相変わらず地面を這っていた。なんだか元気がない。踏んだせいかと思ったが……
戯れに手のひらをさしだすと体を擦り付けてきた。温かい。犬猫と同じ親愛表現……なのか?うっかりほだされて袋をあさり、弁当のふたを開ける。
「ほら」
からあげを一個、手掴みして投げる。直後に触手が跳びはね、上部に切り込みが入る。そこが口らしい。からあげを上手に咥えて嚥下、お辞儀するみたいに伏せをした。
「おおー……」
控えめな拍手をする。途中で我に返り、もしや肉食かと警戒して距離をとる。しかし触手は無反応だ。どうやら人間には興味がないらしい。
路上に伸びている触手を眺めてるうちに不思議と親しみが湧いてきた。ぱっと見グロテスクだが、案外人懐っこい。試しにしゃがんで聞いてみた。
「うちくる?」
触手は頷いた、ように見えた。
俺は死にぞこないの触手を連れ帰り、バスタブで飼うことにした。今住んでるアパートは犬猫全面禁止だが、触手ならきっとセーフだ。吠えないし。
もともとシャワーしか使ってないんで浴槽は空いている。最初は弱っていた触手だが、三日もたてば元気を取り戻した。手をさしのべるとてのひらにすりすりしてきて可愛い。
「ただいまー」
安アパートの階段を上がり、玄関ドアに鍵をさしこみ回す。片手には見切り品のからあげ弁当。左手の扉を開けてユニットバスを覗くと、浴槽の縁に触手がひっかかっていた。
「お待たせ、腹減った?今やるから急かすなよ」
からあげを一個投げる。喜び勇んで食い付く触手にむかい、他愛ない悪戯心で言い聞かせる。
「うまいか?それな、トイプードルっていうんだ。トイプー弁当。覚えとけよ」
触手は脇目もふらずトイプードルを食べていた。浴槽の縁に掛けてスマホを取り出し、「触手 UMA 研究所 脱走」などの文字列で検索をかける。相変わらずヒットなしで、落胆と安堵が綯い交ぜになった溜息を吐く。
「やっぱ野良触手で確定か。マッドサイエンティストの遺伝子操作の産物……とかじゃねえよな」
ブツブツ独り言をもらす。もちろん触手に聞いても答えない。毎日からあげを与えてるせいか、心なしか肌艶が良くなってきた。表面のテカリが美しい。
「ん?」
画面をスワイプしていた手が止まる。斜め読みしていたネットニュースの見出しがひっかかったのだ。数日前、俺が住む市内の山に隕石が落ちたらしい。
「らしい」なんて曖昧な表現を使ったのは、落下軌道の目撃者はいても、肝心の隕石そのものが見当たらなかったから。インタビューに答えた地元民も不思議がっていた。
興味をそそられて市内の噂を集めた掲示板を覗いてみると、墜落したUFO説をはじめ、まことしやかな都市伝説や陰謀論が書き込まれてて笑っちまった。
触手を拾ってから一週間がたった。今じゃ自力で浴槽を這い出し、俺が留守の間に部屋中探検している。頑張ればツチノコに見えないこともない。結局触手の写真はネットに上げなかった。やらせだの偽物だの叩かれたらやだなあと日和ったのだ。
それにまあ、俺だけの秘密って感じで独り占めすんのも悪くない。謎の生き物を匿ってる特別感がある。
「ただいまー」
今日も今日とて一日の講義を終え、玄関ドアを開けて靴を脱ぐ。
浴室のドアに隙間ができていた。触手が出入りした痕跡だ。壁のスイッチを押して電気を点ける。触手は窓辺にいた。中途半端に引かれたカーテンをめくり、窓の外の暗闇を凝視している。
「やべっ!」
慌ててすっとんでってカーテンを閉める。ご近所さんに見られたら触手を飼ってることがばれる、最悪通報案件だ。
「部屋を移動するのはいいけどカーテン開けるな、騒ぎになるだろ。通行人がショックでぶっ倒れちゃうじゃん」
片膝付いて言って聞かせりゃ触手がしゅんとする。人の言葉わかってんのか?熱心に何を見ていたのか気になり、そっとカーテンの端をめくる。
窓の向こうにはドブ川、さらに向こうには鉄塔が建った山がそびえていた。
「……しょうがねえなあ」
ご主人様がいない間触手は暇を持て余す。風景を眺めて気晴らししたくなっても責められない。
頭をかいてぼやけば、ごめんなさいをするようにすり寄ってきた。触手のぬくもりに癒され、苦笑いでなで返す。
「よしよし」
触手の体表はすべらかだ。
二週間が経過した。新たな発見があった。触手は実に器用なのだ。部屋の明かりのスイッチは身の丈が足りず届かないが、テレビの電源なら点けられる。俺が寝転がってスマホを見てると、肩越しに興味津々覗き込んでくる。好きなバンドのМVを流してる時なんてリズムに合わせて体を振っていた。
「ヘドバンうま。ウェイ系か」
音楽に合わせ頭を上下させるパリピ触手と俺。楽しいひととき。
触手は知的好奇心旺盛で色んな動画を見たがった。もふもふした犬猫がじゃれてる動画や赤ん坊が這い這いしてる動画、時事ニュースや科学知識、歴史の解説系もジャンルにこだわらず見まくっていた。
俺が早々に飽きて窓を閉じようとすりゃ、先端で手の甲を突付いて抗議を申し立てる。
「こんなむずいのツマンねーじゃん、Hな動画見ようぜ」
触手に指図されるのが癪で、わざと催促に背いた。スマホに再生されたエロ動画では、全裸のAV女優が派手に喘いでいる。触手は食い入るように液晶の痴態を見詰めている……てかコイツの目ってどこよ?
Hな動画を鑑賞してたらむらむらしてきた。股間に血流が集中するのを感じる。右手を下着に突っ込み、膨らみ始めた性器をまさぐる。
「んッ……」
スマホを見ながらマスをかく。左手で性器を持ち、右手でしごく。唇を噛んで快感を追い求め、カウパーで濡れた手を巻き付け、繰り返しこすり上げる。
「ッは、ンく」
高まる喘ぎに興奮し、布団に突っ伏して小刻みに吐息をもらす。
触手は肩にのっかったまま、興味深そうに飼い主の自慰を観察していた。一瞬萎えかけたが、触手に見られたからなんだっていうんだと破れかぶれに開き直る。
「ぁあッ……」
カウパーにぬる付くペニスを一際強く擦った直後、不規則な痙攣が襲って射精に至る。指に絡み付く白濁を見下ろし、急速に火照りが冷めていく。いわゆる賢者タイム到来だ。
枕元のティッシュをとって後始末をする間も、触手はずっと肩に張り付いていた。少々決まりが悪い。
「男ならフツーだろ。ヌかねーとたまるんだよ」
俺の言い訳を聞いてるのかいないのか、触手がちょこんと首を傾げる。
俺は外に出れず退屈している触手に好きな動画を見せ、好きな音楽を聞かせ、好きな本を読ませた。触手は懐っこくて可愛い。休みの日は俺のそばを離れず、トイレにも這って付いてこようとする。
「しっしっ!放尿シーン見せる趣味はねェの、シッダウン!」
手の甲で追い立てりゃ不満そうにダンシングし、すぽっと浴槽に飛び込む。……考えてみりゃ風呂がコイツの巣か。どっちかっていうと俺がテリトリーを侵してるのか。
触手を観察してわかったこと。好物はからあげ。排泄孔は存在しない。性格は物怖じせず好奇心旺盛。俺になでられるのが好きみたいだ。機嫌が良いと手のひらにすりよってくる。
「お前どこから来たの?」
戯れに聞いてみた。返事ははなから期待してない。案の定触手は伸び縮みしただけ。質問を変える。
「オス?メス?雌雄同体?」
そもそも性別の概念があるのか疑問だ。案の定触手はきょとんとしている。ある時ふと思い立ち、YouTubeの動画をお手本に簡単な芸を仕込んでみた。
「お手」
胡坐をかいて片手をだす。触手が先端でちょんと手のひらを突く。鼻セレブの落下傘めいたソフトタッチ。
「ちんちん」
成功に気を良くして少し難易度を上げてみる。触手が一瞬戸惑って固まるも、上半身(?)をうーんと伸ばす。
うちの触手は賢い。三歳児程度の知能はあるんじゃないか?
「よーしよしよしよしよし」
ご褒美として余分になでてやり、優越感に酔い痴れる。触手も満足げに踏ん反り返っていた。
コイツを飼い始めてから毎日が少し楽しくなった。
「じゃあいってくる」
月曜日、玄関先まで見送りにきた触手に手を振って部屋をでる。前は「いってきます」も「ただいま」も言わなかった、空っぽの部屋に言っても虚しいだけだ。
触手が待ってるせいか、講義にも身が入る。階段教室の机でルーズリーフを整理してたら、隣に座った沢尻が声をかけてきた。
「ここんとこ上機嫌だな」
「まあな」
「何かいい事あった?最近大学終わるとすぐ帰っちゃうけど、ひょっとして彼女?」
「できねェよ」
「なんだ」
なんだとはなんだ、失礼なヤツめ。ちょっとモテるからって調子のりくさったダチに気分を害し、もったいぶって自慢する。
「実はペット飼い始めたんだ」
「犬?猫?ハム?」
「属性でいうと軟体動物」
「ナマコか」
「ハズレ」
「じらさないで教えろよ。名前は?写真は?スマホに保存してねえの、うちの子待ち受けとか」
予想外の食い付きに些かたじろぐ。椅子から身を乗り出した沢尻に質問攻めにされ、そういえばまだ名前を付けてなかったと思い当たる。いくらなんでもペットに名前を付けてないのは不自然だ、正直に話して怪しまれるのは避けたい。目線を上に投げ、即興で仮名をひねり出す。
「ニョロニョロ」
「は?ムーミン?」
「うるせえほっとけ」
「あ~まあ、猫って液状化するもんな。で、お前はそのニョロニョロにご執心な訳だ」
「愛い奴なのよ。ご主人様大好きな寂しがり屋だから、早く帰ってやんねーと拗ねちまうの」
「たとえば」
「部屋中の引き出しって引き出しを開けまくる」
「すげー器用じゃん」
「収納ケースの中身を引っ張り出して散らかしたり」
「悲惨だなあ」
沢尻は俺のペットを長くて白くてよく伸びる猫だと思ってくれたようだ。その後も写真を見せろとさんざんねだられたが、保存してないとシラを切った。
「今度絶対撮ってこいよ。待ってるから」
「忘れなけりゃな」
「私語やめろー席に着けー」
教授の登壇を潮時に話を打ち切り、指に預けたシャーペンを回して講義を聞く。どうにかごまかせた、よかった。にしても、二週間以上一緒いるにもかかわらず名前を付ける発想がとんとなかった自分は冷たい人間なんじゃないか不安になる。
ニョロニョロ……ニョロ助……ニョロべえ。候補を考えとこ。触手の寿命が何年か知らないが、犬猫と同じ位長く生きるんなら、やっぱりちゃんと名前を付けてやりたい。
ルーズリーフの端っこにニョロニョロを落書きする。沢尻が手元を一瞥、怪訝そうな顔をした。
講義を終えた後はバイト先へ行き、夜9時まで働いた。見切り品のからあげ弁当を買って夜道を歩き、アパートをめざす。
「ただいまー」
鍵をさしこんで回す。ドアを開ける。ボロいスニーカーを脱ぎ、明かりを点けようと壁を手探り……
『トイプー、トイプー』
脳内に直接声が流れ込んできた。テレパシーだ。
「ッ!?」
スイッチを押す。明るくなった部屋の中、玄関先で触手が待ち伏せていた。
「お前……喋れたのか?」
びっくりしすぎて腰が抜けた。触手は勝手に袋をあさり、プラスチック容器を開けてからあげをガツガツ食べだす。言葉を失って触手の食事風景を眺めていたら、体の変化に気付いた。
今朝まではなめらかだった胴に数か所節ができ、ピンク色の表面が発熱したような赤みを帯びている。横幅も太くなった気がする。
「成長期か?」
人間だって第二次成長期を迎えりゃ喉仏が膨らむ、成長痛で節々が軋みだす。念のため触ってみた。熱かった。普段が36度なら今は40度位に上がってる。
「待てよ、こういうときってどうすりゃいいんだ。獣医に連れてったほうがいいのか。待て待て獣医って確か名前呼ぶよな、伊佐々坂ハチとか磯野タマとか」
名無しで連れてくわけにはいかないと頭をフル回転させてる最中、脳裏に弱々しい鳴き声が飛び込んできた。
『トイプー……』
「よし、お前は今日から小田原トイプーだ!」
『トイプッ!』
指さして宣言すれば触手改めトイプーが嬉しそうに跳びはねる。気に入ってもらえたらしくて何よりだ。にしてもコイツ、ショタを演じる女性声優みたいな声で喋るな。
ぽちぽちとボタンを打って調べるもスマホは役に立たない、「触手 熱 下げる」で検索しても欲しい情報が得られず空振り。氷嚢をあてる?水をかけて冷やす?ほっといて大丈夫なのか、もし死んじまったら……
『トイプー』
悶々と悩んでる間も触手の身体は熱く脈打っていた。脳裏には絶えず思念が流れ込んでくる。
誰にも相談できない、俺が何とかしなきゃ。触手と過ごした日々の記憶が脳裏を駆け巡り胸が焦燥を煽る。
俺のお手に応じるトイプー、からあげを踊り食いするトイプー、ご機嫌な音楽に合わせてヘドバンするトイプー……どんな無茶ぶりにも精一杯の体当たりでこたえてきたっけ。もしコイツが死んじまったら?考えたくもない。俺はまた寂しい一人暮らしに逆戻り、空っぽの部屋に「いってきます」「ただいま」が虚しく吸い込まれるだけの生活が続くのだ。
咄嗟に触手を抱きかかえ、浴室に飛び込んでコックを捻る。
『トイプー!?』
「ごめんな!」
批判がましい叫びに脊髄反射で謝罪し、浴槽に突っ返すなりシャワーで放水。
『トイプー!』
「こら暴れんなって、しかたねえだろ熱下げなきゃ!」
元に戻ってくれますようにひたすら祈り、全体をまんべんなく冷やしてく。水責めに腹を立てたのか、触手が肥大していく。さらに枝分かれして大小複数の触手を生じ、俺の足に絡み付く。
「え」
触手が下半身に巻き付いて締め上げる。振りほどけない。びしょ濡れの触手がシャツをめくって素肌をまさぐり、下着の中で性急に蠢く。
「あッ、や」
抵抗する声が尻すぼみになる。触手がぬるぬるした粘液を分泌し始め、それが余さず素肌に塗り込まれる。トイプーがまた太くなった。足を滑らせ浴槽にひっくり返りゃ、ここぞとトイプーがのしかかってきた。じゅぷり、トイプーの体液は粘着力が強い。
「やめろ離れろ、言うこと聞けよトイプー、ッは」
慌てふためいて引き剥がそうとするもトイプーは従わず、うぞうぞ蠢く触手が好き勝手をしだす。生まれて初めて乳首を抓られ、鋭い性感にびくりと仰け反る。腰に巻き付いた触手が姿勢を固定し、別の一本がズボンごと下着をずり下ろし、萎えたペニスをねちゃねちゃといじくり出す。
「やアっ、ぁあっ、気持ち悪いッよせ」
嘘だろ、触手に犯されてる?エロ漫画でもあるまいし。どうにか立ち上がろうと縁を掴んで踏ん張るも粘液で足が滑って転ぶ繰り返し、その間も触手の愛撫は止まらず激しさを増していく。
「あッ、ぁッ、ふぁあっぁ」
想像を絶する快楽に腰が崩れ落ちる。俺、変だ。触手に犯されてるのに気持ちいいのが止まらない、乳首とペニスが勃ちまくってる。トイプーの体液が肌に刷り込まれる都度体温が上昇し、体の奥の性感がこじ開けられる。
『トイプッ、トイプッ!』
「やめろトイプー、俺は餌じゃねえ食わないでくれ!」
トイプーがハッスルする。俺は触手とローションレスリングをする。童貞なのに、女の子とシた事もねえのに、何でご都合よく気持ちよくなってんのかマジ理解できねえ。後孔がじんじん疼いて、半勃のペニスがカウパーの濁流を滴らせる。
「あッふぁッひあッ」
『トイプッ、ププッ!』
「~大人しくしてりゃ付け上がりやがって、いい加減にしねえとブッ殺、ンぐっ!」
トイプにレイプされる。浴槽の底に倒れてもがく俺の口に、ぶっとい触手の一本が押し込まれた。じゅぷじゅぷ、唾液と体液と粘液をいやらしく捏ね回す音が耳を犯す。
「んッぐ、むぐっ、んンっ」
息ができず苦しい、酸欠で頭が朦朧と生理的な涙が滲む。触手が柔く敏感な口の粘膜をかき回し、別の触手がビンビンにおっ勃った乳首を根元から搾り立て、別の触手が太腿に巻き付いてペニスを擦り、別の触手が後ろに回ってアナルをせっせとほじくる。
「ムッ、んぐ、む――――――ッ!!」
シャワーの音が遠のいて急激に現実感が褪せていく。口ん中をめちゃくちゃに凌辱され、下顎の窪みにたまった唾液が濃厚な糸を引く。泣いて悶える俺をさらなる衝撃が襲った。乳首をいじり倒していた触手が5センチ開口し、淫靡に蠢く微細な触手が生じたのだ。
「ひっ、ひぅ……」
『ププププ』
目の前の光景は悪夢を思わせた。低予算のモンスターパニック映画の方が近いか。喉まで詰め込まれた状態で必死に首を振るも、トイプーはずりずりと這いずって、繊毛っぽい小触手で俺の両乳首を苛みだす。
「ンっ、ンん―――――――ッ!」
やばいこれ、癖になる。頭がびりびり痺れて不規則な痙攣が襲い、軽く絶頂する。相変わらず口の中を蹂躙され、乳首は何百何千何万の繊毛で微に入り細に入りくすぐられ、ぬるぐちゃと触手に絡まれて勃起したペニスが解放を求めてヒク付く。
「ぐッ!」
好奇心旺盛な触手がアナルにめりこんで直腸を探検する。催淫作用のある粘液が粘膜に吸収され、排泄器官が性器に作り替えられていく。
「んっ、ふッ、あぁッ、ふぁッ、んぐ」
上の口と下の口を同時に塞がれ犯される。触手が出たり入ったりして意識を散らす。この触手、俺のペニスより太い。尻ン中でまた膨らんでみっしり圧迫感が増す。前立腺を激しく突きまくる律動が全身に広がり、絶頂へと追い上げられる。
イく。
『ププーッ!』
「~~~~~~~~~~~~ッ!」
触手が一気に奥まで貫くと同時にペニスが白濁を放ち、激しく仰け反る。
「はあっ、はあっ、ぁあ」
俺の射精を見届け、ずちゅりと糸引く触手が上下の口から抜かれた。体力を使い果たして起き上がれない。目の前には未知の怪物がいる。ピンク色の表面は臓物みたいにいかがわしくテカり、大小無数の触手が滑稽に波打っている。
トイプーへの愛着だとか親しみだとか、そういうのは綺麗さっぱり消し飛んだ。
コイツはおぞましい怪物だ。
人の言葉が通じないバケモノだ。
『プー』
「くんなばけもの、うちからでてけ!」
底に落ちていた石鹸を拾い、力任せに投げ付ける。石鹸はトイプーに当たって跳ねた。
トイプーは一瞬硬直し、それから哀しげに萎んで『プー……』と鳴く。
今だ。
「ぬあっ!?」
しょげてる隙を突いて脱走を企てるも、浴槽を跨ぎ越しスライドドアに手を伸ばした瞬間に引き戻された。片足首に巻き付いた触手の圧が強まり、また浴槽に引きずり込まれる。
「ざけんなやめろよせ、触手にヤられるなんて冗談じゃねえよ、エロ漫画好きでもそっちの趣味はねえんだよ!」
めちゃくちゃに手足を振り回して抵抗するも、トイプーはまるで構わず第二ラウンドをおっぱじめる。
「あッ、ぁあっ、ぁッンあ」
その日は都合三回犯された。体中の孔って孔に突っ込まれ、搾り取られた。
最悪だ。俺の初体験は触手だ。今のトイプーは全然可愛くねェ、理解不能なクリーチャーに成り下がっちまった。
俺は触手を飼っていた。
ところがトイプーは反逆し、あっさりと下剋上を成し遂げ、過去に自分がされていたように飼い主を浴槽で飼っている。
『プー』
触手に飼育される地獄の日々。幸いにして蛇口をひねれば好きなだけ水が出てくるので、それで腹は膨れた。
俺が浴槽から出ようとするとトイプーは怒り、四肢に触手を絡ませてめちゃくちゃに犯しまくる。
「あッあッあッ、やっそこだめっイく、イっちゃ、すげ」
『プププ』
「俺が悪かった、謝る、謝っからもうやめっぁあっケツおかしッ、こんな無理っ奥までずこばこ」
浴室のタイルの上で、スライドドアから上半身だけ出した状態で、何度も何度も凌辱された。触手は万能だった。俺の中に眠っていたありとあらゆる性感を暴き立て、倒錯した快楽を仕込み、躾け、抗う気力をくじいていく。
「やめ、トイプーそこっは、ッは、小便する孔だけは見逃してくれ痛たッ、ぁッ、あッ、ひうっぁ」
トイプーは日増しに過激になる。行為は次第にエスカレートしていく。後ろ手を縛り上げられた状態で前のめり、上下の口を犯されながら尿道をずぽずぽほじられる。最初は痛いだけだったのに、細い触手が抜き差しされるうち痛痒い快感が芽生え、裏っ側の前立腺がじんじん疼く。
「おしっこでちゃうっ、からぁあっ、トイプー、じくじく痛たっ、やだぁあっ、抜いてそれ死んじゃうまじで、おしっこの孔もケツん中もじんじんして漏れちゃうっ」
浴室に監禁されて三日間、水だけ飲んでるから大きい方はしてない。小さい方は垂れ流しだ。シャワーで洗い流せるだけマシだが、人間の尊厳をこてんぱんに踏みにじられて泣けてくる。完全に赤ん坊返りして泣きじゃくる俺をよそに触手は止まらず、ずるぐちゃぬこぬこ尿道とケツを責め立てる。
まだ諦めねえ。スマホは最初に犯された時に浴槽の底に落とした。防水仕様かどうかは覚えてないけど、まだ電池は切れてない。
震える手を必死に伸ばし、それで届かないと悟るや足の爪先で床を掻き、試行錯誤の末回収成功。
「やった……!」
指先を動かして110番にかける。間をおかず繋がった。
『もしもし警察です。どうされました』
「大田区在住の小田原瞬平です、助けてください!自宅アパートの風呂場に監禁されてるんです!」
『状況を詳しく。犯人は今どこに?』
担当者の声が緊張をはらんで鋭く尖る。
「犯人はここ、目の前にいます!名前は小田原トイプー、触手です!」
『は?』
「えっと体長は180センチ位で……でも待って、触手は伸びっから全長はもっとあんのか?二週間ちょっと前に道端に落ちてた所を拾ったんです、ああでも遺失物収得罪とは違くて、弱ってたんでむしろ緊急保護っぽくて」
『はあ』
しどろもどろ説明する俺に対し、担当者があきれ返る。
「最初の頃は小さくて可愛くて大人しくて従順だったんです、でもなんか大学から帰ったらピンクのぬめりがてかってて、力ずくで風呂場に引きずり込まれてッ」
『その手の成人漫画の読みすぎじゃないですか』
「本当なんです信じてください!」
『悪戯電話はやめてください。次やったら近所の交番の巡査を差し向けますからね』
「願ったり叶ったりです、すぐ助けに」
一方的に通話を切られた。絶体絶命の俺のSOSは、悪ふざけで処理されちまったらしい。
『プー!!』
「ちがっ、今のは!ひ、ひとこいしくてぁあ――――――ッ!?」
勝手に通報したのがお気に召さなかったらしく、荒ぶる触手にハードなお仕置きを加えられた。
「んッ、ンぶっ、ひぁンっ」
触手が両膝裏を通り、死ぬほど恥ずかしいM字開脚をとらせる。手を縛られて身動きできないまま、口と尻とペニスをぐちゃぐちゃにされて頭が狂いそうだ。
手が届きそうで届かないギリギリにあるスマホがブブッと震動、液晶に「沢尻」と表示する。
「さわじり、ひゃひゅへ」
小刻みに震える指が、虚しく伸ばした手がせっかちに床を掻く。あと少し、もうすこし……やっぱりダメだ。その後もバイト先とダチから頻繁に電話がかかってきたが、とても出れない。
「ひゃうっ、ひゃん」
行為の最中、故意か偶然か触手が液晶をタップして偶然繋がった。奇跡が起きたと喜ぶ暇もなく、触手がずぼっと口に入る。
『もしもし小田原?やっとでた……どうしたんだよ連続でサボって。らしくないじゃん、見かけによらず真面目なのに』
頼む、気付いてくれ!
「んンっ、むぅッぐ」
『小田原?聞いてる?』
触手プレイの真っ最中なんて言えるわけねえ。信じてもらえる自信もない。じゃない、本当は……触手に凌辱されてるなんて知られたくない。
「んッ、んンっ、ふむっ、ンっんっ」
腰がじれったげにもぞ付き、続きをねだって勝手に揺れだす。鈴口からはカウパーの洪水が垂れ流し。触手が尻を広げ、中の皺を伸ばすようにぐちゅぐちゅ出たり入ったりする。
『聞いてんなら返事しろよ。さっきからこの音何?息も荒いし……風邪か』
「ッは、ンっ、ンんっ」
触手が尻を捏ね回す音が聞こえちまいそうで冷や汗をかく。嫉妬に駆り立てられてでもいるみたいに抽送がさらに激しさを増し、イソギンチャクめいた触手が乳首をヂュウッと吸引する。
『俺、行った方がいい?』
やばい、イくッ!
「~~~~~~~~~~~~~んんんッ!」
触手を噛まされたまま絶頂に至り、びゅくんとペニスが跳ねる。スマホに表示された名前に粘っこい白濁が散り、沢尻を汚す。俺の射精を見届けたトイプーが再び液晶をタップし、通話を打ち切る。
「ッは、はあっ、はあ」
ダチの声を聞きながら、触手に犯されてイッちまった。最低な気分。俺、童貞なのに……Hの最中とか誤解されたら合わす顔がねえ。
「沢尻い……」
変態って軽蔑しないで。ダチの名前を呼び、ぐずってべそをかく俺の耳に再び震動音が届く。また沢尻だ。
絶望のどん底で希望が芽生え、今度こそ真実を伝えようと決意する。今の俺が頼れるのはコイツだけ、バケモノに種付けされる位なら生き恥晒した方がずっとマシ……
下半身から脳天まで衝撃が駆け抜けた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッああああ!」
触手が震動するスマホをすくいあげ、裸の股間に押し付けてきたのだ。
『ププッ』
「ぁっ、やめっトイプっ、あっあっそれやだっ、どけて出ちゃうっバイブでイッちゃ、ぁあンっ」
ぐりぐりと擦り付けられ、恥骨の奥までバイブレーションが響く。沢尻が続けざまに掛けてくるせいで責め苦は終わらない。
触手にヤられるだけでも屈辱的なのに、スマホバイブで股間を責められ萎れたペニスがもたげていく。
「沢尻ッ、あっもォかけてくんなッ、あぁッスマホだめっこれすげっビリビリくるっ、スマホバイブでイッちゃ、ひあんっ、沢尻でイッちゃっ、すげッ」
しまいには自分から狂ったように腰を揺すり立て、スマホのバイブレーションをねだっていた。
「ぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」
激しく仰け反って液晶にぶっかける俺を、トイプーは興味深そうに観察する。
監禁四日目。
鬼畜な触手にケツと尿道を開発されながら、虚勢を張って負け惜しみを呟く。
「お前なんか、拾うんじゃなかった」
浴槽の底にほったらかしのスマホの日付を見る。本当なら夕方からシフトが入ってた。
今日もまた触手の嬲りものにされる。
「んッ、んッ、んんッ!」
後ろ手に巻き付いた触手に跪かされ、一番ぶっとい触手をしゃぶらされる。
喉の奥まで詰め物されて息苦しい。俺がえずくたび名残惜しげにぬかれ、回復を待ってまた犯される。意識が朦朧として思考が働かない。いくら水だけはたらふく飲めるといっても、四日間なにも食べてないのだ。
いや、それ以外にも摂取してるものはある。トイプーの体液だ。
触手の表面から分泌された汁はピンクみを帯びてほのかに甘く、喉の奥に滑り落ちると体が滾る。
コイツを啜ると体が変になって、どんなに疲れててもペニスと前立腺がびんびんになるのだ。
「も、休ませて……」
大きな音をたて腹が鳴った。息も絶え絶えに乞うおれに何を思ったか、触手がうぞうぞ延長してスライドドアを開き、廊下へと出て行った。
『トイプッ、トイプッ!』
外で物音と鳴き声が響く。スライドドアの隙間から覗く光景を観察する。触手が器用に冷蔵庫の扉を開け、オレンジのビニールに包まれた魚肉ソーセージに先端を巻き付けた。食うのか?そういや四日間からあげをやってない……コイツも腹が減るんだろうか?てか賞味期限大丈夫だっけ??
『トイップ』
残り物の魚肉ソーセージを一本取り出したトイプーが、別の触手を使って俺の顔を上げさせる。
「むぐ!?」
不意打ちで魚肉ソーセージをねじこまれた。口に。
「ぶっ、やめ、よせトイプッ、ぷはっ」
『ププ―?』
「せめてビニール破け、そのままじゃ食えねえよ!」
『プーゥ……』
魚肉ソーセージを吐き出す俺に対しトイプーがきょとんとする。最大限の抵抗としてビニールごと嚙みちぎろうとするが歯が立たない。トイプーが人間が人さし指ちょんちょんするように触手の先っぽ同士を突き合わせ、ひらめく。
『プップッ』
トイプーが魚肉ソーセージのビニールを剥こうと奮闘を始める。触手の先端がくぱぁと開口し、そこからうぞうぞ沸き出した小触手を這わせる。
「なんで乳首責めはできんのにソーセージのビニールは破けねえんだよ不器用さんめ」
『プー……』
しょんぼりするトイプーに思わず吹き出しちまった。トイプーはまだ諦めず、ビニールをめくろうとしてる。それを眺めてるうちに脳裏に予感が結ぶ。
「ひょっとして、俺の為?」
トイプーの空腹を疑ったが、真っ先に俺の口に突っ込んできたって事はそう考えるほうが自然じゃないか?ヤッてることとは正反対に飼い主想いなトイプーに脱力し、苦笑気味に促す。
「手。自由にしてくれたら自分でやる」
『プー』
気持ちが通じた。腕を戒めていた触手がしゅるしゅるほどけてく。トイプーが触手を躍らせて興味津々見守る中、安っぽいオレンジのビニールを剥がしてく。四日ぶりの食い物……口ん中に大量の唾液が湧く。おずおずと口を開け、齧る。うまい。止まらない。うますぎて涙がちょちょぎれる。その後は魚肉ソーセージを手掴みでガツガツ貪った。
「ははっ」
途中で乾いた笑いが迸り、情けなさと悔しさで視界が曇る。これじゃ完璧餌付けじゃないか。俺が飼い主でコイツがペットのはずだったのに、すっかり立場が逆転していた。
「ちんちん、とか……お手とか。芸仕込んだの、嫌だったの?これって仕返し?」
ヘタレて泣き笑いする俺の頭をためらいがちになで回すトイプー。ひょっとしたら触手になでなでされた最初の人類かもしれないぞ。
直後に気忙しい靴音がアパートの廊下を駆けてくる。数秒後に玄関ドアがノックされ、懐かしい友人の声が聞こえてくる。
「小田原いる?」
沢尻だ!
「助け、ンぐ!」
すぐさま触手を噛まされた。別の触手が手足に絡み付いて拘束する。
「大学休んで四日目じゃん。こないだの電話も変だったし、心配になって見に来たんだけど……居留守?本当にいないのか」
「ん~~~~~~ッ!」
俺は浴室だ!口ん中でもがもが叫ぶも、触手で栓をされてたんじゃ無駄だ。玄関ドアの向こうに沈黙が落ちた。まさか帰っちまったんじゃ、と不安になる。
頼む沢尻気付いてくれ!
俺はここだ!触手に監禁されてんだ!
沢尻が外付けのノブを引っ張り。ガチャガチャとドアが揺れる。
「鍵は……かかってるか。なにかあったのか?悩みがあるなら聞くぞ」
お人好しなダチが立ち去りがたそうにしている。脳裏に結ぶ面影と誠実な声に縋りたくなる。直後……衝撃的な出来事が起きた。
『トイプ』
俺の身体に巻き付いてない余りの触手をトイプーが自切する。トカゲのしっぽめいたブツが浴槽に落ち、かと思えばそれが奇妙に蠢動し、だんだんと膨張していく。
「ひっ……」
肥大した触手の輪郭が激しく波打ち、歪み、粘土でも捏ねるように人の形を模す。やがて触手は肉塊に育ち、俺の姿形を正確無比に写し取る。完璧な擬態。一卵性双生児だってこうも似ない。
「トイップ」
俺に変身したトイプーの一部が、赤ん坊めいて無垢な表情で首を傾げる。当然素っ裸だ。
怖い。気持ち悪い。コイツやっぱばけもんだ。
戦慄に声もない俺をよそに、俺に成り代わった触手が浴槽を跨いで出ていく。全裸のまま。待て、せめてパンツは穿いていけ!と言いたい所だが、上下の口に栓をされてちゃ無理な相談。玄関ドアが開く音に続いて沢尻が驚愕する。
「なんで脱いでんの?」
「プー」
「ちょっ、出てくんな!下半身はドアに隠したままでいいから!と、とりあえず元気そうでよかった。休みの理由は?やっぱ風邪?息上がってたもんな」
浴室には声だけが届く。沢尻のヤツ……前々からズレてるヤツだなあと思ってたが、なんで全裸の俺とフツーに話してんの。もっと驚け。ていうか俺、全裸で玄関ドアを開けるキャラだと思われてんの?すげー心外。
トイプーと沢尻はドアを隔てて対峙してる。今声を上げりゃ気付いてもらえるのに……
「ソウ、風邪。シバラク休ム、後ヨロシク」
え?この声……
「なんでカタコトなの?宇宙人ごっこ?」
玄関先から聞こえてきた自分の声に動揺を隠せない。トイプー、喋れたのか。変身能力に加えて声帯模写能力まであるなんて……待てよ、アイツに喉ちんこあったか?
「オレ元気、心配シナイデ。オ前帰レ」
「そんな言い方……まあいいや、無事ならよかった。お邪魔みてーだから帰るな」
行くな沢尻!
「むーッ!!」
心の中で狂おしく呼びかける。直後に体内の触手が暴れだして声が詰まる。
ドアの内側で何が起きているか、浴室に監禁された俺がどんな恥ずかしい格好してるかも知らないで、薄情にも帰っていくダチを恨む。
「くそ……」
バカ尻に見捨てられたショックは予想外にでかく、心が死ぬ。
「プー」
足音が戻ってきた。
のろくさ顔を上げりゃ、素っ裸の俺がいた。
「何なわけお前、マジにばけもんじゃん。俺の顔と体まで乗っ取って……エイリアンみてーに、ご主人様を殺して成り代わるのかよ」
「オレ、オ前。トイプーウマイ。アイツ嫌イ、オ前ト仲良シ嫌イ」
カタコトの日本語でトイプーが呟き……
見た。
見てしまった。
ドアが上手いこと遮ってたせいで、沢尻の奴はコイツの下半身の異常に気付かなかったのだ。
「ッ……!」
トイプーの性器は触手だった。他は完璧なのに、そこだけペニスをまねられてない。俺の顔した俺じゃない何かが、股間からぶっとい触手を生やして仁王立ちしてんのは悪夢の光景だ。
「俺、オ前ト繁殖スル」
怖い。
殺されるよりずっと怖い。
「男と男じゃ繁殖できねえよばか、ケツに子宮は移植できねえぞ!」
「トライアンドエラー。下手ナ鉄砲数撃チャ当タル」
「あたってたまっか!その諺どこで覚えた!?」
「動画。見セテクレタ。覚エテナイカ」
トイプーが無表情に歩み寄る。粘液でぬちゃぬちゃ濡れ光り、体中を這い回る触手が気持ち悪い。目の前にいるのは俺だ。いや、触手だ。どっち?
生理的嫌悪で吐き気を催す。
黒くて真っ直ぐな髪も平凡な顔も貧相な腹筋も全部俺なのに、股間じゃグロテスクな触手が蠢いてやがる。
「あぐっ!」
トイプーに押し倒された。やめてくれ。冗談キツい。
「地球人、繁殖ノ前二コレスル。予備動作」
トイプーが無機質な日本語で囁き、やんわりと唇をはむ。鳥肌が立った。
「ッは、触手がいっちょまえに前戯っぽいことしてんじゃねえよ!悪ふざけはやめてとっととどけ!」
「オ前ノ染色体情報コピーシタ。擬態ハ外モ中モ完璧」
「下半身が不出来だろうが!」
「コレワザト。人類ノ生殖器官ヨリ我々ノ生殖器官ノ方ガ色々デキテ便利」
「ばけもんが……冗談は股間だけにしろよ……」
触手なんか拾うんじゃなかった。今さら死ぬほど後悔したって手遅れだ。トイプーが俺の身体を掴み、愛撫し、乳首を摘まんで引っ張り出す。
「んんっ、ンっく」
「オ前気持チヨクサセル。大丈夫、痛クナイ」
無機質な声色に一匙分の優しさが足される。自分に犯されるのは酷く屈辱だ。これも一種のオナニーなのか……
「頼むトイプーやめてくれっ、こんなああっ、俺の顔はやだっ、変えてッ」
「オ手」
トイプーが一声命じ、頭が真っ白になる。凄まじい葛藤を乗り越え、震える手で手にさわる。
「チンチン」
「ッ……」
悔し涙を流して犬のまね。トイプーが「ヨクデキマシタ」と褒めてくれた。コイツの目が怖い。ていうか、瞬きしてない。待てよ、さっき「地球人」って言ったか?じゃあ正体は……
「宇宙人なのか?山に墜落したUFOから降り立った……」
こないだ見たネットニュースの記事が脳裏を過ぎり、口角が微痙攣を起こす。トイプーはほんの少し悲しげな顔をした。
「不時着後、初メテ会ッタ人類。オ前。瞬平。パートナー二キメタ」
「俺の意志は無視かよ!異星から飛来した物体Xだってわかってたら拾わなかったよ、とんだ生態系デストロイの外来種じゃねえか、いい加減母星に帰れ!」
ヒステリックに喚き散らす俺に対し、トイプーの股間の触手がそそりたちくぱぁと開く。
「苗床二改造スルゾ」
「ッあぁあああぁっ!」
もういやだ、誰でもいい誰か助けてくれ!!トイプーが俺の膝を力ずくでこじ開け、力ずくで押し入る。グロい見た目の股間の触手が中でずくんと脈打ち、膨らみ、充血しきった粘膜を無数の繊毛でなであげていく。
「ひゃうっ、ひゃんっ、ぁぁあっすげ、それやめっ無理っおかしくなるッあっあっああっ」
「俺ガ好キカ瞬平」
「嫌いに決まってんだろグロ触手、自分の星に帰ってエルフの騎士に種付けしてろよ!」
何百匹ものミミズがのたくってるような快感に翻弄されて泣き叫ぶ。キツく閉じた瞼の裏に浮かんで消えるのは沢尻の顔。
「沢尻っ、ぁっやだ、助けっイぐっ」
沢尻の名前を口走った瞬間、トイプーの顔がぐにゃりと歪んだ。
「嘘だろ……」
目の前にいたのは素っ裸の沢尻。股間には立派な触手。
「落チタ髪ノ毛ヲ採取シテ生体情報ヲ取リコンダ。オ前ハコイツヲ生殖パートナー二選ブノカ」
「いやだ、抜け、ぁぁっ」
沢尻に犯されている。沢尻が出たり入ったりしてる。自分にレイプされるのも倒錯的だが、ダチの顔したクリーチャーに凌辱されたら今度こそおかしくなる。
されど沢尻と顔をすげかえたトイプーはお構いなく、ぐちゅぐちゅと胎内をかきまぜて腰を叩き付けてきた。
「あっやだ、沢尻ッ太ッ、お前のでかすぎて死ぬっ、壊れちゃうっ」
沢尻にヤられてる。イヤなのに気持ちよくてそれが怖くて止まんなくて、ただただ絶叫する。
「沢尻気持ちいいっ、もっと奥までッ、あっ、ふぁあンっ、ひあっ、イくっィっちゃうっ」
無意識に身体が動いた。偽沢尻の背中に両腕を回して縋り付き、自分から腰を振りまくる。気持ちよすぎて今すぐ死にてえ。
「ヤッパリオ前ハ……」
偽沢尻が何か言いかけたのを遮り、部屋の窓ガラスが割れ砕けた。
「大丈夫か小田原!」
本物の沢尻の声だ。安堵と混乱が同時に押し寄せる。騒々しい足音と共にスライドドアが開け放たれ、懐かしいダチが乗り込んできた。
「ッ!?」
でも。
「見ないで、くれ」
沢尻はドン引いてた。そりゃそうだ、しばらく見ないと思ったダチが触手のバケモノに犯されてるんだから。しかも今のトイプーは沢尻に化けている。
「あっあッああっ」
偽沢尻が振り返る。俺を犯してない余り触手が宙に広がり、先端がドリル状に巻く。まずい。
「よけろ沢尻!」
「わっ!?」
間一髪、沢尻が最前まで立っていた場所を触手が穿孔する。割れて飛び散るタイルのかけら。逆襲のヒントが音速で閃き、声を限りに叫ぶ。
「弱点は水だ!ぶっかけろ!」
俺は馬鹿だった、どうしてすぐ気付かなかったのか。あの日トイプーはシャワーをいやがっていたじゃないか。橋の上で弱ってたのも川に落ちたのが原因だとしたら……
トイプーが攻撃に転じて拘束が緩んだ隙に、腕に纏わる触手を決死の覚悟で振りほどき、シャワーのノズルをとる。
「ア゛アアアアアアアアアアァッ!!」
コックをたちどころに全開に、冷たい水を浴びせる。トイプーが苦しげに身をよじり元の姿に戻っていく。縮んでく。
「ひゃうんっ!」
俺の体内に突っ込まれた触手がちゅぽんと抜け、沢尻の前で間抜けにビク付く。
刹那、俺が取りこぼしたノズルを今度は沢尻がひったくりトイプーに追撃。威力を増したシャワーで壁際に追い詰め、おっかない顔で怒鳴り散らす。
「このドスケベ触手野郎、よくも俺の姿で小田原を!」
「プー!」
ガチギレモードの沢尻に容赦なく責め立てられ、トイプーが泣きじゃくる。その時だ、脳内にテレパシーが響いたのは。
『帰リタイ。故郷』
続いて鮮やかなイメージが送り込まれる。どことも知れない惑星、迷彩機能を搭載した銀色の宇宙船に乗り込む触手……トイプー。両親とおぼしき触手が別れを惜しみ、垂直に降り注ぐ光に乗じ、ゆるやかに上昇する息子を見送る。
ああそうか。コイツ、寂しかったんだ。
生まれた星を遠く離れて、知り合いが誰もいない場所で、最初に接触したのが俺だった。
『地球ノ俺、トイプー。名前クレタ。知識クレタ。オ前、瞬平、好キ』
相変わらずカタコトの単語の羅列で、嘘偽りない切実な感情を伝えてくる。
「やめろ沢尻!」
「だってコイツは」
瀕死のトイプーに放水し続ける沢尻の手からノズルを奪い、大急ぎでコックを締める。
「プー……」
水浸しの床で弱々しくもがくトイプーをそっと抱き上げ、囁く。
「帰りたいんだろ?帰してやる」
「どこまでお人好しだよ、ひでえことされたのに!」
「だからってほっとけねえじゃん、トイプーは俺に懐いてたんだよ、地球で俺だけが友達だったんだよ!」
四日間ぶっ通しで犯され抜いた恐怖と屈辱と嫌悪は拭えないにせよ、同情しているのは確かで。
コイツがいたから、一人暮らしが寂しくなくなった。「いってきます」と「ただいま」を言えるようになった。
「俺が拾ってきたんだ……きちんと責任はたさなきゃだめじゃん」
トイプーを擦って温めながら囁けば、あきれ返った沢尻がやれやれと首を振る。
「UFO墜落したのってどこ?」
「近くの山。ネットニュースにでてた」
「了解。さっさと行って帰ってくるぞ」
「え?」
「ぼさっとしてないで着替えろ、素っ裸で外でんのか」
沢尻がふてくされて口を尖らす。俺はダチの男気に感動し、どんな顔していいかもわからず泣き笑いした。
「……マジ惚れちまいそー」
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