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第1話
僕はセクサロイド。型番はS-000025―XY。ご主人様へのご奉仕が最大の悦びです。
なのに何故、全裸でゴミ山に倒れているのでしょうか。
雨粒が硬質な瞳の表面を叩きます。記憶にバグが生じます。空には分厚い雲が渦巻いて、灰色に曇っていましたす。僕は……セクサロイドです。セクサロイドのはずです。
なのに何故、自分の型番以外思い出せないのでしょうか。
周囲には瓦礫とスクラップが打ち捨てられています。ちぎれたアンドロイドの手足をどけ、極端な緩慢さで上体を起こします。山のあちこちから有害物質を含む煙が上がっていました。どうやらスラム街みたいです。顔にあたるのは酸性雨です。
僕は廃棄処分されてしまったのでしょうか?
仕方ありません、壊れたセクサロイドは捨てられる宿命です。たまに稼働年数限界まで初期化を繰り返し酷使される個体もいますが、記憶にバグが生じます。
ここは人形の墓場のようです。至る所にアンドロイドやセクサロイドの身体の一部が転がり、丸々肥えたドブネズミが走り回っていました。雨粒が瞳に当たって弾けます。
水たまりを蹴散らす音。濁った飛沫。誰かがぬかるみを渡ってきます。
突然、視界に影がさしました。
背格好から推定13歳程度の少年が、重苦しい曇天を背負ってこちらを覗き込んでいます。
どうして曖昧な言い方をしたのかというと、無骨なガスマスクを被っていて顔の造作がわからない為です。レインコートのフードを目深に下ろしてるので髪の色さえ判然としません。
「お前……か?」
ザザ、ザザ……瞼の裏に走ったノイズの波長が不規則に途切れ、不定形の影が少年とすり替わります。
激しさを増す雨音にかき消され、後半は上手く聞きとれません。多分「お前セクサロイドか?」と聞かれたのです。
「どうしてそうおもうんですか」
「ケツに色々突っ込まれてる。鉄パイプとか」
ああ、どうりで……目覚めてからずっと下半身を苛み続けた、違和感と苦痛の正体が判明しました。僕は肛門に鉄パイプをねじこまれていました。一本ではありません。二本、三本……
「スパナとねじ回しも。工具箱かよ」
「随分と手荒な修理ですね」
「直ってるようには見えねえけど」
「でしょうね」
僕は工具でアナルを犯されていました。
少年があきれて言います。
「人間だったら死んでた」
セクサロイドは肛門に異物を挿入された程度では壊れません。しかし目一杯拡張されたアナルが疼いて、圧迫感が苛みます。
「すいません。抜いてくれませんか」
「なんで俺が?やだよばっちい」
「そういわずに。通りかかったのも何かの縁ということで」
少年は顔を引き攣らせて拒みます。正常な反応です。
とはいえ、現在の状態では自力で引き抜くのは難しいです。なんとしても彼に摘出してもらわなければ……この少年を逃してしまえば、次の人が通りかかる確証はありません。
などと解析している間に本人が立ち去りかけていました。させません。咄嗟に縋り付きます。
「離せよ!」
「お願いします、ヌいてください。哀れなセクサロイドを助けると思って」
「セクサロイドは嫌いなんだ、くたばりやがれ!」
「助けてくれたらお返しします」
少年がだしぬけに立ち止まります。雨はまだ降り続いています。僕はともかく、人間が長時間浴び続けるのは体に毒です。少年はその場に固まり、思い詰めた様子で考え込んでいました。
「お返しって、なんでも?」
「お好きなように」
少年が回れ右して引き返し、僕の身体に足を入れて裏返しました。レインコートの裾に前衛的な泥ハネが散り、その後にアナルに挿入された鉄パイプを掴みます。
「ッ、んぐ」
セクサロイドの身体は性感を過敏に調整されています。この体は暴力が与える痛みすら快感に置き換えるのです。少年がパイプを掴む手に握力を込めます。体の奥底を抉る灼熱感が疑似的な前立腺に接続され、ペニスが痙攣します。
「勃たせてんじゃねえよ、気持ち悪」
「すいません、ぁッ、あぁッ!」
少年がわざと先端を押し込みます。続いて右に左に、ぐりぐりと意地悪く回します。内壁をこそぎ落とされる激痛に身体が跳ね、ペニスが白濁をまき散らしました。
「セクサロイドってホント何されても感じんだな」
「ごめんな、さッ、あぁっ」
泥たまりに白濁が落ちて薄まります。僕はぬかるみを這いずって悶え苦しみます。責め苦はまだ終わりません。少年はむしろ僕を苛むのが目的みたいです。逐一仰け反り喘ぐ僕の反応を面白がり、残酷な好奇心が赴くまま鉄ペイプを捻り、かと思えば奥まで突っ込んで一気に引き出し、傷付いたアナルを犯しまくりました。これではまるで疑似的なレイプです。
「じっとしてろよ、抜けねえじゃん」
「すいませっ、ンンぅっ!」
汚いブーツで背中を踏み付けられました。僕が暴れないように固定した上で、漸く鉄パイプを抜きます。
「ふぁうっ、ンあっあ」
「ケツをかきまぜられて切ない声だすんじゃねえよ、ド淫乱」
「もっと、ぁあっ、もっと!奥までガンガン突いて罵ってください!」
「俺を変なプレイに巻き込むんじゃねえよ!?」
まだです、まだまだです。上体を支える肘が滑る都度ぬかるみに突っ伏し、頬に泥が飛び散ります。最初は面白がってた彼も今やドン引き。僕は今全裸なので、ビンビンに勃った乳首とペニスが丸出しです。
「|廃棄品《スクラップ》と勘違いして、浮浪者やガキどもが面白半分に突っ込んだのかな」
「わか、りません。覚えていません、ッぁあ!」
少年が俯きがちに独りごち、喘ぎが高まります。二本目、三本目……続いてスパナやねじ回し、ドライバーも摘出されました。体内の異物を全部取り除かれ、再び動けるようになります。
まずは顔の前に手を翳し、小指から順に曲げていきます。少し引っかかる感じはしましたが、いけそうです。
「ありがとうございました」
「じゃあ行くぞ」
「はい?」
「お返しがまだだろ」
そういえばそうでした、すっかり忘れていました。僕はポンコツです。
尊大に顎をしゃくられ、震える足で立ち上がります。
ギシリ、錆びた膝関節に自重が乗って軋みます。少年に手を貸してくれる気はないようでした。
異物が取り除かれたとはいえ下半身の損傷は深刻で、回復には少々時間がかかりそうです。
「待ってください」
「でくが命令すんな」
足早に歩きだす背中をびっこを引いて追いかけます。ゴミ山の周囲からは相変わらず煙が上がっていました。彼がしているガスマスクは煙の吸入を防ぐ為でしょうか。使い古しのレインコートは殆ど役に立っていません。裾からは夥しい雫が滴っています。
「あの……」
「なんだよ」
「みんなが見ています」
「素っ裸だからな」
少年は断固たる足取りでゴミ山を抜け、荒廃しきった路地を歩いていきました。
僕を目で追った浮浪者は一様に好奇の色を浮かべます。場末を徘徊しているセクサロイドが珍しいのでしょうか。もしくは露出狂と誤解しているのかもしれません。思いきってお願いしました。
「せめて性器を隠したいのですが」
「木偶の分際で恥ずかしがんの?」
「現状を客観的に|実況《リポート》すると、あなたは露出狂を引き連れた変質者ですよ。大変目立っています」
少年が道の真ん中で立ち止まり思案します。軒先で雨宿りする浮浪者たちの視線が全身に突き刺さり、さらに続けました。
「僕はセクサロイドなので羞恥係数の調整が可能です。お客様が望むなら羞恥係数を上げて恥じらうそぶりもできますし、逆に下げて大胆なリクエストにもおこたえできます。なので現在進行形で不特定多数から注がれる視線を快感に置き換えることはたやすいですが、あなたも視姦に興奮する特殊性癖をお持ちなのでしょうか」
少年は黙って突っ立っています。気のせいか小刻みに震えているようです。首をかしげて応答を待ち侘びる僕の周囲に、垢じみた浮浪者たちが群がってきます。
「コイツはスラムにゃ珍しい上玉だな」
「オレンジの髪と宝石みたいな瞳……驚いた、野良セクサロイドかい?横流しすりゃ高く売れるな」
「|中古《ロストバージン》は買い叩かれるんじゃねえか?」
「どれ、商売道具の具合は」
「あっ、やめてくださいあッあッぁあッ」
異物でもてあそばれ弛緩しきったアナルを次々とほじくられます。
セクサロイドは全身が剥き出しの性感帯です。肌に当たって弾ける酸性雨さえも刺激になり、アナルを責め抜く指にすら高ぶっていくのを止められません。
疑似的な前立腺が快感を何十倍にも増幅して|人工脳《AI》に届け、瞳の裏側に0と1が流れていきます。
「反応も上々だ。俺たちで|輪姦《マワ》すか」
浮浪者が僕の乳首とペニスをいじくり倒し、アナルに指を出し入れします。
「コイツは俺んだ!」
突然腕を引っ張られました。ガスマスクの少年が僕の手首を掴み、全速力で走り出したのです。
「待て!」
背後で野太い怒号が炸裂します。振り向けば浮浪者たちが追いかけてきます。セクサロイドは高く売れる……その言葉が脳裏に響き渡りました。
「僕、パーツ単位で分解されてしまうのでしょうか」
「かもな」
「バラ売りは嫌です」
「死ぬのが怖いのか。いっちょ前に」
ガスマスク越しのくぐもった声で嘲ります。ぐ、と腕に指が食い込みました。憎しみが込められているように思えたのは気のせいでしょうか。
少年はとてもすばしっこく土地勘にも恵まれていました。
絶え間なく降り注ぐ雨粒が波紋を広げる水たまりを軽快に蹴散らし、複雑に入り組んだ路地を右に曲がり左に折れて、あっというまに浮浪者たちを巻いてしまいました。圧倒的な経験値を感じさせる逃げ足の速さでした。
「スピードを落としてください、関節が壊れます」
「ごちゃごちゃうるせえな、スクラップの寄せ集めの分際で」
漸く失速します。少年は膝に手を付き、苦しげに呼吸を整えています。かと思えば群れたガスマスクを剥ぎ、こちらを振り向きました。
「ほらよ」
無造作に投げてよこされたのは骨のへし折れた雨傘です。
「股間。隠せば?」
「……お借りします」
すぐ横のダストボックスのてっぺんに廃棄されてた蝙蝠傘です。有難く使うことにしました。壊れて閉じれない傘で前を遮れば、濡れ髪を雑にかきあげて少年が笑いだします。ガスマスクの下の顔はあどけなく、鼻梁にそばかすが散っていました。
「あなたの名前は?」
「イース。そっちは」
「S-000025―XYです」
「そりゃ型番だろ、名前じゃねえ」
雨樋を濁流が走る軒下で僕と向き合い、生意気そうな面構えの少年が鼻白みます。ボサボサにはねた茶髪と同色の目……びっくりするほど痩せっぽちです。声変わりもしていません。
「お前今日からニーゴな」
イースが偉そうに指さして宣言しました。
「ニーゴ、ですか」
「25番だからニーゴ。文句ある?」
「僕に名付けたということは、イースが新しいご主人様になるんですか」
セクサロイドの常識ではそうなっています。命名は|ご主人様《マスター》の特権です。
僕の疑問にイースは変な顔をしました。眉と口角が左右非対称に歪んで、何故か泣きそうです。
「そうだ。お前は今日から俺の性奴隷。命令には絶対服従な」
「わかりました、イース」
そのあとイースの家に連れていかれました。イースはスラム街にある、路上生活孤児たちのコロニーで暮らしていました。
「入れ」
帆布のテントの内側は狭くてごちゃごちゃしてました。周囲には空っぽの缶詰や発泡スチロール容器が転がっています。
「イース一人で暮らしてるんですか」
「今はな」
テントの中にはステンレスの手鍋や一口の携帯コンロ、へこんだアルミ皿がありました。
イースがガスマスクを置き、びしょ濡れのレインコートをロープに掛けて振り返ります。
「なんで立ってんの」
「座れと命令されなかったので」
「あのさあ……それ位自分で考えろよ」
「すいません」
「座れ」
イースが古ぼけたランプにライターで火を入れます。僕は大人しく座りました。毛布は一人分しかありません。しかもボロボロです。僕はセクサロイドなので不要ですが、イースはさっきから震えっぱなしで早急に暖める必要がありそうです。
「イース、可及的速やかに保温を推奨します」
「ぶち壊すぞ」
物騒な三白眼で凄まれました。膝を抱えて縮こまります。イースにもらった蝙蝠傘は中途半端に開いたまま、そばに置いてあります。閉じたくても閉じれないのです。正直邪魔です。
イースはくぢゅん、くぢゅんとくしゃみをしながら何かをさがしています。
「何をさがしるんですか」
「缶切り。どっか行っちまった」
「紛失したんじゃないんですか」
「いちいち言い直すなよ、マジイラ付く」
「僕のアナルに突っ込まれていませんでした?」
「よしんばあっても使わねーよ」
「そうですか……」
少しでも新しいご主人様のお役に立ちたかったのに……落胆しました。「あった」と呟き、イースが缶切りを取り上げます。その後缶詰のふたに切り込みを入れ、コンロでじっくりコトコト煮立たせます。
「イース、沸騰します」
「!ッ、いけね」
僕の警告で間一髪、吹きこぼれる前に間に合いました。
素手で掴んだイースが「あちっ!」と叫び、取り落としたスープ缶をキャッチしたのはセクサロイドの反射神経がなせるわざです。
「火傷しました?見せてください」
拒絶されるより先に手を掴んで引き寄せれば、指の先が赤く腫れていました。僕はイースの手を裏返し表返し、指を含みます。
「……人間様のまねかよ」
イースが嗤いました。またあの表情です。眉尻と口角が左右非対称に歪んだ、なんとも言い難い表情。
イースに指摘され、初めて疑問に思いました。何故僕は彼の指を含んだのでしょうか?一体誰に教わったのでしょうか?
イースが僕の手をふりほどいて背中を向けます。その後、スプーンを使ってスープを啜り始めました。猫舌なのでしょうか、いちいち吐息を吹きかける横顔はやけに幼いです。
イースはすぐスープを飲み干してしまいました。空き缶を放ったあと、おもむろに立ち上がります。
「ッ、」
不意打ちで髪を掴まれました。イースが仁王立ちして一言命じます。
「まだ足んねえ。あっためろ」
「……了解しました」
何を望まれているかはわかります。セクサロイドなので。膝立ちの姿勢に移行し、イースのズボンをおろします。下着の中心はまだ膨らんでいません。今度は下着をずらしていきます。イースのペニスは幼く未熟で殆ど毛が生えていませんでした。
「剥けていませんね」
「るっせえよ、さっさと口動かせ」
イースに殴られました、拳で。僕は大丈夫、セクサロイドなので。暴力は躾の一部、プレイの一部です。壁際に立ったイースの股ぐらに顔を突っ込み、唇だけを使って器用に亀頭を剥き、ピンクの粘膜を吸い立てます。
「ッ、ぅぐ」
イースがキツく目を瞑り僕の頭を押さえ込みます。ひょっとして……
「フェラチオは初体験ですか」
「なっ」
案の定イースが真っ赤になりました。図星です。
「体温が上昇しました。イースは羞恥しています」
「俺のことはどうでもいいから、そのやらしー口使ってちゃんと気持ちよくしろよ」
「そうですね、今は口淫による血流の促進と保温が先決です」
「ッは、んっふ」
片手で僕の肩を掴み、片手の甲を噛んで一生懸命喘ぎ声を殺すイース。二本足で立ってるだけで精一杯の少年にご奉仕します。
「あっ、あッ、ィっ?ニーゴやめ、ちょっ待」
セクサロイドは技巧に優れています。唇で吸い立て、口の粘膜で包み、舌を絡めて育てていきます。これではどちらが犯しているのかわかりません、イースは涙目で腰を振っています。
「ッは、ァ……」
切なげな表情のイースが、脈でもとるみたいに首筋に指を擬してきました。指が後ろに回り、後頭部のスリットをまさぐります。
「人間じゃねえくせに」
「はい。セクサロイドです」
「ここ、に、メモリーカードをセットするんだよな」
「はい。尤も僕のメモリーには深刻なバグが発生していますが……」
セクサロイドないしアンドロイドの後頭部にはスリットが敷設されています。
「ご存じかもしれませんが……セクサロイドの脳にはメモリーカードが内蔵されていて、それを別の躯体のスリットに挿入すれば、記憶を上書きできるのです」
「マスター登録ってどうやるんだ?」
「起動時に眼球で|生体情報を指紋認証《プリンティング》します」
素直に回答すれば、イースがおっかなびっくり人さし指の先端を近付けてきました。カツン、眼球の表面に指が当たるなり嫌悪の表情を浮かべて引っ込めます。
「僕は|中古品《ロストバージン》なので、マスターの更新は不可能みたいです」
「ンだよそれ、使えねェ」
「利点もあります。もしこの体がダメになっても頭部を他の躯体に移植すれば、メモリーを引き継いで再起動できるんです」
「オツムさえ無事なら不死身ってことか、バケモンめ」
イースが不機嫌に吐き捨てます。裏目にでました。
「上書きできねえんじゃマスターだの奴隷だの所詮ごっこ遊びじゃん」
「セクサロイドは、んっ、誰かに隷属しなきゃっ、んぐ、活動できないん、です」
たとえ何の意味もない主従契約でも、セクサロイドは束縛されたがるんです。
「海綿体が充血してペニスが肥大してきたのがわかりますか?これが勃起です。感覚をよく覚えてください」
「調子にのりやがって!」
「ぐっ、ふ」
イースが僕にしがみ付き、頭を抱えるようにして喉の奥に抉り込みます。ペニスの先端が閊えて苦しいです。
苦痛に歪む表情に留飲を下げたイースが激しく腰を振りたくり、過敏に調整された粘膜を蹂躙します。
「わざとらしく苦しいふりなんかすんなよ、セクサロイドは喉マンコでも感じるんだろ、イマラでイッちまえ!」
「イース、あっ、ンんぐっ、ふっ苦し」
イースは子供故に手加減を知りません。むせることすら許されず、えずくことすら認められないイマラチオの苦しみに抗うさなか、脳裏に映像が弾けました。乱暴に頭髪を掴む手。全裸で膝立ちの僕。物陰から覗いているのは―……
「ああぁッ!」
喉の奥に粘っこい苦味が弾けました。イースが射精したのです。
即座にペニスを吐き出して見上げれば、イースが俯いたまま微痙攣しています。ふやけた口の端から一筋涎をたらし、完全にのぼせきっています。
「イース……ひょっとして、精通まだでした?」
イースが膝から崩れ落ちました。ペニスからぱたぱた雫が滴ります。僕を睨み据える目はまじりけない憎悪と殺意にギラ付いていました。
この日から僕とイースの共同生活が始まりました。
イースの仕事は屑鉄拾いです。朝早くショッピングカートを押してゴミ山に出かけ、まだ使えそうなスクラップを物色するのです。僕はテントで留守番です。
「セクサロイドには蝙蝠傘がありゃ十分だろ」
僕はイースが帰ってくるまで全裸で待機します。略して全裸待機です。
ところで……僕に精通させられたのが、イースは余程不本意だったみたいです。
ある日の事、ゴミ山から帰還したイースがディルドを持参しました。
「ケツ向けろ。孔に栓してやる」
「了解しましたイース」
従順に後ろを向けば、アナルに亀頭を誇張されたディルドがめりこみます。
「へえ……噂通り、セクサロイドって勝手に濡れるんだな」
「はい……異物の、ぁあッ、挿入を察知すると、はッ、潤滑油が分泌される仕組み、ンんッ、です」
「前から漏れてんのは?」
「カルシウム基盤のッ、ふッぅっ、人工精液、ですッ」
「便利な体。ハマるヤツが続出するわけだ」
「あッ、イース、キツっ」
ディルドがさらに奥深くねじこまれ、疑似的な前立腺が圧迫されて括約筋が収縮します。ですが勝手にイくのは許されません。
僕のアナルにディルドをみっちり埋めた後、今度はペニスをボロきれで縛り上げます。
「俺が帰るまでイくなよ。いいな」
「了解、しました」
イースの射精管理は徹底していました。イースの帰りは早い日で最低八時間後、遅い日で十二時間後です。僕はその間テントにひとりぼっちで、イきたくてもイけない地獄の苦しみを耐え凌ぎます。
「ッは……」
ディルドは抜くなと厳命されています。後ろはもちろん前に触れる事も許されません。セクサロイドはご主人様に絶対服従、どんな残酷な命令にも逆らうことなどできないのです。
「イースっ、イースっ」
耐え切れず腰を揺すります。ディルドの底部を床に押し付け、挿入の角度を深くします。ペニスに巻き付いたボロ布はぐっしょり濡れそぼり、吸いきれない粘液が滴っていました。
「限界です、射精の許可をください!」
イースは一向に帰ってきません。平均八時間放置されます。ドライオーガズムで何度もイキまくり、体中すっかりおかしくなった頃に漸く帰ってきます。
でも、なかなかシてくれません。わざとじらすんです。口笛吹きながら一個一個収穫を仕分けし、テントの床に並べ、僕が耐えきれれず尻を締めて踊り出す頃にやっと構ってくれるのです。
「イースぅっ、ァっあぅっ、ンああぁっ」
「お疲れさん。よく頑張ったなニーゴ」
「ぁあッ!」
おざなりに労って布をほどくやいなや、ペニスがわなないて大量の白濁を飛ばします。僕が出した人工精液を拭い、イースは仏頂面で言いました。
「顔に粗相しやがって」
「すいません……」
「緩ィみてえだからやっぱ縛っとく?」
「いや、嫌です!イースがいい、本物のッ、ァあっ、イースのペニスが欲しいです」
イースに蔑まれて全身を火照らせ、即物的に要求します。まだ終わりません、ここからが本番です。
「偽物が本物欲しがんなよ」
イースが憎々しげに吐き捨てます。
「すいませ、んッ~~~~~~~~~~~~」
イースはセクサロイドの消耗を許さず、後ろに回って腰を引き立て、ディルドを排泄したアナルにペニスをねじこんでくるのです。
「あッ、ぁっ、ぁあッ」
「中すっげ締まる……ずっとディルドを咥えこんでたから?」
イースのペニスは然程太くありません。ディルドより細い位です。でも生きた人間のペニスです。
鼓動に合わせて熱く脈動するペニスが粘膜を巻き返すたび、オモチャに慣らされた前立腺が歓びに震えます。
イースのセックスは幼稚で性急でした。
「ッ、出すぞ」
「イース、僕まだイってなっ、ぁッあっ、マスターベーションの許可を、自分でイく許可をくださっ、ぁあっ」
「わかった、使っていいぞ。ただし右手だけな」
「ありがとうございます、ぁっふぁッ、ああぁ―――――――――ッ……」
僕が射精に至る前に果てる事も多く、そんな時は自分でしごいて搾りました。
ある時、出支度をしているイースに言いました。
「イースは早漏なんですね」
「なんだって?」
レインコートに片袖を通したイースが振り向きます。目尻が見たことない角度に吊り上がっていました。
「だってすぐイッちゃうじゃないですか」
「早くねェよ普通だよ多分」
「早口ですね」
「お、お前の中が良すぎるんだよ……んで気付いたら出涸らしも出ねえ位搾り取られちまって……」
もにょもにょした小声で言い訳し、ガスマスクをかぽんと被って赤い顔を覆います。僕はまじまじとご主人様を見詰めました。
「イースは可愛いですね」
「ッ!」
「ちょ、痛ッ、キツく巻きすぎです!そんなにしたら潰れます!」
「気合で再生しろセクサロイド!
「自動修復機能にも限界があります!」
イースと暮らし始めて一か月、二か月、三か月が経過しました。僕はイースに色んな事を聞きました。
イースが住んでいるここはスラム街の外れ。イースは元々親に捨てられた路上生活孤児で天涯孤独。テントの中に転がってるコンロとランプと鍋はゴミ山で拾ったモノ。
「そのガスマスクは?」
「ゴミ山に埋もれてた」
「かっこいいですね」
「だろ。付けてみる?」
イースが投げてよこしたガスマスクを注意深い手付きでひねくり回し、かぽりと被ります。
「どうだ?」
「……視野が狭まりました」
「ははははっ、全裸にガスマスクのみって超シュール」
「やっぱりイースの方が似合いますね」
一分二十秒ほど装着後に満足し、顔から外したガスマスクを返却します。イースは退屈そうにガスマスクをもてあそび、ほんの少し考える素振りをしました。
「服。今度持ってくる」
何を言われたのか理解するのが遅れました。イースの顔がたちまち赤くなります。
「いくらテントの外にでなくても全裸じゃ不都合だろ。なんか……絵的にシュールだし」
「着衣を用意してくれるんですね。ありがとうございます」
率直にお礼を述べました。
イースは引き続き照れています。
「それと!今度からディルド嵌めて待たなくていいから」
「え……それじゃあただの待機になってしまいますよ?」
「物足りなそうな顔すんなよ、どんだけだよ」
声のトーンを落として告白しました。
「あのディルドは貞操帯の代用だと思っていました」
「セクサロイド脳め……」
「『栓しとけ』なんていうから」
「そーゆー意味じゃねえ!」
翌日、彼は油染みが付いた作業着を持ってきました。出所は言いたがりません。なので聞きません。
「ポケットがいっぱい付いてて実用的だろ。ちょっとだぶだぶだけど」
「かなりだぶだぶです」
試しに着てみたら袖と裾が余りました。仕方なく二重に折り返します。靴は調達できなかったらしいので、裸足で過ごすことにしました。幸い僕はセクサロイドなので、ガラスや石ころを踏ん付けても破傷風になる心配はありません。イースは感心していました。
「セクサロイドって便利だよな。怪我しても勝手に治るんだから」
「消耗が激しいので最低限の自動修復機能は搭載されています。本当は定期的にメンテナンスしたほうがいいんですが」
四か月、五か月、六か月……あっというまに二年が過ぎ、イースは15歳になりました。
現在は週三の頻度でセックスしています。
この所イースは急激に身長が伸びました。成長期に突入したのです。体格も少し逞しくなり、喉仏が張り出して声が低くなります。今日もイースは喉をさすり、発声練習をしています。
「あ゛~、あ゛~」
「違和感はとれました?」
「あんまし」
「そのうち定着しますよ」
「背は並んだよな」
イースが僕の正面に立ち、自分の頭に添えた平手を水平動させます。
「出会った時は僕の方が高かったですよね」
「セクサロイドには第二次性徴期なんてねえもんな」
イースは得意げに笑っていました。僕はどんな顔をすればいいかわかりません。
その頃にはイースの屑鉄拾いに同行を許可されていました。
屑鉄拾いの行き帰りに知ったのは、一見無愛想な彼の意外すぎる人望の厚さです。イースがショッピングカートを押して歩いてると、界隈の孤児たちがワッと寄ってくるのです。
「イースにいちゃん今日もゴミ漁り?あたしも一緒にいく!」
「ずるいぞ、今日は俺と一緒にいくって約束したもんな!」
「ほーら、喧嘩すんな」
「昨日は屑鉄分けてくれてありがとー、おかげで母さんのお薬買えた!」
「良かったなルル。最近は酸性雨続きだから、厚着して当たらないようにしとけよ」
「うんっ!」
見た所イースはコロニーの孤児たちの最年長のようでした。
人体に有害な煙を吐き出すゴミ山を漁っている最中も常に小さい子を気にかけ、上がりが少ない子に分け前をあげています。
転んでべそをかく子の頭をなで、膝の擦り傷を唾で消毒してやったりもしています。
彼の「仕事」に同行し、頼れるガキ大将としてのイースの一面を知りました。
イースが屑鉄拾いに行く際は近隣テントの子どもたちが合流するのが常で、パレードみたいに賑やかです。好奇心旺盛な子どもたちは、僕に興味津々聞いてきます。
「おにいちゃん誰?すごく綺麗ね」
「オレンジ色の瞳だー。何人?」
「僕はイースが個人所有するセクサロイドですよ、いたっ」
「余計なこと言うんじゃねえ」
事実を答えたら踝を蹴られました。理解不能です。困惑する僕をよそに、イースは笑顔で言いました。
「コイツは俺のダチ。行くあてねえから置いてやってんの、早い話が居候だな」
「お名前は?」
「ニーゴです」
「よろしくニーゴ!」
「こちらこそよろしくお願いします」
子どもたち一人一人としゃがんで握手する僕を、イースはあきれた苦笑いで眺めています。
実際の所、屑鉄拾いに駆り出されたのは子守りの為かもしれせん。イース一人で面倒見るには孤児の数が多すぎました。
「ニーゴ、こっちこっちー」
子どもたちと追いかけっこしている最中は、自分の本来の用途を忘れかけます。酸性雨の晴れ間の空は綺麗な青。出来すぎな虹まで架かっていました。
「おれリボン結びできるよ」
「僕の髪で遊ぶのはやめてください」
「ずるーい、今度は私が乗りたい!」
「騎乗位は対応可、されど騎乗は未対応です」
一人を肩車し、二人と手を繋いでゴミ山を仰げばイースがガスマスクを脱いで笑っていました。虹の袂のイースは眩しくて、世界の中心にいるみたいでした。
子どもたちのお守りを頑張った日は特別なご褒美がもらえます。イースがスープ缶で乾杯してくれるのです。
イースが食べるスープ缶は大半が賞味期限切れな上、肉の切れ端と豆しか入ってない粗末な代物です。
それをコンロでグツグツ煮込み、プラスチックスプーンですくって食べます。
アルミ皿も二個あることはありますが、イースは洗うのを億劫がって滅多に使いません。
沸騰寸前にスイッチを切り、軍手をはめた右手でスープ缶を持ち上げるイース。
「ちびどもの尻拭いお疲れさん」
「本当に疲れました……」
「もちっとオブラートに包め」
「君と性交するより疲れました」
空き缶をかち合わせてぼやくたび、イースは喜べばいいのか怒ればいいのかわからず微妙な顔をします。
二年前までイースはスープ缶を独り占めしていました。今は違います。一口だけ、僕に分けてくれるのです。
「ん」
「僕はセクサロイドなので栄養の経口摂取は不要です」
「知ってる」
「では何故?」
「隣でじっと見られてると落ち着かねェんだよ」
「それはイースの貴重な栄養分です。ただでさえカロリーが不足してるんだから残さず食べてください、大きくなれませんよ」
「追い越されたくせに」
「イースは成長期でしょうに」
しばらく押し問答を続けるものの大抵は僕の勝利で終わります……が、たまに「命令、毒見」で押し切られました。
そういうときは仕方ないので、イースが勝ち誇り突き出す匙から、直接コンソメスープを啜ります。
「うまい?」
「動物性たんぱく質の味がします」
セクサロイドには味覚がありません。でもイースを喜ばせたいので、彼と食事を分かち合いたいので、わかったふりで相槌を打ちます。人間は誰かと食事することに意味を見出す生き物だと教わりました。
セックスはせず、ただ添い寝する日も増えました。イースには不思議な癖があります。セックスの最中も寝ている時も、髪の毛に埋もれた僕のスリットを触るのです。
「くすぐったいです、イース」
「ん……」
優しさと勘違いしそうになる手付きで、ためらいがちな指遣いで、繰り返しスリットをなぞって眠りに落ちるイース。
「これ……痛くなかった?」
「起動前なので覚えていません」
「そっか……埃とか入んねえように掃除しとけよ……」
「位置が位置なので自分でやるのは難しいです。イースにお願いします」
「わかった。綿棒とピンセットさがしてくる」
「敏感な部位なので優しくしてください」
僕はずれた毛布を掛け直し、日増しに大人びていくイースの寝顔を見守りました。
セクサロイドは眠りません。セクサロイドが|休眠状態《スリープ》に移行するのは深刻なバグの発生時かメモリーカードを抜かれた時だけです。故に寝ずの番を務めます。至近距離でイースの寝顔を独占できるのは僕の特権でした。
「おやすみなさい」
イースの前髪をかき分け、額に唇をあてました。
ある日の事……路地で裾を引かれて振り向くと、イースの親切で母親の薬が買えた、あの少女がいました。
「あげる」
「鏡……ですか?」
彼女が微笑んでさしだしたのは薄汚れた手鏡でした。背面には回転木馬が描かれています。
「おととい拾ったの。ルルの宝物だけど特別に」
「イースへのお返しなら気にしないと思いますが」
「それじゃルルの気がすまないもん、もってって」
不服そうに口を尖らす少女。
「直接渡せばいいのでは……」
「恥ずかしいもん。ニーゴが渡して」
女心は理解不能です。これ以上押し問答を続けたらイースにおいてかれてしまうとあせり、手鏡を受け取りました。
「了解しました。これはお預かりします」
「ありがとっ!」
感極まってジャンプした後に耳打ちしてきました。
「ニーゴ、自分のお顔見たことない?毎日鏡を覗いてね、笑顔の練習するといいよ。とってもキレイな顔してるから、笑ったらもっとステキになるよ」
「ありがとうございます」
よくわからないままとりあえずお礼を述べると、ルルは後ろ手を組んでもじもじしました。
「ホントゆうとね、イーシャがいなくなっちゃってからイース元気なく心配してたの。でもね、ニーゴがきてから楽しそうで安心しちゃった。ひとりぼっちだった頃と比べて、ちょっとだけ笑えるようになったんだよ」
「イーシャ?」
知らない名前です。
誰ですか、と聞こうとしたそばから女の子は駆け戻っていきました。
「早く来いよ!」
イースがいらだって急かします。あんな声を出すのは僕にだけ、他の子には優しくて面倒見の良いイースお兄ちゃんです。
ご主人様のもとへ向かいながら、僕はルルに指摘された事を考えていました。
僕はセクサロイド、セックスがコミュニケーションツールです。ご主人様を悦ばせる表情の作り方はインプットされているはず、ですが……。
ふと自分がどんな顔をしているか気になり、もらったばかりの手鏡を翳します。
袖口で擦って鏡面を覗き込むと、イースと同年代の少年が無表情に見返していました。
ボサボサに毛羽立ったオレンジの髪、子どもたちが綺麗だと褒めそやすオレンジトルマリンの虹彩。容姿は中性的にデザインされています。反抗精神漲る釣り目のイースとは対照的なタレ目でした。
「あー……」
鏡を持ったまま口を開ければ、澄んだボーイソプラノが響きました。鋭く尖ったイースの喉仏を思い出し、次いで自分の身体を見下ろし、なんでか胸がモヤモヤします。
イースはこの二年で成長しました。一方僕は……。
口の端に指を掛け、横に引っ張ります。イースや子どもたちの笑顔をまねしたのですが、結果はさんざんでした。
「こらニーゴ、ひとりで遊んでっとケツにドライバー突っ込むぞ!」
「すぐ行きます」
再び手鏡をズボンに突っ込み、お冠のイースに小走りに追い付きます。
十分後、ゴミ山に到着しました。屑鉄拾いに上の空を見かねて、イースが檄をとばします。
「手ェ止まってんぞ。やる気ねェなら帰る?」
「すいません」
ねえイース、イーシャとは誰です?
僕の前はその人と住んでたんですか?
その人とも僕としたみたいなことしたんですか?
「どうかしたか」
「別に。イースの互助精神の旺盛さに感心していただけです」
「あン?」
「君の知能レべルに合わせて翻訳すると、子どもに好かれてますね」
「馬鹿にしてんの?」
「褒めてるんです」
「さいですか」
イースが皮肉っぽく鼻を鳴らし、ガスマスクを隔ててもわかる温かい眼差しで子どもたちを見回しました。
「今は俺が親代わりみてえなもんだから、足りねェヤツのぶんまで食い扶持稼いでやんねえと」
「生物学上の親はどうしたんです?」
「捨てたか消えたか死んだか……いねえほうがマシな親だって世の中にゃいるさ」
「イースもですか」
「覚えてねえ。物心付いた頃にはいなかった」
では誰に育てられたんです、と聞こうとして思い止まりました。イースは身の上を詮索されるのを嫌います。
イースがみんなに頼られるのは良いことです。なのに何故胸がもぞもぞするのでしょうか。どうしてイーシャの素性を聞けないのでしょうか。
まるでイースが僕だけのイースじゃなくなってしまったみたいな……0と1だけで解析できない不合理な感情を持て余し、瓦礫をひっくり返します。
鈍い光が目を射ました。
何だろうと拾い上げ、それがロケットペンダントだと気付きました。
「ねえイース、これは売り物になりますか?ぴかぴか光ってキレイです」
「掘り出し物か?」
イースが瓦礫を蹴散らして器用に歩いてきます。片手でガスマスクを上げ、僕の手元を覗き込み、凍り付きます。
「どうですイース、これと引き換えにスープ缶を何個買えますか」
僕はお手柄を喜んでいました。イースは成長期なのでたくさん食べなきゃいけません。
「君の好きなコンソメスープですよ、この装飾を売れば賞味期限が切れてない在庫を買い占められます。できるだけ挽き肉の分量が多いのにしましょうね、カロリーは最低500kcal以上で……」
華奢な銀鎖の先で揺れるロケットペンダントはとても綺麗で、若い女の子が喜びそうです。
次の瞬間、イースが右腕を振り抜きました。
「え?」
一瞬の思考停止。
頬に衝撃が走り、ゴミ山の斜面を転げ落ちます。あたりに散らばっていた子どもたちがぎょっとして振り向きました。
「イー、ス?」
瞼の裏にザザ、ザザとノイズが乱れます。
イースが近付いてきます。怖いです。『怖い』?そうです、この感情を名付けるなら確かに―……
斜面を滑り下りてきた彼の姿がブレます。イースが僕の手からペンダントをひったくり、無言で歩き出しました。
「どうしたのイース兄ちゃん」「帰っちゃうの?」子どもたちが不安げにざわめきます。
「イース、カート置きっぱなしですよ」
仕方ないので押して帰りました。
ゴミ山を下り、スラムの路地を抜け、テントの仕切り布をくぐります。様子が変です、あれから一言も発しません。一体どうした……
テントをくぐるなり殴り飛ばされます。
瞼の裏に光が爆ぜました。イースが僕を押し倒して上着を剥ぎにかかります。
「くそったれ、やっぱり何もわかってねえ、変わってねえじゃんか!」
「どうしたんですイース」
「うるせえよ!機械が人間のふりして喋んな!わかったふりすんな!」
イースが僕の胸ぐらを掴んで締め上げ、ゴツゴツ後頭部を叩き付けます。彼は泣いていました。泣きながら怒っていました。不可解です。
僕は窒息プレイにも対応できるセクサロイドなので、首を絞められたからといって死にはしません。ただ苦しいのは事実です。
「かはっ、」
苦しくて苦しくて、手足を振り回して暴れます。手足が当たった拍子にステンレスの鍋が、ランプが、アルミ皿がひっくり返ります。
「コイツが売り物?スープ缶何個分?ははははっそうだよなあお前にとっちゃ所詮その程度の価値っきゃねえよな、す~ぐ忘れちまったんだもんな、どうせイーシャの事だって覚えてねえだろ!」
何で今その名前が?
「イーシャとは誰です?僕の関係者ですか?」
イースが左右非対称の表情で固まりました。
僕の胸ぐらを締め上げたまま突っ伏して嗚咽する彼に、ああ、声変わりを終えたんだなと思いました。
瞼の裏にジジ、ジジとノイズが走ります。
ブレた映像が結んで弾け、また暗闇に帰ります。イースが右腕を振り抜きます。一発。今度は左腕を振り抜きます。一発。
「服なんか着せるんじゃなかった」
僕が殴られてるのに、殴っているイースの方が痛そうなのは何故でしょうか。
セクサロイドは殴られても血が出ず、性欲が減退するほどには顔形が崩れません。だから暴力の止め時を見失うのだといいます。
「スープの味見させるんじゃなかった」
イースは悪くありません。全部僕がセクサロイドのせいです。
イースは僕を殴って犯しました。
最初の頃に戻ったみたいな、性急で乱暴なレイプです。僕はまるきり人格のない物として扱われました。
「ほらよイけっイっちまえ、ご主人様に犯されて死ぬほど幸せだって言えよポンコツが!」
「イース、に、ンぁあっ、犯されて、ふぁあっ、死ぬほど幸せ、です、ぁあっ」
ここ二年でイースのペニスは成長しました。皮は完全に剥け、赤黒くそそり立っています。
前立腺を潰されるととても気持ち良いです。びゅくびゅくペニスから汁が飛び散り、再び腰が上擦っていきます。
脱がされたズボンから手鏡が落ちました。ハッとして目をやります。よかった、割れてません。
壊れたらルルががっかりします。
だしぬけにイースが頭を押さえ込み、床に落ちた鏡を覗かせました。
「笑えよ。笑顔の練習」
耳元で脅されました。
「うあっ、ぁあっ、イースっ、あぁっ、ンあっ」
イースが容赦ない抽送を再開します。
「笑え」「笑え」「笑えよほら」……鏡に映る僕の顔が歪み、笑顔を繕おうとして失敗します。不細工です。
イースや僕自身が出した白濁が絡んだ髪はくすんでしおたれ、オレンジトルマリンの瞳は虚ろに濁り始めています。
「イー、ス」
か細い声を紡ぐ僕の背中にのしかかり、ガスマスクで表情を遮ります。
ああ、イースは泣き顔を見られたくないんだな、と思いました。
僕はご主人様の命令通り笑おうとしました。しかし何度やっても上手くいきません、左右非対称の歪な表情しか作れないのです。
「ぁあ―――――――――――ッ……」
ルルがくれた手鏡にかけてしまいました。申し訳ないです。手のひらで拭いても汚れが広がるだけです。
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