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最終話
ああ、今日は一日で何年もの時を駆け抜けたかのような気持ちだ。彼との日々はいまや日常。不可能かと思われた兄との確執も改善されつつある。今年の夏に尋ねてくる初めて会う甥っ子は、兄の事を醜悪だと罵ったのだそうだ。周囲は甥っ子の暴言や心の内を一つも理解出来ないで、手に余らせているらしい。…甥っ子にはひとりの理解者もいないのだろう。兄は誰にも頼れず、驚いたことに私に連絡をしてきた。甥っ子の話を全て聞き終わった後、自然と連れてきたらどうか、と提案していた。兄は迷った末に、甥っ子を預けることを決めた。甥っ子本人も行くことを承諾したらしい。きっと甥っ子は良い子だ。漠然とそう思った。
「昼食が出来ましたよ、清さん」
「ああ、もうそんな時間か」
呼びに来てくれてありがとう
「少し…ぼうっとしてらっしゃいますね」
「うん…これまでのことを振り返っていたんだ。あんまり耽っていたものだから、これじゃあ白昼夢と変わらないね」
けれど、そのおかげで
君といる幸せを再確認出来たよ
「…清さん」
不意に抱き締められて、同じ洗剤の匂いと彼の香りに抱かれる。それに応えるように私も背中に手を回した。少し笑いあって、それからふたりして昼食を楽しんだ。彼が此処に来て、ふたりで紡いで、今がある。もう、自ら手放したりなんてしない。強くそう決意した。仕事に戻りますか、と聞かれ、思案する。進まなかった仕事は今日は置いておいて、買い物に行ってしまおうか。そういう日が一日ぐらいあっても良いだろう。
「買い物に行こうか」
仕事は明日にするよ
「いいんですか?」
「ああ。たまにはこういう日があっても良いと思うんだ」
今日は君と
一緒に過ごしたい気分でね
「…ダメかな」
「俺がダメなんて言うとおもいますか」
そう言って手を差し出す彼。その手を取って、立ち上がる。ふたりで手早く身支度を済ませ、我が家を後にした。道中、車に揺られながら、ふと思い出す。人間の一生は約25億秒なのだということを。そうすると私はその億秒の時を、三分の二は使っている計算になる。考え至ってしまえば途端に、人間の人生が儚げなものに思える。続くように夏椿の花言葉が脳裏を過ぎった。儚い美しさ。集落の寺の夏椿は、今年も綺麗に咲くだろうか。甥っ子を連れて、寺を訪ねるのも良いかもしれない。
「もうすぐ着きますよ」
「うん。」
少し先の未来に想いを馳せながら、彼のその言葉に相槌を打った。
end
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