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第1話

 あ、これでもう5回目……? や、6回目だったっけ……。  数えるのも面倒になった溜め息をそっと逃して、僕、(かつら)新之助(しんのすけ)はもう一度腕時計を確認する。  3時半。そろそろかな、と顔を上げると、ちょうど主任の佐々木さんが寄ってくるところだった。 「桂君、飛行機予定通り到着みたいだから、ご一行もうすぐ来るね。俺ちょっと外見てくるんで、ファミリーさんのお相手頼むよ」  そう言って忙しなくホールを出て行くのにかろうじて作った笑顔で応え、僕は手元の予定表にもう一度目を落とす。 『ハドソンレイクハイスクール生徒・ホームステイ受け入れ事業対面式日程』の表題の下に、これから行われるセレモニーの綿密な進行表が載っている。もう何度も読んですっかり頭に入っているけれど、もうすぐ大勢の外国人がここにやってくるんだと思うと、大きな石を飲み込んだみたいに気持ちが沈む。  ――なんて運が悪いんだろう。    それが、3月の人事異動内示を受けたときの僕の感想だった。内示表に書かれた『国際交流室』の5文字は、僕に人生の予測のつかなさと、オーバーに言えば残酷さまで教えてくれた。  僕が勤める千葉県波窪市役所には全部で100以上の課があるのに、どうしてよりによってそこなのか。前の課には4年いたのでそろそろ異動の頃合いだったし、異動先の希望も出していなかったから文句を言う筋合いじゃないけれど、何もそこでなくとも、とこの3ヶ月ずっと職員課を恨み続けてきた。  ぶっちゃけ僕は、外国の人が苦手だ。政治的なポリシーとか、そういう深いものじゃない。大学生のとき見舞われたある事件をきっかけに、決定的にダメになってしまったのだ。  加えて英語は中学生以来鬼門の教科。理数系は得意だし、国語系もまぁまぁの成績を取っても、常に英語が足を引っ張った。  どうしても覚えられないのだ。  人間なら普通にプレインストされている程度の語学の能力が、きっと僕には完全に欠落しているのだと諦め、英語を解さなくとも人生どうにかなるさと達観して生きてきたけれど、まさかこんな罠が待ち受けているなんて思ってもみなかった。  交流室の人達は全員英語を話せるし、僕一人できなくとも問題はない。でもそれもなんだか情けないし申し訳なくて、僕だって最初は努力した。ラジオの英会話は欠かさず聞いたし、『駅前留学』の体験入学もしてみた。  2週間でドロップアウトした。  最初は期待してくれていた上司も同僚も、今では割り切ってくれ、僕は主に裏方の事務に回っている。  前所属していた情報システム課の仕事はよかった。人と接することがあまり得意ではなく、マイペースでこつこつとノルマをこなすのが向いている僕には、1日中黙って課税システムを構築するその仕事は全く苦にならなかったのだ。  ところが国際化の仕事は基本的に対人間、それも異国の人との交流がテーマだ。  今回のこの、姉妹都市であるアメリカニュージャージー州ハドソンレイク市からのホームステイ受け入れ事業は、毎年7月に行われるメインイベントだ。6年交流室にいる佐々木主任なんか、この事業が室の仕事で一番好きだなんて言っているし、きっと国境を越えた人と人との触れ合いを間近で見られる素敵な機会なんだろう。  頭ではわかるけれど、僕にはやっぱり楽しいとは思えないのだ。  市民会館の小ホールに集まったホストファミリーの人達を指定の席に案内しながら、僕はそっと7度目の溜め息をついた。出て行った佐々木さんが携帯片手に戻って来る。 「室長に電話したらもう駅まで来てるってさ。ファミリーさんの方、全員揃ってる?」  僕は行儀よく座ったファミリーの顔ぶれと名簿を確認する。 「えーっと、あと戸田様と佐野様が……あ、佐野様いらっしゃいました!」  ホールの扉を開け、「遅れてすみませーん!」と駆け込んでくる佐野夫妻を作り笑顔で丁重に迎え、席にご案内する。 「本当にごめんなさい。ほら、うちは受け入れは初めてでしょ? なんだかもうドキドキして、いろいろ準備に追われちゃって」  頬を紅潮させ興奮気味に語り出す佐野夫人に、ステイ受け入れ5回目というつわものの高橋夫人が手を振る。 「普段通りでいいのよ。変に構えちゃうと、こっちも子供の方も疲れちゃうわ。なんたって2週間もつき合うんだから」  その言葉に周りの人達もうんうんなるほど、と頷いている。みんな多かれ少なかれ期待に満ちた緊張を隠せない面持ちだ。  全く知らない他人、しかも言葉も文化も違う外国の人を2週間もの間家に迎えるなんて、僕には限りなく奇特なことにしか思えない。でも今ここに来ている10組のご家族は、例外なくワクワクした顔で、今日から短い間家族に加わる可愛いゲストを待っている。  この面倒なセレモニーを一刻も早く終わらせたいなんて不届きなことを思っているのは、きっと僕だけだ。 「う~ん、どうするか。そろそろ時間だし、俺、戸田様にちょっと電話……」  佐々木さんが言葉を切ったのは、ホールの外からザワザワと人の気配がしてきたからだ。ファミリーさんの間にも張り詰めた空気が流れ、僕の背筋も自然に伸びる。  いよいよだ。

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