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第11話

今度こそ後始末をして、ふたりで入浴する。ゆっくり湯船に浸かりながら、時折唇を交わす。しっかりあったまって浴室を出た。綺麗になったベッドにもぐり込む。野生動物のように身を寄せ合って眠った。お互いの体温が心地よい。その次の日の目覚めは最高に優しいものだった。ふたりで視線を合わせて、笑い合う。 『朝ごはん、俺が作りますね』 『いいの?』 『はい。作りたいので』 『じゃあおまかせしようかな』 『ふふ、まかせてください』 『恵咲くん…ありがとう』 彼はもう一度優しく口づけて、起き上がった。彼の言葉に甘えて、もうちょっとベッドでゆっくりすることにした。しばらくして、彼が呼びに来てくれる。少し重い身体を起こして、下に降りる私を彼は気遣ってくれる。彼の引いてくれた椅子に座った。ちゃんとした朝食がテーブルに並ぶ。手作りサンドイッチの具は4種類ほどあって、あの短時間でスープやコーヒー、デザートまでも作れるのはすごいと感心する。 『僕は朝からこんな贅沢が出来るんだね』 『ふふっ褒めすぎです』 『本当のことだよ。嬉しい。』 ありがとう、と言えば 彼は破顔した。 彼の作った朝食は見た目もさることながら味も絶品だった。食後のデザートを食べながら、今日の予定を話し合う。あらかた日程が決まった後、さりげなく手を握られながら、今日はダメですか、と暗に誘われる。昨日の記憶が鮮やかによみがえる。ためらいがちに赤くなった頬そのままで少しうなづいた。色っぽい顔が近い、そう思うと同時に唇を奪われる。ついばむようなキス。覚えたての感触を忘れぬように繰り返し与えられる。それに拙いながらも応えた。誰も止める者はいない。はばかることもない。何度もそれを実感する。私も、変わらなければならない。彼のためにも、自分のためにも。二度と手放すことがないように。…兄とも、いずれは向き合わなくては。 『またお昼ご飯が出来たら、呼びに行きますね』 『ありがとう。じゃあ仕事をしてくるよ』 率先して食器を下げて洗ってくれる恵咲くんに甘えて、二階に上がる。残っていた仕上げの作業に入る。調子が良いから今日の分は終わりそうだ。穏やかな暖かい気持ちで、時を過ごせている。そのおかげで事がはかどっているのだと実感した。目の前の仕事に集中しているうちに、彼が呼びに来てくれる。早いな、もう昼食か。ああ、幸せだ。そう漠然と思う。 『ありがとう、今行くよ』 『ゆっくり階段降りてきてくださいね』 『心配し過ぎだけど、気をつけて降りるよ』 『ふふ、すみません』 『いいんだ。ちょっと介護されてる気になるけど』 『…ゆくゆくは、そうなっていきたいと思ってますけど』 『ふは、看取ってくれるの?』 『もちろんそのつもりですよ』 もう、最後まで貴方を手放さない。覚悟してくださいね。どこまでも深い黒の瞳に魅了される。…もう、逃げるつもりはない。彼が私を必要としてくれるなら、ずっと傍にいる。無意識に彼に手を伸ばすと、当たり前のようにその手をとってくれる。無言のまま見つめ合う。吸い寄せられるまま、また唇を合わせる。どこまでも柔らかく優しい口付け。 『ごめん、せっかくのご飯が冷めてしまうね』 『またあたためれば良い。大丈夫ですよ』 再度、唇を奪われて そのまま 気が済むまでついばみあう。 ふたりして下に降りた時には、すっかり料理は冷めていて、彼がすべて温め直してくれた。…年甲斐もなくのぼせすぎだろうか。恥ずかしいと言われてしまうだろうか。恋愛をしている人間なんて他の人から見ればみんな愚かに映ると思うよ、と悦木が言っていたのを思い出した。少し心が軽やかになって、記憶の中の悦木にお礼を言う。恵咲くんのことを話したら、悦木は驚くだろうな。けれどきっと、祝福してくれる。そう、確信があった。 『いただきましょうか』 『うん。何から何までありがとう』 彼に続いていただきますをして、彼が作ったご飯に舌鼓を打つ。洋食から和食まで幅広く作ることが出来るという。いつか貴方と再会した時に、食べてもらいたいと思って練習していた、と微笑まじりに告げられた。喫茶店で勤めていたのはもちろん成り行きもあるがそれが高じてだという。貴方と一緒になった時、出来ることが多ければ多いほど、それはより良いと思って、色んなことを吸収したと続けて打ち明けられた。気持ち悪いですか、と問われる。別段、気持ちが悪いとは思わなかった。私のためにしてくれていた色んなことを、素直に愛しく思う。 『恵咲くん…嬉しいよ』 『そう言ってもらえると…報われます』 『…、…こんなに幸せで良いのかな』 そう、つよく思うんだ 『…今までの報われなかったと思う出来事が積み重なって、今の幸せに繋がってるんだと』 俺はそう思います 『だから思う存分、享受しませんか』 感極まったように、私は その言葉を肯定した。 ずっと待っていた人生の春。遅いその春を彼とともに謳歌しよう。心の底からそう思った。本懐を遂げてまもなく、私から同棲の話を切り出し、一緒に住むことを決めた。…想いが通じ合って数ヶ月は、仕事や食事、必要最低限の生活に必要な活動以外は、昼夜を問わず身体を重ねた。彼に作り変えられてゆく身体を、怖く思った時もあった。その恐怖さえ、彼は呑み込んでゆくような瞳で声で、愛していると伝えてくれる。全身全霊のその想いに包まれて、私は私の身体を受け入れた。そうして、何年もの時を彼と過ごしてきた。

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