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第2話
そして一時間後。
俺はシャツとジーンズを身に付け、リュックに衰弱したトイプーを詰め、沢尻と山に登っていた。
「なんで俺が捕まってるってわかった?」
「アパート行ったらダチが素っ裸で出てきたんだぞ、なんか怪しいカタコトだし変って気付くじゃん。で、一旦帰ったふりで忍び込んだ」
「忍び込んだって割には派手じゃん。窓の修理代弁償しろ」
「命の恩人に請求すんなよ。まあ、運動神経はいい方だし雨樋とベランダ伝えばなんとかなった」
「よくガラス割れたな」
「懐に入れた石でガツンと」
「怪我しなくてよかった」
ポツリと本音を零せば、何故か隣を歩く沢尻の顔が赤らんだ。
「……そういうとこずるいよな」
俺も赤くなる。さっきまで沢尻の顔したトイプーに犯されてたせいか、どうしても意識せずにはいられない。
「トイプー聞いてる?UFOの墜落地点は?」
リュックの中でもぞ付くトイプーに聞けば、ジッパーの隙間から一本だけ触手をだし、くいっと鉤字に曲げる。器用だ。
「右……ね。了解」
トイプーの案内に従って藪に分け入る。沢尻が眉をひそめる。
「その触手……トイプーだっけ?どんなセンスさ」
「トイプーって鳴くからトイプーなんだよ」
「テレパシーで話しかけてきたんだろ?すげえ特殊能力」
「俺もぶったまげた」
「たった四日で擬態と日本語をマスターするなんて……進化速度が異常だ」
「俺の生体情報を取り込んだって言ってたけど」
「性交で?」
「……いうな」
今度こそ真っ赤になって俯く。沢尻もバツが悪そうに俯く。気まずい沈黙を破ったのは意外にもトイプーだった。
「別二不思議チガウ、俺タチソウイウ生キ物。接触ヲ介シテ異ナル種ノ生体情報コピースル。解析完了マデチョット時間カカル、ソレ個体差。俺ハ早イ方」
「いばんな」
沢尻が気分を害してトイプーを抓りゃ、大袈裟に身をよじって痛がる。ちょっと可哀想。
「触手虐待すんな」
「お前な……された事考えりゃもっと怒っていいんだぞ?」
「だって異星人に地球の法律適用できねーじゃん」
「個人の尊厳の問題」
「ゴメンナサイ」
同時に向き直る。触手から先っぽだけ出したトイプーは、すっかりしょげきっていた。
「瞬平トモットコミュニケーションシタカッタ、カラ」
「……ふん」
沢尻が鼻を鳴らして手を引っ込める。反省してるのはマジっぽい。トイプーの本性を知ってるからこそ断言するが、コイツが本気になりゃ俺たち二人位どうとでもできるのだ。
「モウスグダ」
「なんで地球にきたのか、せめてそれ位教えろよ」
別れが迫ってきたのを感じて促す。トイプーはちょっと迷うそぶりをするも、俺への罪悪感に負けて白状した。
「……パートナー探シ」
「はあ?母性にメス触手いねーの?」
「俺タチハ進化ノ最終形態。ナノマシント融合シテ繁栄ヲ極メタ。ダケド同ジ種族同士デ交ワッテモ先ガナイ、ヤガテ行キ詰マル」
「なるほど、だからわざわざ何万光年も離れた地球にやってきて繁殖を試みたのか」
「異ナル種ノデータハトテモ貴重ダ。俺ノ星ニハ俺ノ同族シカイナイ。父モ母モ触手ダ」
「そりゃそうだろ」
沢尻は納得してるが、さっぱり意味がわからない。ていうか、最大のツッコミどころはそこじゃねえ」
「せめて女の子選べよ、男は妊娠も出産もできねーんだぞ」
「地球人ハ不可解ダ。見タ目デ雌雄判別スルノハムズカシイ」
「待てよ誰が女顔だって」
即座に抗議を申し立てる。沢尻もうんうん頷いて加勢する。
「女顔の美少年ならわかなくもないが、どこにでもいるドジで間抜けな大学生だし。からかうと表情ころころ変わんのは可愛いっちゃ可愛いか」
「可愛かねえよ」
耳まで熱くなる。トイプーが自分の説明に補足する。
「オスノ触手ニハ開口部ガアル。通常ハ隠レテルガ、行為中二クパアスル」
行為中に触手の先端が縦に裂け、無数に蠢く繊毛が露出したのを思い返す。アレがコイツらの生殖器らしい。
「着いたぞ」
沢尻の一声で顔を上げりゃ、森ん中に丸い広場ができていた。周囲の木々は薙ぎ倒されている。
「すげー、ミステリーサークルじゃん!肝心のUFOはどこ?」
「目ノ前」
トイプーが触手で指し示す方向には何もない。
「ププププププ」
突然トイプーが超音波を発し、広場の周辺の木々が怪しくざわめきだす。それに応じて空間が歪み、銀色に光る円盤が暴かれた。
「人類二見付ラナイヨウニ透過処理ヲシテオイタ。没収サレタラ困ル」
「だとさ沢尻……いねえし」
どこ行ったと視線を巡らせれば、沢尻は興奮しきった面持ちであっちへいったりこっちへきたり、UFOの表面をさわりまくっていた。
「すっげ、生まれて初めてUFO見た!それも超オーソドックスなアダムスキー型!知ってるか小田原、ジョージ・アダムスキーはUFO研究の第一人者っていわれるポーランド系アメリカ人で、彼が観測したUFOはその独特な円盤状からアダムスキー型に分類されてるんだ!嘘だろ表面に継ぎ目がない、今の地球の科学技術じゃ再現不可能だ!中はどうなってるんだ無重力なのか、迷彩機能搭載ってことは光学センサーが」
「お前……オタクだったんだ」
スカしたイケメンのたたずまいをかなぐり捨て、饒舌に捲し立てる沢尻にちょっと引く。俺の引き攣り笑いで我に返り、沢尻がおごそかに咳払い。
「UFOと宇宙人が嫌いな男の子なんていないよ。友達をヤった吐き気を催す邪悪な触手は別」
「さ、送ってきてやったんだから後はひとりで帰れるよな」
リュックを地面におき、ジッパーを一番下までおろす。外に這い出したトイプーがUFOに接近するや、滑らかな表面に切れ目が生じて扉が出現する。
乗り込む間際、トイプーが名残惜しげに振り返る。
「瞬平モ来ナイカ」
「はい?」
「俺タチノ星、地球ヨリズット進ンデル。食ベルタメ二働カナクテイイ、ソウイウノハ全部ロボットノ仕事。一緒二来レバ遊ンデ暮ラセルゾ」
「えーと……」
ひょっとして、これプロポーズ?
返答に詰まって沢尻を仰ぐ。ダチは複雑な表情で唇を引き結ぶ。トイプーはぐいぐいくる。
「オ前ヲ生殖パートナートシテ両親二紹介シタイ」
声には誠意と勘違いさせる切実な響きが宿っていた。正直、こんなにひたむきに求められたのは初めてだ。触手しかいない触手の惑星を想像してみる。
そこは地球なんて目じゃないほど科学が進んでいて、文明が発展していて、きっと戦争も飢えもない素敵な場所だ。
でも俺は。
「小田原……」
沢尻が不安げな声で呼びかけ、俺の服の裾を小さく引く。迷子の子どもみたいな仕草が可愛くて、きっぱり心が決まる。
「あー……気持ちは有難いけど、やっぱいいや」
「何故?人類ハ野蛮ダ。俺タチノ文明レベル二至ルマデ少ナクトモアト一万年ハカカルゾ」
「地球は俺が生まれ育った星だもん。それに、さ」
さりげなく沢尻の手を握り返し、UFOの入口に立ち尽くすトイプーに微笑みかける。
「お前たちの星にトイプー……じゃねえ、からあげはねえだろ?」
窓ガラスをぶち破って殴り込んでくるダチも、今こうして俺の手を握り締めてくれる温かい手も。
俺が言わんとしている事が伝わったのか、トイプーが降参したように体を窄めて言った。
「……ソウダナ。俺タチノ星二カラアゲハナイシ、故郷二帰レバトイプージャナクナル」
「やっぱ気付いてたのか、トイプーイコールからあげじゃないって」
「瞬平ガ居眠リシテル時二カラアゲ作ル動画ヲ見タカラナ」
声を出して笑い合ったのを最後に扉が閉まり切れ目が消失、UFOが音もなく浮上を開始。俺たちの頭上10メートルでホバリングし、別れの合図の光の帯を注ぐ。
「あばよトイプー」
無言のままの沢尻としっかり手を握り合い、人騒がせな触手の帰途が無事であれと祈る。
美しい光を放射するUFOが急速に薄れていき、完全に大気中に溶け込むのを待ち、行きと比べて軽くなったリュックを背負い直す。
山を下りてる最中、沢尻がポツリと言った。
「行っちまったな」
「ああ」
「もう帰ってこないでほしいよな」
「俺はまあ、もっかい位遊んでやってもいいけどな」
「本気?」
「冗談。やるとしてもけんけんぱとか健全な遊びだよ」
「いや触手にけんけんぱは難しくないか、脚がたくさんあって反則じゃん」
短い間に色々な事があった。さんざんな目にあったのに、妙に爽やかな気分でいるのが自分でも謎。沢尻が思慮深げに顎を摘まんで、恐ろしい事を言い出す。
「アイツ、お前の生体情報を取り込んだって言ったよな」
「ああ」
「母星に帰ったらお前の染色体基盤のクローン生み出したりして」
「まっさかあ!」
「ありえない話じゃないぞ、結構執着してたし」
「触手にモテてもあんまり嬉しくねえなあ」
「俺は?」
不意打ちに心臓が跳ねる。
だしぬけに立ち止まった俺を三歩追い越し、がらにもなく顔を染めた沢尻が告白した。
「ごめん小田原。俺に化けたアイツがお前とヤッてる所見て、すげームカツいた。でもそれだけじゃなくて、すっげえムラムラした。触手が羨ましかった」
沢尻が戻ってくる。右手をのべて俺の顔をなで、反対の手もさしのべ、まっすぐに目を覗き込む。
「最低だよな」
トイプーが体内に分泌した媚薬がまだ効いてるのだろうか、体が疼いて火照ってたまらない。ただの友達でしかなかった沢尻を見る目が変わり、呟く。
「……四日間、お前の事ばっか考えてた」
「すぐ助けにこれなくて悪い。ガラス代も弁償する」
「足りないよ、全然。体で返せ」
沢尻の目の奥に驚きの波紋が広がり、それが歓喜に塗り潰されていくのを確認後、どちらからともなく唇を合わせる。
沢尻のキスは切ない位に優しくて、軽めのだけじゃ物足りず舌を絡めて唾液を交わす。
「トイプーの置き土産が効いてんのかな。うち寄ってけよ」
沢尻の胸元に顔を埋め、いたたまれない小声で「お願い」をした所、悪戯っぽい含み笑いが帰ってきた。
「仰せのままに」
こうして沢尻と恋人になった。
母星に帰ったトイプーが俺のクローンを生産し、まんまと子孫繁栄しているかどうかは知る由もないが、からあげのレシピは拡散されていると信じてやまない。
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