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第24話

***  人間は変われるものだ。  前は遙か上空を飛んでいる鳥くらいの大きさの影を見ても落ちてきそうな気がして怖かったのに、今は嬉しくて胸がときめくのだから、本当に不思議だ。  成田空港の見学デッキで離着陸する飛行機を眺めながら、僕はしみじみと思う。  あの中のどの機がリックを運んできてくれるのだろう。そう考えるとなだらかで無駄のないその優美な形とか、胴体に入った洒落たカラーとか、そういうものまで全部愛しくなってきてしまう。  空を見上げれば広がる、抜けるような冬の晴天。日差しはあっても大気はすごく冷たい。  風邪をひくから中で待っていればいいのに――リックはきっとそう言うだろうけど、僕はここで彼を連れて来る飛行機を見ていたい。だから彼を迎える場所はいつもこの、第一旅客ターミナルの見学デッキだ。  5ヶ月前の夏の日、ホームステイの日程を無事終えて、ハドソンレイクハイスクール一行は帰国して行った。一緒に見送りに来ていた室長と佐々木さんに飛行機が見たいからと言い訳して別れ、僕は一人この見学デッキから、リックを乗せた機体が離陸して行くのを見守った。  その日の朝ギリギリまでずっと一つになったまま抱き合っていた人が、いよいよ離れて行ってしまうのが悲しくて、涙で霞んでほとんど何も見えなかったのを思い出す。  そして今は同じ景色を、わくわくと高鳴る鼓動と共に澄んだ目に映している。長いクリスマス休暇を僕と過ごすために海を越えて来てくれる、素敵な恋人を待ちながら。  涙で空を見上げた日から季節は移り、秋が来て冬になったけれど、僕達の気持ちは全然変わっていない。逆に距離や時間と比例して、想いは深くなったみたいだ。  リックは約束通り毎月短い休暇を取って会いに来てくれたけれど、やっぱりそれだけじゃ全然足りず、離れるときはいつでも身を引き裂かれるようだった。  彼もきっと、僕と同じ想いでいてくれたんだろう。日本の大学院を受験して合格し、来年の4月からはそこで日本文化を学ぶつもりだといきなり報告されたときには、本当にびっくりした。なんでも以前からその希望は持っていて、僕とのことがあって決断に踏み切れたのだと、リックは嬉しそうに言ってくれた。    春になれば、ずっと一緒にいられる。だからもう少しの間、国境を越えた遠距離恋愛を楽しむのも悪くない。  時計を見た。午前10時ちょうどだ。飛行機は予定通り到着したみたいだったから、一連の手続きを済ませた彼がそろそろここにやってくるだろう。  クリスマスは綺麗に彩られた街を、2人手を繋いで歩こう。夜にはチキンとケーキを用意して、ちょっと奮発したシャンパンで乾杯しよう。新しい年の朝は、2人で日の出を見ながら迎えよう。  そして僕の来年の目標は、リックの生まれ育った町、ハドソンレイクシティに行くことだ。たくさん写真を見せてもらったその綺麗な町を、彼に案内してもらうんだ。  そして、彼の家族や大切な人達にも、ちゃんと英語で挨拶したい。きっと少しだけ緊張してしまうだろうけれど、彼が隣で『大丈夫』と言ってくれれば、どんなことだってできるだろう。  速足で近付いてくる足音を、期待に震える背中で受け止める。胸の中ではまた、小人の下手くそな演奏会が盛大に始まった。  これまで照れくさくてどうしても言えなかった一言を、今日は開口一番絶対言おうと決めてきた。何度も何度も練習したから発音だって完璧だ。 「シン!」  大好きな声が聞こえた。とっておきの特別な『アイ・ラブ・ユー』を言うために、僕は体ごと振り向いた。 ☆ END ☆

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