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第2話

その日からイースはガスマスクを装着して僕を犯し始めます。どんな顔をしているか、見られたくないのでしょうか。どんなに素顔を見せてとねだっても無駄でした。 僕はテントに監禁されます。外出は一切禁じられました。待遇は前より劣悪で過酷です。 あの日以来、イースは行為中に執拗に笑顔を強制してきました。ルルがくれた手鏡を翳し、口角が上がっているか常にチェックさせます。 僕はフェラチオ中の自分の顔を横目で確認し、絶頂する瞬間の痴態を突き付けられ、身も心も辱められました。 セックスはさらに倒錯的な色合いを帯びていきます。 「脱いで背中を向けろ」 「了解しました」 イースは僕を裸に剥き、ベルトでめちゃくちゃに鞭打ちます。全身に痛みが燃え広がります。 しかし絶え間なく苛む激痛にも増して辛いのは、イースが行為中も絶対ガスマスクを外さず、素顔を見せてくれないことです。 「あッ、あぁっ、ぁっ!」 「ぶっ叩かれてイっちまなんて変態だな。セクサロイドってみんなそうなの?」 「イースっ、痛ッあ、やめ、も、ぁあっやめてくださっ、あっ」 乾いた打擲音が連続し背中一面が腫れ上がります。たまにベルトが撓って尻の柔肉や内腿、膝裏に当たると一際強烈な痛みが炸裂しました。 セクサロイドは便利です、ここまでされても苦痛を快感にすりかえて容易く絶頂できます。 風切る唸りを上げて振り抜かれたベルトが、狙い過たずペニスを打ち据えました。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」 「白い小便がたくさんでた」 人間だったら失神してました。 「お前の精液は偽物だから、搾り尽くしても大丈夫だよな?」 酷くて優しいイース。変わってしまったイース。一体どうして…… ロケットペンダントを拾った日を境に、僕たちの関係は狂いだしました。 「じゃあ行ってくる。俺が帰るまで勝手にイくなよ」 「ンーっ、んンーッ!!」 今日もまたイースはガスマスクを付けて出かけていきます。僕は声を出せません。猿轡を噛まされているせいです。後ろ手はボロ布で縛られたまま、芋虫みたいに伸び縮みする自由しか与えられていません。 前は縛られています。尻にはディルドが突き刺さっています。この状態で数時間放置されるのは地獄です。最近は一日や二日、帰ってこない事も増えてきました。イースは最近ずっとガスマスクを付けっぱなしで、目も合わせてくれません。 イースの足音がだんだん遠のいていきます。行かないでと縋り付きたいのにできないのが苦しくてもどかしくて、狂おしい衝動に駆り立てられます。 「ねえイース、ニーゴはどこいっちゃったの?」 懐かしい声がしました。テントに映る小さな影……ルルです。 「具合が悪くて寝込んでる」 「一週間も?大丈夫?お医者さんに診せた方が」 「生体の医者にかかるアテもカネもねえのに?」 表でイースとルルが話し合っています。イースの切り返しにルルが落ち込みます。 「……ごめん。心配してくれたんだよな」 ふいにイースが屈んで手を伸ばします。ルルの頭をなでているのだろうと影絵で悟り、胸の内にぬくもりが灯りました。 「大丈夫、アイツは頑丈なんだ。ほっときゃ治るさ」 「うん……」 ルルが力なく頷き、イースに従ってテントを離れました。僕は心の中でお別れを告げます。ごめんねルル、贈り物汚しちゃって…… それから3時間31分2秒が経過した頃……ディルドの責めに耐え、転がっていた僕の方に足音が近付いてきました。 「ニーゴ、いる?お見舞いにきたよ」 ルルでした。 「むーッ!」 この姿を見せるわけにいきません。絶対駄目です。死に物狂いに暴れるうちに猿轡が緩んではずれました。 「入らないで!」 今まさに仕切り布をめくろうとしていた手が引っ込みました。 「あ……ごめんなさい、怒ったんじゃないんです。ただその、調子が悪くて。あんまり人に見せたくない姿をしてるんです、ご理解ください」 「そうなの?」 「はい」 「何かしてほしいことある?」 前をほどいて?後ろを抜いて?却下です。そんな事より聞きたいのは、聞かなければいけないのは…… 「イーシャのお話をしてください」 イースの態度が豹変したのはあの日からです。僕が見付けたロケットペンダントはイーシャに関係してるんじゃないか、と推測しました。ルルはちょこんと膝を抱えて語り出します。 「ニーゴ、聞いてないの?イーシャはイースのお姉ちゃんだよ」 イースにはね、お姉ちゃんがいたの。三歳上の綺麗で優しいイーシャ。 イースはイーシャに育てられたの。お父さんお母さんの事はよく知らないんだって、気付いたらいなくなってたそうよ。 イーシャも最初はルルたちと一緒に屑鉄拾いをしてたの。でもね、それじゃあんまり稼げないから……イーシャはイースを養わなきゃいけなくて、それでね、娼館で下働きをすることにしたの。 娼館がなにする所か知ってるのかって?ばかにしないでよ、知ってるもん。男の人や女の人が体を売るお店でしょ? あのね、イーシャが行ったお店はちょっと変わってたの。このへんじゃ珍しい特別なお店。 そのお店はせくさろいどを置いてたの。ニーゴとおんなじ。 せくさろいどを買いにくるお客さんは男の人も女の人もいた。イーシャは一生懸命頑張って働いた。 せくさろいどはセックスしかできないから、他は人間の従業員がしてあげなきゃいけないんだって。結構面倒くさいよね。 お店で働いてるうちにイーシャは恋をしたの。相手はセクサロイドの男の子……名前はニコ。ルルは見たことないけど、お日様みたいな髪と瞳をしたとってもキレイな子だったんだって。 ―でもね、お店じゃ毎日いじめられてたんだって。イーシャは詳しく教えてくれなかったけど……吊られたり縛られたり?そういうの好きな大人のひと、たくさんいるんだって。そーそー、変態さんね。 イーシャはニコを助けたいと思ったの。絶対助けてあげるって約束したの。好きな人が毎日いじめられるの見て見ぬふりできないでしょ?気持ちはわかる。でもね……せくさろいどを連れて逃げるなんて、お店の人が許してくれないでしょ? 駆け落ちしたイーシャとニコには追っ手がかけられた。イーシャ、どこ行こうとしたんだろね?外国かなあ、よその町かなあ……。 イーシャは行方不明になった三日後、運河に浮かんでる所を発見された。酷い有様だったって、イースが言ってた。 ニコはどこ行ったかわかんない。お店に連れ戻されたのかな。イーシャの事忘れちゃったのかなあ……。 『お前がニコか?』 出会った時、イースにかけられた言葉が鮮明に甦りました。 姉と弟なら発想が似るはずです。僕はニコでニーゴでした。逃亡中に躯体が損傷してバグが起き、記憶が初期化されてしまったのです。 時折瞼裏に走るノイズと時折耳に甦る声は、全部過去の残影と残響だったのです。 「ルル……教えてください。イーシャは死んだんですね」 「うん。死んじゃった」 ルルがしんみり呟きました。「本当に?」と聞き返さなかったのは、単に気力が尽きたからです。 僕は本当にニコなのでしょうか? イースの姉のイーシャと恋に落ちたのでしょうか? わかりません。エラーです。解析できません。もしイーシャが恋人だったら何故顔を思い出せないのでしょうか、矛盾しています。イースと過ごした日々はハッキリ回想できるのに……。 でも、だけど、腑に落ちました。何故テント内にアルミ皿が二個あるのか、僕が誰の指を吸ったのか、天涯孤独のイースが誰に育てられたのか、全部辻褄が合ってしまいました。何故人間が誰かと食事すると喜ぶ生き物だって知っているのか、理解しました。 また点と点が繋がりました。 ロケットペンダントを入手した日に僕が掘り返していたのは、二年前に自分が倒れていた場所ではないでしょうか? ということは、アレは元々僕が持っていた物? イーシャに託された形見? 『ねえイース、これは売り物になりますか?ぴかぴか光ってキレイです』 『どうですイース、これと引き換えにスープ缶を何個買えますか』 僕は。 『イーシャとは誰です?僕の関係者ですか?』 なんて酷い。 なんて愚かな。 「ねえニーゴ、聞いてる?」 「……ちゃんと聞いています。ありがとうございます、ルル。大変参考になりました」 「ならよかったけど……ルルがお喋りしたことイースには言わないでね。イーシャの名前出すとイースってばすごい怒るの」 「了解しました。そろそろ帰られた方がいいのでは?」 「ホントだ、空が暗い。ひと雨きそうだなあ、いやだなあ」 「気を付けて」 「またね」 ルルが手を振って帰っていきます。遠くで雷が鳴っています。イースの帰りが遅くて心配です。 セクサロイドは酸性雨を浴びても外装が劣化するだけですが、人間には毒です。病気になってしまいます。 ゴミ山に乱雑に積み上げられ、錆びて朽ちていく仲間たちを想いました。 彼がどしゃ降りの中を帰ってきたのは、それから1時間12分33秒後でした。 「今日は何回イッたの淫乱」 僕の方は見もせずロープにレインコートを干すイースに、爆弾を投下します。 「イーシャの事、なんで黙ってたんですか」 効果は劇的でした。ガスマスクが振り向きます。 「なんで知って」 「なんでだってかまいません、重要なのはイースがイーシャの存在を隠蔽していた事実です」 レインコートからぽたぽた雫が滴ります。テントの外で稲光が閃いて空を切り裂きます。 「僕が拾ったペンダントはイーシャの所持品ですか」 「……」 「血を分けた、たった一人の、お姉さんの形見だったんですね」 一言一言区切って強調すれば、ガスマスクの向こうの呼吸が縮まりました。 イースの動揺が手に取るように伝わってきます。上下で視線が衝突し、やがてイースが跪きました。鎖を掴んで手繰り寄せたペンダントは、銀色に光り輝いています。 「見たいか?」 僕の答えを待たず、ロケットの蓋に爪を噛ませて開けます。そこにいたのは…… 「これがニコだ」 僕です。 僕でした。 今と服装以外何も変わらない……二年前と何も変わらない、セクサロイドの少年。 「前は俺の写真だった」 『ここに隠れてて』解析エラー『死体を隠すなら死体の山、セクサロイドを隠すならスクラップの山』解析エラー『宝物のロケット。中には弟の写真が入ってるの、生意気そうでしょ』解析エラー『私の代わり。持ってて。なくさないでよ』解析エラー『あの子があなたを見付ける目印に……』 「俺、二度も姉貴に捨てられた」 イースがロケットを握り締め、憎しみ滾る声を絞り出します。 「あんな店で働き始めたのが間違いだった。体売るより住みこみでセクサロイドの世話する方がマシだって、最初は喜んでたよ。なのに……」 お前が悪いんだ。 お前らが悪いんだ。 「お前が!お前らが!人間じゃねえくせに人間に似すぎるから姉貴がおかしくなっちまったんだ、セクサロイドなんかに本気で肩入れしてのぼせ上がって、俺に時々よこす手紙もニコがニコがってお前んことばっかのろけ放題だったよ!俺っ、は、それでも姉貴が幸せならいいやって思って、頑張って頑張ってすげえ頑張って思い込もうとしてッ!離れて暮らすの寂しかったけど我慢してっ、けどある日お前を連れて逃げるとかほざきだして、指定された場所に大急ぎで行ってみたら」 全力で腕を振り抜き、ロケットを壁に投げ付けるイース。 「なんもかんも手遅れだった、姉ちゃんの死体が上がった後にお前なんかが生きてたって意味ねえんだよ、姉ちゃんを返せよくそったれ!」 イースが僕を痛め付けた理由がわかりました。 復讐です。 唯一の肉親である姉の死体が運河に上がった後、ゴミ山で僕の目覚めに立ち会った絶望は計り知れません。 彼はきっと、僕が二度と目を開けないように願ったはずです。 「姉ちゃんはなんでお前なんか選んだんだ、ただの人間のなりそこないじゃねえか」 ガスマスクの向こうでイースが慟哭します。 縛られて転がされてただ見ているしかできないのが死ぬほどもどかしいです。 「お願いです。ほどいてください」 「まだそんな!」 「イースを慰めたいんです」 仕返しでもいい。復讐でもいい。君が僕を憎み抜いていたとしても、それでいい。 イース。 君はどんな想いで、|僕《25》を上書きしたのですか? 「……ん、でだよ。自分のかっこわかってんのかよ、全裸に剥かれてケツにおもちゃ突っ込まれて前縛られてさア!?」 「イースの望みは僕の望みです」 「まともに笑えねえできそこないが」 「イースに合格もらえるまで練習します」 イースが念入りにロケットを踏み躙り、まだ足りず繰り返し踏み付け、遂に膝から崩れ落ちました。 イーシャの事はやっぱり思い出せない。瞼の裏を過ぎる彼女の残像はノイズと同列。 今はただ、目の前にいる彼を慰めたい。抱き締めて守ってあげたい。 「僕はイースの緩衝材、です」 そうするにはこの言葉が一番ふさわしい気がしました。 イースが震える手を伸ばして布をほどき、尻に刺さったディルドを抜きました。続いて前を解き放ちます。 「ンっあぁあ」 イきすぎて身体が変です。イースはまだ泣いています。ガスマスクをとらなきゃ涙を拭けません。 「外しますね」 「うん……」 年相応の返事が可愛くていじらしくて、ゆっくりとガスマスクを脱がしていきます。イースの目は真っ赤に腫れていました。 久しぶりに暴かれた素顔に庇護欲が入り混じる劣情を催しました。 「ずっとひとりぼっちで寂しかったんですね」 「にー、ご?」 「温かくしてあげます」 「ぁッ、ふぅっ、ぁあッ」 仰向けに倒したイースに押し被さり、丁寧に股間をしゃぶります。二年前とは比較にならないほど大きく育ったペニスを捧げ持ち、一際敏感な裏筋を唇でねぶり、鈴口に膨らむ大粒のカウパーを吸い立てます。 イースが無意識に床を掻きむしってペンダントを掴みます「姉ちゃ、ぁッ」鎖に指を絡めて強く強く握り締め「なんでッ、死んだんだよ、馬鹿野郎」僕は僕だけを見てほしくてノイズを閉め出してほしくて前戯を激しくしました「姉ちゃっ、ンぁっ、おいてかないッで、ふぁッンんっ」すっかり勃起したイースのペニスを口で可愛がる傍らアナルを開発して前立腺を探ります「ひとりやだっ、ぃくな、ぅあッ、あ」指先にあたるしこりをピストンすれば蕩けきってしがみ付いてきました。 「ぁっ、ケツっ、へんやだ、ぞくぞくが止まんねッ、そこ当たるとすげえのクるっ、すげっ、ふぁッぁあ、ぬけよニーゴっァあぁッ」 「そうします」 アナルが食い締めていた三本指を一気に引き抜きます。物足りなさげな顔。間をおかずペニスを添えて腰を抉りこみます。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッぁ」 「ッは、入れただけでイッてしまったんですか」 「ァあっ、違ッ、んぐっよっ、腹ん中ぐちゃぐちゃキツっ、ァあっあっぁ」 「大丈夫ですよイース、僕に任せてください。絶頂に連れていってあげます」 イースがなりふり構わず抱き付いてきます。汗みずくの顔は羞恥と混乱で真っ赤、快楽に茹だっています。涙と洟水と涎と、あらゆる体液に塗れたイースが愛しくて唇を啄み、乳首をコリコリ抓って腰を叩き込みます。 「大人のペニスになりましたね」 「~~~~~~~~~~~~~~ッ!」 「まだ精通もしてない頃から、皮も剝けてない初々しい頃から、この僕が育てたんです。口腔の粘膜に君自身を|認証《プリンティング》したんです、覚えていてくださいね」 イースはロケットを握り締めたまま離そうとしません。許してニーゴ、助けてイーシャ……朦朧とする意識の中で姉と僕の名前を交互に口走り、何度も何度も果てました。 その日からイースを抱く側になりました。 僕はセクサロイドです。男役も女役も対応可能です。イースはまるで……罰されたがっているように、僕を求めました。彼が僕の性能を利用しているのはわかってたけど、あえて気付かないふりをしました。気付いたら壊れてしまから。 ねえイース。 僕のこと、憎んでいますか? 今でもまだ、壊したいほど憎んでいますか? イーシャを奪った僕のこと、殺したいですか。 本人には直接聞けません。聞くのが怖いです。この二年で僕はとても臆病になっていました、人を模倣した疑似的な心が0と1の余白に芽生えていたのです。 イースは気丈に振る舞っています。だから誰も僕たちの関係に気付いていません。日々は穏やかに緩やかに流れていきます。 僕は朝早くでかけるイースに付き合ってゴミ山に行き、瓦礫を漁り、夕方にはテントに帰って食事をします。 イースは一口だけコンソメスープを飲ませてくれます。やっぱり味はわからないけど、イースが飲ませてくれるスープは温まりました。 「舌までポンコツかよ」 「すいません」 「別に。中から錆び付かせるためにやってんの、毒を盛ってんのと同じ」 「毎日一匙分のコンソメスープを飲み続ければ、僕の声もイースとおそろいになるでしょうか」 イースは答えてくれません。笑うだけ。 ある時は僕に代わってスリットを掃除してくれました。まずはじめにフッとひと吹きし、綿棒でそうっと埃をこそぎ、掻きだしていくのです。頭皮をくすぐられるのは官能的な感覚でした。 「やりにくい。じっとしてろ」 「すいません」 「髪はのびねえんだな。当たり前だけど」 「散髪の手間が省けます」 「お前は俺のセクサロイドだから、定期的にメンテナンスしなきゃな」 「了解です」 ねえイース。 セックス以外できない僕が、君の髪を切ってあげたいって言ったら笑いますか? 僕は君にスリットを掃除してもらいながら、君の髪を切るところを想像していたんですよ。 ある時、イースは手紙の束を見せてくれました。 イーシャから届いた手紙だそうです。そこに綴られていたのは僕の知らない……思い出せない彼女のメモリーでした。僕がイーシャの顔を復元できないと白状すると、イースは露骨に落胆していました。 「姉貴のヤツ、最初から俺に後始末させる魂胆だったのかな。無責任だよなあ」 最初の日のイースを思い出します。ゴミ山のてっぺんに突っ立ち、ひとりぼっちで酸性雨に打たれていた少年を。 「……イーシャには感謝しています」 「くそったれた店から逃げれて万々歳か」 「彼女がいたから君に出会えた」 イーシャが僕を連れだして逃げてくれたから、僕は今、イースと一緒にいられるんです。 恋は人を狂わせる。 セクサロイドはどうでしょうか。僕も狂い始めているのでしょうか。 僕は僕の設計者に感謝します。イースを今抱き締める腕を与えてくれたこと、イースのもとに歩いて行ける足を与えてくれたこと、僕に人の形を与えてくれた創造主に感謝します。 「君を育てる許可をください、イース」 「姉貴の代わりに?」 「いいえ、そうじゃありません。ただ……僕は僕として、君が大人になっていくのを見届けたいのです」 身長は追い越されました。イースは喉仏が張り、手足が伸び、日々経験値を蓄積して少年から青年へ変化していきます。 自分より5センチ高い所にあるイースの顔を見上げ、きっぱり告げます。 「僕の|回路《メモリー》に君を|認証《プリンティング》します」 僕は愚かでした。 何も知りませんでした。 いい加減気付くべきでした。 イースがどこから大量のスープ缶を持ってくるのか。僕が着ている作業着はどこから持ってきたのか。まだ姉の復讐を諦めてないのではないか。そもそも僕を匿っている事自体が危険なのではないか。 ねえイース……僕はどこで間違えたんでしょうか。 どうしたら君を救えたんでしょうか。 あの日。メモリーからデリートしたい日。ゴミ山に赴く途中で忘れ物を思い出し、イースは一人で帰りました。僕はイースを見送り、一足先に仕事場に向かいます。 真っ先に僕に気付き、ぴょこんと立ち上がったのはルルでした。 「おはよーニーゴ!」 「おはようございますルル。今日は何をお探しで」 「えっとねー、アンドロイドの腕とか足とか!ツギハギして新しい子を作るの!」 ルルは最近僕の同類のパーツ集めにハマっています。僕とイースを見ているうちに、自分もお友達が欲しくなったのだと言ってました。 「お手伝いしますね」 40分41秒が経過してもイースは現れません。ゴミ山までは片道10分、さすがにおかしいと思いました。 「どうしたのニーゴ」 「イースが遅いので迎えにいってきます。ルルはここで待っててくださいね」 「わかった、いってらっしゃいー」 無邪気に手を振るルルに控えめに応じ、足早に路地を抜けていきます。 ひょっとして倒れたんじゃないでしょうか? 酸性雨に当たりすぎたんじゃないでしょうか? 体は十分点検していましたが、もしガラスや石ころを踏んだ傷口が炎症を起こしていたら…… イースの治療費はどうやって稼ごうか考えました。哀しいかな、屑鉄拾いは稼げません。そこで閃きました、僕は僕にできることで一番得意なことをすればいいんです。 セクサロイドは売春が天職です。 僕は外見が整っているし、イースを良くするために技巧を磨き上げたので客には困らないはずです。 僕たちがもっと幸せになれる名案に浮かれて仕切り布をめくり……固まりました。 「ァっ、ァあぅっ、ンっぐ」 イースが全裸に剥かれ、吊るされて、犯されていました。 「このクソガキがっ、性懲りもなく缶詰の在庫盗みやがって!ありゃうちの従業員への配給品だろ、手癖が悪ィな!」 男が背後からイースを犯しています。イースは肛門から出血しています。痛々しい鮮血が一筋、内腿を伝っていました。 イースはボロ切れで猿轡を噛まされて、パンパンと突っ込まれるたび仰け反り、憎悪と殺意が煮え滾った目で男たちを睨み付けています。 そうです、男たち。一人じゃありません、三人いました。テントの中はめちゃくちゃに荒らされていました。 「で、そろそろ吐く気になったか?お前がパクったセクサロイドはどこだよ、ありゃうちの備品だろ」 「目撃者がいるんだよ、得意げに連れ歩いてたってな」 「人形の男娼とヤリまくって随分楽しんだみてえだな、スキモノが。ケツもすっかり開発されてんじゃねえか」 下卑た笑い声がテント内に渦巻きます。どうやら今イースを犯している黒スーツがリーダー格のようです。イースの尻を平手で叩き、凶器のようなペニスで抉って抉って抉って―…… 「むっ、ンんぐ」 縛られ吊られたイースが「逃げろ」と目で訴えてきました。瞬間、思考が爆ぜました。 「イースっ!!」 今だ嘗て体験したことない衝動に駆り立てられ、まっしぐらに駆け寄ります。羽交い絞めにされました。 「帰ってきたな」 「あっさり回収完了だな。俺たちが出張るまでもなかったか」 「あなた達はだれですか、どうしてこんな事を!イースを下ろしてください!」 「泥棒にお仕置きしてるだけだよ。てかお前、俺たちの顔忘れちまったのか?昔仕込んでやったじゃん」 解析エラー『押さえとけよ』解析エラー『口は?具合いいぜ』解析エラー『今度は二本挿しにするか』解析エラー『尿道がびくびくする、おもしれえ』解析エラー『全身大人のおもちゃだな、ははっ』解析エラー 「んっ、ぐ、ぅうっ、ふっ、ぅっう―――ッ!」 男たち二人が僕を取り押さえる間も、リーダーは衰弱しきったイースを犯し続けました。 「俺たちはお前が元いた店の用心棒だ、掃除屋も兼ねてる。思い出せよS-000025―XY、お前は従業員の小娘に唆されたんだ」 『ニコは私の初恋なの』 「で、まんまと駆け落ち。大したタマだよな、お前がされてきた事さんざん見てきたくせに引かなかったなんて」 「ふっ、ふっ、う゛~~~~~ッ」 イースが両目に一杯涙をためて唸ります。イーシャの死体は酷い有様だったと聞きました。 リーダーが懐からナイフを抜き放ち、寝かせた刃でぺちぺちと僕の頬を叩きます。 「捜すのに思ったより手間取っちまったが、お前の登録はまだ抹消されてねえ。純正セクサロイドは高いんだ、多少キズモノになっても手放すのは惜しいとさ」 「イースに酷いことしないでください、お願いします傷付けないで、彼は生身の人間、まだ子どもなんです!!」 僕の声は届きません。人形の懇願は一蹴されます。 「店に持ち帰る前に中が使えるか『点検』しとく?」 「いいね」 「あっ、あっあ、あッ、ィっぐ、いやですやだ、せめてイースだけは」 凌辱は3時間20分31秒続きました。 男たちは縛られて無抵抗なイースを代わる代わる輪姦しました。僕はやっぱり犯されながら、ただ見ていることしかできません。 「んぅっ、んんっ、ふっンっぅっ」 最初はただ痛がっていたイースの声が媚びるような艶を含んで、僕の喘ぎ声と二重奏を奏でます。男たちは面白がり、ベルトでイースを鞭打ちディルドで苛みます。イースの猿轡が唾液でぐっしょり濡れそぼり、乳首にはくっきり歯型が穿たれ、ペニスはカウパーと精液をしとどに垂れ流します。 リーダー格の男は一際嗜虐的な性癖の持ち主でした。 「二度とオイタをしねえように躾けてやる」 「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」 じゅっ、と音が鳴りました。リーダーがイースの股間に煙草を押し付けたのです。激痛に耐えかねてイースが失神しました。うなだれて回るイースの背中に再びのしかかり、さらにペースを上げて杭を打ち込みます。 誰も助けには来ません。僕はあらゆる体位で男たちを受け入れました。イースはレイプで気を失うたび煙草で炙られて目を覚まし、出涸らしも出なくなるほど搾精されます。 それでもイースの目は、一かけらの光を失いませんでした。 「ははっ、なかなか根性あるじゃん!死ぬほど犯されてまだそんな目できるなんてイカレ野郎の素質があるぜ気に入った教えてやるよ!」 リーダーがイースの髪を掴み、耳たぶをはんで囁きました。 「お前の姉貴を殺したのは俺だ」 イースが極限まで目を剥きます。その顔に紫煙を吹きかけ、嗜虐の愉悦に酔い痴れたリーダーが続けます。 「見せしめだ。悪く思うな。便乗犯がでねえようにわからせときゃな」 「ん゛~~~~~~~~~~ッ!!」 限界まで内圧を高めた殺気が爆ぜます。猿轡を噛まされた状態から反撃を仕掛けるイースを嘲笑い、男が宣言しました。 「気に入った。俺とこい。ちょうど灰皿が欲しかったんだ」 イースが灰皿?意味がわかりません。 「お前の姉貴に死ぬ前にしたこと、これから全部してやるよ」 イースの目から急速に光が消えて、虚無に呑まれていきます。イースの心を完全に折って満足したのか、リーダーがロープをほどきました。受け身もとれず放り出されたイースに這い寄り、一生懸命語りかけます。 「大丈夫ですかイース、しっかりしてください!すぐ生体の医者に連れていきますから」 「ニー、ゴ」 猿轡がずれ、弱々しい声がもれました。 よかった、生きてる……まだ息をしてる。ペニスの火傷と肛門の裂傷、他無数の打撲痕に覆われたイースに添い寝し、震える手を伸ばします。 「ァっあっ、ァあっ、ンっん」 「んっ、あっ、ひうっ、あぁ」 今度は同時に組み敷かれ、犯されました。リーダーが僕の脚をこじ開けて巨大なペニスを叩き付けます、疑似的な前立腺に刺激を送り込まれて白濁が飛び散ります、すぐ隣にはイースが這い蹲ってペンダントの鎖を巻いた手をのばしてきます。 「ニーゴ、ごめ」 「なん、で、謝るんですか」 「巻き込ん、じまって、あぁッ」 「僕のせりふ、ですよっ、ンぐっ」 肘が滑って崩れ落ち、それでもまだ諦めず這いずり、お互いに伸ばした手と手を組み合わせます。 「あッあ、ンあっイくっ、ァふぁっ、ァっそこっ」 「ンっぐ、痛っうっ、死ぬっ、もぅむりっ、苦しッ」 指と指を絡め、強く強く握り締め、凌辱がもたらす絶望的な快楽に抗おうとします。 たった一人の身内を失ったイースが復讐を諦められなかったとして、姉を手にかけた犯人を見付けるために店を嗅ぎ回っていたとして、一体誰が責められるんでしょうか。 僕はただ、僕の無力が悔しい。 一番好きな人が壊されるのをただ見ているしかできない、僕が憎い。 「お願いしまっ、あっ、イースは悪くない、僕が帰らなかった、ここでの暮らしが楽しくてっ、うっかり長居しちゃったから、ごめんなさいお願いします見逃してあげて、イースが泥棒したぶんもいっぱい働いて弁償します、ァっあっ」 「ちがっ、俺が勝手に、パクって持って帰っただけ、ニーゴは悪くねっ、ァあっあっ、イくっ、ァぁっ、ヤりたい盛りの俺がコイツの口とケツを使っただけっ、ふあっぁっ」 「二人で楽しんでんじゃねえよ」 リーダーが僕を軽々と抱え上げ、強引に足を開かせます。暴かれた結合部にイースが絶叫しました。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッアぁあ」 「何度目の|処女喪失《ロストバージン》だ?え?俺様の生ペニスしっかり認証しろよ」 長い長い凌辱が漸く終わりを迎えます。 イースの尊厳は木っ端微塵に打ち砕かれました。僕の尊厳は最初からありません。セクサロイドにそんな概念は存在しないのです。 中盤以降、イースを執拗にいじめ抜いていたリーダーがターゲットを変更しました。僕を犯す所を見せ付けた方がイースには利くと判断したのです。 僕はリーダーを「ご主人様」と呼ばされました。何度も何度も呼ばされました。そのたびイースの心が死んでいくのがわかって、メモリーをデリートしたくなります。 ズボンを引き上げたリーダーが僕を担いで出口に向かいます。 「毛色や外装は劣化してるが、性能面は問題なさそうだな。雇用主も一安心だ」 「ガキも連れてくんですか?」 「ああ。まだ遊び足りねえ」 スープの空き缶が転がる床を一瞥、リーダーが残忍に口角を上げます。 「これからは俺がションベンしたクソまずくてしょっぱいオートミールを食わせてやる」 瞼の裏に未来予測が浮かびます。今行かせたら、イースはきっと飼い殺しにされます。手をリーダー専用の灰皿にされて、リーダーが放尿したオートミールを食べさせられて…… その時、部下に押さえ込まれたイースが口を開きました。 「かえ、せ」 「あン?」 「連れて、くな。代わりにこれ、やる、から。ニーゴはおいてけ」 イースが擦り傷だらけの右手に持って差し出したのは、イーシャの形見のペンダントでした。伸びた前髪に遮られ、うなだれた顔はよく見えません。 この二年の|様々な記憶《メモリー》が駆け巡り、決断します。 「イラネ。安物じゃん」 イースが命がけで作ってくれた、一瞬の隙を突きました。 余力を振り絞ってリーダーに体当たりします。 「うわっ!!?」 リーダーが空き缶に乗り上げてバランスを崩し、よろけた矢先に缶切りを踏みます。偶然と幸運が連鎖したブービートラップ。 風圧でめくれたリーダーの背広から素早くナイフをスり、自分の首筋にあてがいました。人間なら頸動脈が存在する場所です。 僕はイースの足枷です。 イースが震える手でペンダントを差し出した瞬間、理解しました。僕が人質にされている限りイースは逃げ出せません。 「最後の命令をください、イース」 僕はセクサロイドです。命令がなければ自害できません。ナイフを喉に擬して微笑む僕と対峙し、ナイフを掴んだ手を手で包み、イースが叫びました。 「首を落とせ!」 「了解しました」 ……ザザ、ザザ。ザー。ザー。ザー。 僕はセクサロイド。型番はS-000025―XY。ご主人様へのご奉仕が最大の悦びです。 ここはどこでしょうか。真っ暗です。何も見えません。耳の奥でノイズが鳴っています。 「……で、ね。運河の底から回収されたの。奇跡よね、まだ原形をたもってたなんて。中のメモリーカードも何とか摘出成功。私って天才でしょ?天才よね、もっと褒めてよ」 若い女性の弾んだ声がします。推定年齢二十代前半……|既視感《デジャビュ》が疼くもののノイズが酷くて特定には至りません。しばらくして視界を塗り潰す暗闇が、瞼の裏の色だとわかりました。 「結構時間たっちゃってるし、メモリーを復元できるかは賭けだけど……」 僕はリクライニング式の施術台に寝かされていました。極端な緩慢さで周囲を見回し、ここはどこかの|工房《ラボ》だろうと把握します。 室内に犇めく棚には人体の一部が、もとい、アンドロイドやセクサロイドのパーツの一部が収納され、作業台には未完成の義肢が放置されていました。 「あ、起きた!じゃあね、待ってるよ!」 女性がホログラム通信を断ち切って振り向き、きびきびした足取りで施術台を回り込んできました。 「おはよニーゴ」 「それが僕の名前?」 「うん、そうだよ。懐かしい?」 「……よくわかりません」 久しぶりに放った声は低く潰れていて、他人のモノみたいによそよそしく響きます。 「だよね~」 彼女が着ている作業着に見覚えがあるような気がします。 僕の視線に気付いた女性が、少々照れ臭そうに二重に折り返した袖を突付きます。 「似合うかな?」 「ええ、とても」 「ありがと。初恋の人のお古なの」 「初恋?」 「初めて好きになった人」 「どんな方ですか」 女性は僕の顔をまじまじ見詰め、遠い目をして語り出しました。 「オレンジ色の髪と瞳のすごくキレイな人。とっても優しくて、まだ小さい私を肩車してくれたの。みんな彼が大好きだった。でも彼の一番好きな人は別にいたみたい、すっと後になってから知って失恋しちゃった訳」 ザザ、ザザ『こないだ拾ったの。ルルの宝物だけど特別に』瞼の裏にノイズ『それじゃルルの気がすまないもん、もってって』ザザ、ザザ。 「あ~あ、一目惚れだったのな~。二人っきりでお喋りしたくてちゃっかり賄賂渡したのにな~」 名前も知らない女性が大袈裟に嘆いて頬杖を崩します。さっぱり理解が追い付きません。 「……でもいいや。その人の事も二番目に好きだったし許す。てか時効だよねうん」 「あ、母さんは別枠ね」と釘をさしてからこちらを一瞥、期待する反応が得られずがっかりします。 「だめか~~~思い出さないか~~~」 「はあ……すいません」 「じゃあコレは?」 作業台に伏せられた手鏡の背面をトントン突付きます。そういわれても首を傾げるしかありません。助けを求めて視線を巡らせば、床に蝙蝠傘が開かれていました。 「私が政府の補助金もらえる位の天才でよかったよね。ロボット工学を勉強して、今じゃ一人前のアンドロイド技師として食っていけてる」 饒舌に捲し立てる女性をよそに施術台から降り立ち、裸足でぺたぺた歩き出します。蝙蝠傘を手に取って窄めて開き、股間にあて、自分の行動を訝しみます。 僕の不可解な行動を観察し、薄汚れた作業着の女性が儚げに微笑みました。 「……ねえ、ホントに思い出せない?私……あの時テントの外にいたんだよ。ニーゴたちの様子がおかしかったから心配で心配で、ずっと外で見張ってたの。したらいきなり生首が蹴りされて、心臓止まるかと思った。しかも持って逃げろって命令されて、咄嗟に生首泥棒したよ。連中にだけは絶対とられちゃだめだ、手の届かない事に持ってかなきゃってそれだけで頭が一杯で運河にポイしたの」 女性の目がうっすら濡れ光ります。 「セクサロイドの頭って結構重いんだね。流されないで沈んじゃった」 きっと大事な|記憶《メモリー》が一杯詰まってたんだ。 「胴体は店に回収されちゃった。イースはあの後……」 イース。 「彼は無事ですか!?」 瞼の裏のノイズが収束し茶髪にそばかすの少年が像を結んで、衝動的に女性に詰め寄りました。肩を掴んで揺さぶる僕に、女性があっけにとられます。 「イースはどこですかっ生きてるんですかっ、店に拉致されて酷い目にあわされてませんか、クソまずくてしょっぱいオートミールなんて食べさせられてませんよね、クソ野郎の灰皿になんてされてませんよね、きちんと大人になれましたよね!?」 誰かが肩をトントン突付きます。それどころじゃありません、イースの安否が気がかりです。またトントン。いい加減鬱陶しくて薙ぎ払います。 「邪魔しないでください、イースの消息を聞いてて手が離せないんです!」 「後ろ」 ハッとして振り向けば、すぐ目の前にガスマスクが浮かんでいました。 「イース?」 語尾に疑問符が付いたのは、ガスマスクを被った男の体格が、僕が知るちびで痩せっぽちのイースとまるで違ったから。 「とってもいいですか」 まさかそんな。 期待と高揚と不安が綯い交ぜになり、震える手で懐かしいガスマスクの頬をなで、両手で外していきます。 数秒後……外気に晒された素顔には、当時の少年の面影がありありと残っていました。 かっきりと弧を描く眉。気が強そうな釣り目。口角が下がった唇はふてくされているようにも見えます。 「……大きくなりましたね」 「お前が寝過ごしたせいで、なりすぎちまった」 イースはスマートな背広を纏っていました。もうだれも彼をスラムの孤児とは見間違えません、立派な成人男性です。 「本当にイースですか?」 「まだ疑うの?」 「証拠は?」 イースが体ごと萎むような溜息を吐き、ベルトを緩めてズボンの中を見せます。局部に古い火傷がありました。 「ちょっと、人の|工房《ラボ》でベルト抜いてナニやらかそうとしてんの信じらんないばかじゃないの!?」 「ちがっ、だってコイツが本当にイースか信用できねえっていうから生の証拠をだな!?」 「露出狂!最低!」 「俺を罵る前に全裸徘徊中のセクサロイドに服着せろよ!」 「イースを叱らないであげてくださいルル、僕には思い出の蝙蝠傘で十分です」 「思い出って何を美化―……」 女性の顔が強張りました。 僕を見詰める目にみるみる大粒の涙が盛り上がり、次いで顔を覆ってしゃがみこみ、子ども返りして号泣を始めました。 「結局後回しかよー、誰が直してサルベージしてやったと思ってんだよー恩知らず!」 「その、とても魅力的な大人の女性になっていたので気付きませんでした。ごめんなさい」 「二十年だもん!」 ルルは泣きじゃくりながら言いました。 僕の頭部が水没したあと、子どもたちみんなで捜したこと。結局見付からず散開した後も、イースとルルだけは諦めず捜し続けたこと。僕が頭部を切断され男たちが大騒ぎしている最中、孤児の一群がショッピングカートで突っ込んでイースを救出した顛末。 「ニーゴが働いてた店はあの後すぐ摘発されて全員逮捕。イーシャを殺した事を司法局にタレこんだ人がいたの。ぶっちゃけ未成年を娼館で働かせる時点でダメなんだけどね」 僕が運河の底でまどろんでいる間に二十年の歳月が流れ、イースとルルは立派な大人になりました。 でも僕は、イースの顔をまともに見られません。あの時イースを助けられなかったのに、見る資格がありません。 「ごめんなさいイース。僕は……」 犯されてる最中に掴んだ君の手を、離してしまった。 忘れたくても忘れられない凌辱の|記憶《メモリー》が焼き付いて、俯いた顔を上げられない僕の肩に片手を添え、イースが囁きました。 「俺、ちゃんと正解を選べたよな?」 あの時。 イースは僕の意図を正しく読んで、ナイフで首を掻き切ってくれました。 「―はい」 僕はセクサロイドだから。頭部のメモリーさえ無事なら蘇生可能だから。 「セクサロイドはマスターの命令がない限り自害できません。だからイースの許可を乞いました」 「首を落とせって言ったんだ、死ねなんて言ってない」 イースが緩やかに首を振り、僕を通り越した過去へ達観した眼差しを放りました。 「ひっでえ目にあったけど……痛くて苦しくて寂しいのひっくるめて、二十年越しに帰ってきてくれただけで報われた」 精悍な首元に華奢な銀鎖が光っています。鎖の先はシャツの内側に続いています。 「イーシャの形見、まだ持ってたんですね」 「所詮安物。売っても大したカネになんねえ」 「ニーゴの頭が見付かるまで外さないって願掛けしてたくせに」 悪戯っぽく茶化すルルをひと睨みで黙らせ、イースが作業台の手鏡をとりました。 「声と視線の高さに違和感ねえ?」 鏡の中にいたのはイースと同年代の青年。二十年前に比べて少しだけくすんだオレンジの髪、オレンジの瞳。引き締まった痩身は均整がとれています。 「言ったでしょ?首から下は店に回収されちゃったから、方々に手を回して別の躯体を用意したの。髪と瞳の色はカスタマイズ。できるだけ似てんの選んだけど、完璧には遠いよね」 鏡に映るのは当時の僕によく似た別個体でした。頬骨と喉仏は高く張り出し、男性的に研ぎ澄まされた印象が際立ちます。泣いても笑っても同じに見える、タレ目だけは一緒でした。 鏡に顔を映したまま口の端を揉みほぐし、笑顔の練習をします。二十年前よりマシな出来栄え。 ナチュラルな弧を描く口角からそっと指を離してイースを窺うと、僕と対になる優しい顔で微笑んでいました。 「合格」 「ルル……僕を大人にしてくれてありがとうございます」 「言い方ァ!」 「セクサロイドは成長しません。僕は大人になれないと諦めていました。イースの背が伸びて、声変わりを終え、どんどん大人になっていくのを見ているしかないなら、せめて彼の一番そばで、彼の|記憶《メモリー》の全部を僕で上書きしたかった」 「はいはいお幸せにね、あとはお二人さんでごゆっくり」 ルルが苦虫を噛み潰したような顔になり、ぞんざいに手を振って退室します。隣にイースが来ていました。 僕の背中に脱いだ背広を被せ、手を引いてゆっくりゆっくり歩き出します。 「窓の外わかるか?」 「ゴミ山ですね。懐かしい……案外近くに建ってたんですね」 「あそこはアンドロイドの墓場だ、研究材料にゃ事欠かねえ。俺も通いやすいし」 「まだテントに住んでるんですか?」 「店の連中にめちゃくちゃされたから引っ越したよ、話すと長くなるけど」 「聞かせてください。時間はたっぷりあります」 イースに導かれて表に出ると、酸性雨は上がっていました。 晴れた青空の下の瓦礫の山、僕が二十年待ち続けたマスターが……僕を二十年待ち続けたマスターが、後ろのスリットにキスをしました。 「じゃあ話す。覚悟しとけ」 「はい」 君の全存在を|細胞《セル》一個一個に|認証《プリンティング》するために。 「おかえり、俺のセクサロイド」

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